中国からの入国制限が遅れたことが良かった…日本の新型コロナ死者数が少ない陰の理由

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「日本の新型コロナウイルス感染対策はことごとく見当違いに見えるが、結果的には世界で最も死亡率を低く抑えた国であり、対応は奇妙にもうまくいっているようだ」

 このように報じたのは5月14日付米外交誌フォーリン・ポリシーである。

 日本は武漢を含む中国からの観光客が多かったし、ソーシャル・ディスタンス(社会的距離)の確保もいまだに中途半端である。感染防止に有効とされるウイルス検査数も国際社会の中で圧倒的に少ない。

 死者数が「奇跡的」に少ない日本については、専門家の間でも議論になっている。

「クラスター(感染者集団)潰しという政策が良かったのではないか」「日本人1人1人の公衆衛生意識が高かったことが良かったのではないか」との指摘があるが、「単に幸運だったからではないか」との声もある。

「日本での感染が拡大している新型コロナウイルスと欧米で蔓延している新型コロナウイルスの種類が違うからではないか」という疑問も根強く残っている。

 新型コロナウイルスの変異のスピードは速く、感染拡大が始まってから5カ月で5000種類以上に枝分かれしている。主に「武漢型」「欧州型」「米国型」に分類でき、それぞれの地域で爆発的に感染が広がっているのは事実である。

 北京大学は今年3月、新型コロナウイルスは「L型」と「S型」の2つに分かれ、「L型」のほうが毒性が強いと発表したが、その後「毒性を裏付ける証拠はなかった」と修正した。

 世界で感染者が増加するにつれ、変異のスピードが上昇しており、ウイルスの変異についての解析も進んでいるが、現段階ではウイルスの毒性や感染力に変化が生じたかどうかはわからないのである。

 日本を巡る謎が深まるばかりかと思われた最中の5月2日、研究プラットホームサイト「Cambridge Open Engage」に興味深い論文が掲載された。

 論文を執筆したのは、上久保靖彦・京都大学大学院医学研究科特定教授と高橋淳・吉備国際大学教授である。

 上久保氏らは「武漢型」の流行以前に出現していた新たなウイルスの型を特定した上で、「日本の入国制限が遅れたことが結果的に奏効した」と結論づけている。

 どういうことだろうか。

 上久保氏らが注目したのは「ウイルス干渉」という現象である。ウイルス干渉とは、1個の細胞に複数のウイルスが同時に感染したときに、一方のウイルスの増殖が抑制されることを指す。

 日本では昨年秋からインフルエンザの感染が始まっていたが、その後感染の拡大が止まってしまった。上久保氏らは「この現象は新型コロナウイルスの未知の型がインフルエンザの感染拡大を抑えたのではないか」と考えたことで、これまで見過ごされてきた新型コロナウイルスの型を2種類(S型とK型)発見することに成功したという。

 上久保氏らが発見したとされるS型のウイルスは昨年10~12月に、K型のウイルスは12月から今年2月にかけて広まったとされているが、2種類のウイルスはその後に発生・急拡大した「武漢型」との関係で大きな違いがあるようだ。

 具体的に言えば、S型に感染したことがある細胞は、その後武漢型ウイルスの侵入が容易になる傾向があるのに対し、K型に感染したことがある細胞は、武漢型ウイルスの侵入を防ぐ機能を有することになるのである。このことは、武漢ウイルスにとって、S型がアクセルの働きをするのに対し、K型はブレーキの役割を果たすことを意味する。

 S型とK型に共に感染すればその効果を打ち消しあうだろうが、S型にのみ感染すれば武漢型ウイルスの被害を助長することになる。

 ここで問題になるのは各国の入国制限措置の発動時期である。

 中国の武漢市が1月23日に封鎖されたことを受け、イタリアは2月1日、中国との直行便を停止し、米国も同2日、14日以内に中国に滞在した外国人の入国を認めない措置を実施した。

 これに対し、日本が発行済み査証(ビザ)の効力を停止し、全面的な入国制限を強化したのは3月9日だった。入国制限が遅かったことから、「大量の中国人が入国したことにより、日本での感染拡大が生じた」との批判が生じたが、入国制限が遅れることにより、K型(武漢型に対するワクチン)が日本で広がるという幸運に恵まれた。

 皮肉としか言いようがないが、日本よりも1ヶ月も早く入国制限を実施した欧米ではK型の流行を防いでしまい、集団免疫ができるチャンスを逸してしまったのである。

 欧米での新型コロナウイルスによる重症者は発症者の20%であるのに比べ、日本では5%と低い率であるという事実は、これによりある程度説明できるのではないだろうか。

 以上が「日本は入国制限が遅れたことで結果的に新型コロナウイルスに対して集団免疫が確立された」という上久保氏らの主張であるが、これが正しいとすれば、日本が幸運だった側面が初めて明らかになったことになる。

 日本の幸運がいつまでも続く保証はないが、遅れが指摘され続けてきた検査面での朗報がこのところ相次いでいる。

 豊嶋崇徳・北海道大学病院検査輸血部長の尽力により確立された唾液を利用したPCR検査が、今月中に実施されることになり、PCR検査に関する専門人材の不足が解消される見込みである。

 体内にあるウイルスのタンパク質を検出する抗原検査が、今月中に承認される運びとなれば、PCR検査と相まって検査態勢が格段に充実することになる。

 このように、初期段階の幸運を真の実力に変えることができれば、日本は新型コロナウイルスとの闘いに勝利する道筋が見えてきたと言えるのではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所上席研究員。1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)、2016年より現職。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年5月23日掲載

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