山田ルイ53世 一発屋?スギちゃんの「ワイルドが生まれるまで」に迫る
ネタ、衣装、芸名全てのリニューアルで激変
「『ワイルド=薄着』と発想して、ノースリーブに短パンのイメージはあった」
という衣装に関しては、12万円をドブに捨てた男の財布の紐は固く、
「家にあるものでなんとかしよう」
と私服のダウンジャケットと緑色のズボンの袖と膝下を切り落としてみたが、
「見た目、ただの釣り人だった」
と没に。
皮ジャンの袖を、との案も、先駆者HGの存在が頭を過り断念。
どうしたものかと下北沢の街を歩いていると……あった。
「古着屋の『シカゴ』でそのままデニムの上下を売ってた。これでええわって袖切って……」
この運命的な出会い、アパレル業界には悪夢となる。
ちょうどその年、多くのファッションブランドが、
「今年はこれ!」
と推していたデニムべストが、スギちゃんのブレイクで、
「これスギちゃんじゃん!」
と“イジられる”面白アイテムと化し、全く売れなくなったのだとか。
真偽はともかく、それほど凄まじい“一発”だったということだろう。
芸名を変えたのもこの頃。
何かのオーディションの際、
「