為末大(Deportare Partners代表取締役)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】

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選手が社会適応するには

佐藤 アスリートとして第一線で活躍されてきた方は、やっぱり総合マネジメント能力が高いと思うんですね。それは大学受験や資格試験勉強などにも応用できると思いますが、アスリートの場合は体力の問題があるから、はっきりどこかで転換しないといけない。

為末 20代後半からは、どんなに努力しても伸びていかない自分との闘いになります。どこかで価値観をズラしたり、諦めることが必要になってきますね。

佐藤 コーチなど指導者として残っていく方はどのくらいなんですか。

為末 オリンピックに参加できる選手がだいたい600人です。それを目指す選手が5倍から10倍いるとして3千人から6千人。その中から1割くらいじゃないでしょうか。指導者には引退がないので、長く続ける人が多い。陸上でもマラソンや駅伝の監督は80歳くらいまでやられている方がいますよね。

佐藤 狭き門になりますね。

為末 陸上競技はだいたい実業団スポーツで会社に入っていますので、そのまま企業に残りますが、実質的には仕事をしてこなかったわけですから、馴染めなくてやめてしまう選手は少なくない。

佐藤 そうなると社会に出ていく。

為末 まずは先生になろうとするパターンが多いです。

佐藤 大学で教職課程を取っていれば順当な流れですね。大学に戻って勉強し直すのもいい。教育と就労を繰り返すリカレント教育も進んできていますから。

為末 ただ大多数は、社会に出てスポーツと関係のない仕事を選ばざるをえない。私のところにも毎年何人かのサポート依頼がありますが、選手たちがうまく転換できるかどうかには、すごく個人差があります。

佐藤 どこで差がつくんですか。

為末 一つは、人間関係ですね。選手に、連絡が取れる人の名前を挙げてもらうんです。それが7割がた同じスポーツ選手だと転換が難しい。だいたい5割以下ならそこそこうまくいきます。つまり社会との接点がスポーツ以外にあるかどうかが、大きなポイントになる。

佐藤 10代初めから競技者人生を送っているわけですから、そこは偏るでしょうね。

為末 あとはメタ認知ですね。自分を一つの道具として見て、どう使えば価値が出るかという観点を持っているか。私は両方ともトレーニングで手に入ると思っています。ただ引退間際からやってもなかなか身につかない。それは会社員が転職する時も同じかもしれませんね。

佐藤 同じだと思います。

為末 それからトップクラスの選手だと、社会生活で困難を伴うことがあります。

佐藤 それはどういうことですか。

為末 共感力に乏しい人がいるんです。一般的に共感力が高いほうが良好なコミュニケーションを取れるので、競技者としてはいいわけです。チーム競技では特にそうです。でもトップのトップまでいくと、自閉傾向が強くなってきます。何万人もの観衆の中、自分のプレーで勝負が決まるという瞬間には、周囲を気にしないほうが結果を出せます。逆に人の期待や気持ちを理解しすぎると、それがプレッシャーになってしまう。だからトップクラスの選手は共感力が低いほうがいい。また自閉傾向が強いと、同じことの繰り返しを飽きずにやれるという指摘もあります。

佐藤 それは語学力が高い通訳と同じですね。トップレベルの通訳は共感力が低いことが多い。発言者が怒って話すと、それも正確に訳す。でも、それだと相手も怒ります。

為末 それは大変だ。

佐藤 だから私のような気の弱い通訳だと、会談が崩れないよう表現を緩める(笑)。いつでも正確に訳すのがいいわけではない。だから通訳は大変なんです。

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