中国の新戦略「大湾区構想」が受けた「新型コロナ」の衝撃(上)

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 2019年12月、中国・武漢で最初の感染者が確認された「新型コロナウイルス」は、その後驚異的なスピードで世界に広まり、すでに4カ月強が過ぎた。

 しかし、事態はいまだ収束の兆しさえみせず、新型コロナ感染は欧米や日本をはじめとして世界中に広まっている。感染者数および死亡者数は依然として増大しており、地域によっては医療崩壊も起きている。

 このため、特に欧米の主要都市では「ロックダウン」という形で首都封鎖などが行われ、世界各地で経済活動や交通における規制が実施されて、失業や倒産・廃業など様々な問題が拡大してきている。

 他方中国では3月より感染者数の減少傾向がみられはじめ、発生地点である武漢は、すでに4月8日に都市封鎖が解除された。中国メディア『華夏経緯網』(2020年4月5日号)によれば、中国全土で4月4日に黙禱が行われ、事態は小康状態に入った、という雰囲気が形成された。また5月初旬には北京市での交通封鎖解除や、広州市での学校再開が始まっている。

 このように現代は、特定地域の風土病で終わるはずの病気でも、世界的に広がって甚大な被害と影響をもたらすこともあるという、グローバリゼーションの時代になっている。

 これは、シルクロード時代にペストが広まったのと同じ現象のようにもみえるが、現代においては、世界や地域がこれまで以上につながっており、その脅威や影響は計りしれないものになっている。特に今回の感染症の世界的広がりは、グローバリゼーションが本質的に深化したなかで、極論すると初めて起きたことであり、今後の予測がつかない面もある。

 このことはまた、国際間だけではなく、様々な地域間においても多大な影響を与えている現象でもある。

 そこで、現代中国で強力に実現されつつあった「大湾区(グレーターベイエリア)構想」を取りあげて、論じていくことにしたい。

 なお、この「大湾区」の発展ぶりについては本年2月、4回にわたってレポートしているので参照していただきたい。

驚異的発展「中国・大湾区」現地踏査レポート(1)(2月4日)

■驚異的発展「中国・大湾区」現地踏査レポート(2)(2月8日)

■驚異的発展「中国・大湾区」現地踏査レポート(3)(2月10日)

■驚異的発展「中国・大湾区」現地踏査レポート(4・了)(2月16日)

「大湾区構想」とは

 大湾区構想とは、中国広東省の9つの都市(広東省の省都である広州市やイノベーションで世界的な注目を浴びている深圳市など)、および中国本土とは異なる制度である特別行政区の香港とマカオをカバーする地域で、現在進められている地域統合構想である。

 中国広東省の生産力=イノベーション力を、国際金融都市である香港の資金調達力によって強化支援をし、さらには国際観光都市であるマカオや、広東省の後背都市などにニュータウンを形成し、新たな生活圏・経済圏を生み出そうという壮大な取り組みだ。

 1国2制度をとる、異なる地域間の出入境の自由化や、地域間の居住制限の緩和などの行政面のみならず、共同の都市開発や交通網の拡大などのインフラ面でも、大規模かつ大胆な取り組みが進んでいる。 

 大湾区建設委員会の公式サイトによれば、その面積は約5.6万平方キロにおよび、日本全土の6分の1に相当するという。

 地域内人口は「7000万人規模」で、地域内の経済規模も、韓国やロシアのGDP(国内総生産)に匹敵する規模をみせており、中国中央政府ばかりではなく、広東省・香港・マカオの各地域の政府代表が責任者になっており、国家の重点的な地域計画として進められている。

 この大湾区構想に関しては、2019年に東京でも大湾区の要人による説明会などが開催され、日本語版ウェブサイトも開設されるなど、注目度が高まってきていた。

「交通ハブ」香港の機能停止

 大湾区の対象地域には、広東省内の高速鉄道をはじめとする交通網はもとより、中国本土~香港~マカオをつなぐ世界最長の海上橋など、域内を結びつける多種多様な交通網が形成されてきている。

 ところが今回の新型コロナ感染の拡大により、現在そのほとんどすべてが閉鎖、あるいは制限をされている状況にある。

 ここでは、大湾区の各地域別に、交通網の状況についてみていこう。

 香港と中国本土(隣接する深圳など)の間には、陸路でだけでも9つのイミグレーション(入管)があり、2018年には入境を香港側で一括管理を行う高速鉄道網が初開設されるなど、交通の統合が進んでいた。

 ところが現在、人の流れがほぼ遮断されている。香港政府出入境管理局および香港政府統計局の公式数字によれば、5月5日時点で中国から香港への出入境者数は、総計で「1106人」となっている。

 この数字を、2019年5月における1日平均当たり「約20万人」と比べると、いかに激減しているかが理解できるだろう。

 香港政府は、新型コロナの感染拡大を防ぐために、1月末から順次イミグレーションの通行を制限してきていた。

 その結果、現時点では香港と大湾区の他地域を結びつける交通機関は、深圳市深圳湾と香港を結びつける橋上のイミグレーションのみとなっている。

 また香港・中国間を跨いだ場合、両国において、入境後14日間の自宅または施設での隔離が義務付けられている。香港側では5月に入ってからは緩和案が動きつつあるが、予断を許さない状況である。

 またマカオでも出入境の制限が始まっており、5月現在、1週間単位で交通制限は変化している。

 なお物流面では、健康診断書類の提出のみで行き来が可能であるため、生活上の物資不足などは生じていない。

 香港は大湾区内のみならず、世界最大級のハブ空港の1つである。また大湾区における香港の交通・流通の強みは、世界人口の6割の地域(大中華圏、ASEAN、南アジア、日本)に5時間で移動できるということだ。

 香港は、海運においては広州市や深圳市に劣るが、空運や航空旅客取扱量での強みは、現時点でも重要視されている。

 しかし、現状では大湾区の玄関口という役割を果たせておらず、その機能は依然回復の見込みが立っていない。

縦割り行政の弊害も

 大湾区では、広東省がその面積の多くを占めており、人口においても8割以上となっている。対象地域が中国本土であることから、最も厳格な交通遮断措置が適用された。

 広東省は改革開放以来、中国全土からの移住者や労働者が集まってきていた地域の1つである。新型コロナの発生源である武漢市や湖北省からも、人の流入が絶えることはなかった。

 しかし広東省では、個別の対応をとっている都市が多い。それは、都市ごとに感染重点地域からの流入人口が違うためである。

 例えば深圳市や東莞市の場合は、感染重点地域である武漢近郊からの直接的な流入人口や、それ以外の地域から就業のために移住してきた人間が多く、半数以上が市外および大湾区外からの移住者である。

 一方、広州市や佛山市などの場合、人口の半数以上が市内で生まれ育っており、感染重点地域から市内への流入人口も少ない。そのような違いから、都市ごとに異なる対応がとられているわけである。

 そこで本稿では、広州市と深圳市を中心に紹介していきたい。

 現在、別の市などに移動する際や、オフィスビルあるいは交通機関を利用する際は、14日間の出入国情報や感染重点地域への移動がないかどうかを、スマホアプリ位置情報にて提示することが求められている。このことは、市民へはメデイアやSNSにより告知されており、広東省在住の筆者(加藤)もすでに登録をしている。

 感染者情報については中国全土で、「WeChat」や「Alipay」をはじめとするチャットやペイメントアプリを使って登録し、情報共有が行われている。ニュースサイト『新浪深圳』の2020年1月27日付記事によれば、中国では個人の位置情報が特定のアプリに集約化されていることや、政府としての取り組みがあり、多くのメディアも政府の施策を支援しているという。

 このような対応が、感染拡大防止に大きな効果を果たしているのは事実だが、情報管理があまりに厳密になりすぎているきらいもある。単純な都市間の移動であっても、あらゆる場所で情報の提示が求められたり、高速鉄道で隣の市へ行く際も、市ごとの規制によって移動できない場合も出てきているのだ。

 また、行政側による情報のヨコの管理が徹底されていないのか、移動の制限や情報集約プラットフォームが別個であるため(例えば広州市では広州側の登録、深圳市では深圳側の登録が必要)、情報化の利点が生かせていない側面もある。

 大湾区には、人口450万人の肇慶市から、800万人を超える人口を有し、近年のコスト競争やより良好な開発環境を求めて「HUAWEI」などの拠点の流入が目立つ東莞市、イノベーション産業の拠点で人口が1400万人規模の深圳市、同じく人口1400万人規模で中国自動車産業の拠点である広州市など、都市の規模も多様で、かつ各都市で異なる行政体制がとられている。このために、先に述べたようなバラバラな対応となっており、縦割り行政から生じる弊害があらわになっている面もある。

 そんな状況でも、大湾区内では、現在の4時間の生活圏を2時間さらに1時間生活圏に圧縮するといったような、コネクティビティをさらに高める新たな交通政策が着々と進んでいることを付記しておきたい。

マカオにおける交通遮断

 大湾区のなかで、マカオは、その知名度とは異なり、その規模的な意味はあまり高くないといえる。カジノを中心とするレジャー産業の中心地や、建設が進むマカオに隣接する横琴開発区などはあるが、人口が100万人足らずのために、どうしても見劣りすることは否めない。

 しかしそれでも、2018年には珠江(大湾区の中心を流れる大河)の東西を結ぶ港珠澳大橋や、珠海市との都市機能の一体化などが実現してきており、一定の注目度は保っているといえる。

 港珠澳大橋は、広東省珠海市、香港、マカオという行政権の異なる3つの都市をつなぐ橋である。このため現時点では、ナンバープレートの登録や使用する車線なども都市ごとに別個の法律で処理されている。

 港珠澳大橋管理局の発表によれば、珠江が分ける東部地域と西部地域で産業の発展度合いに差があり、港珠澳大橋や虎門大橋などが両地域を連結することで、大湾区全体の産業育成や人材の移動を促進することが期待されていた。

 一方で費用対効果が疑問視されていたため、港珠澳大橋管理局は2020年からの通行料金の値下げといった政策を通して、東西の行き来を活発にするという指針が発表されていた。

 ところが新型コロナ騒動によって、この地域でも貨物車両以外の流入はほぼ完全になくなっており、マカオ市も非住民の入境を厳しく制限している。

 その意味において、感染拡大抑制という視点からはやむをえないが、大湾区構想の象徴ともいえる港珠澳大橋において、その閉鎖は、域内全域のより緊密な連結の促進という視点からも、非常に大きなマイナス効果があるといえよう。

 以上のことからもわかるように、大湾区の各都市が独自の政策を個別に出せることは、相互に競争や切磋琢磨が生まれ、イノベーションや地域の発展において多くのメリットがある。また感染者拡大抑制の政策に関しても意味はあったのだが、交通や流通といったコネクティビティなどの観点からいえば、大湾区発展の加速化という面で課題がみてとれる。(つづく)

加藤勇樹
中国名は「余樹」。香港を拠点に日系企業向け人材・ビジネスコンサルティングを行う「FIND ASIA」華南地区責任者 、およびスタートアップを資金・ノウハウで短期支援する「Startup Salad(スタートアップ・サラダ)」日本市場オーガナイザー。2015年より「FIND ASIA」にて広州・深圳・香港で活動。2017年より現職。

鈴木崇弘
城西国際大学大学院国際アドミニストレーション研究科研究科長・教授、および『教育新聞』特任解説委員。宇都宮市生。東京大学法学部卒。マラヤ大学、イーストウエスト・センター奨学生として同センター及びハワイ大学などに留学。設立に関わり東京財団・研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党の政策研究機関「シンクタンク2005・日本」の理事・事務局長も歴任。法政大学大学院兼任講師、中央大学大学院公共政策研究科客員教授、東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(国会事故調)事務局長付、厚生労働省総合政策参与などを経て現職。1991~93年まで アーバン・インスティテュート(米国)アジャンクト・フェロー。PHP総研客員研究員、『Yahoo!ニュース』のオーサー、一般財団法人未来を創る財団アドバイザーなども務める。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。主な著書・訳書に『日本に「民主主義」を起業する…自伝的シンクタンク論』(単著、第一書林)、『学校「裏」サイト対策Q&A』(東京書籍)、『世界のシンク・タンク』(共に共編著、サイマル出版会)、『シチズン・リテラシー』(編著、教育出版)、『アメリカに学ぶ市民が政治を動かす方法』(監共訳、日本評論社)、『Policy Analysis in Japan』(分担執筆)など。専門は公共政策。

Foresight 2020年5月13日掲載

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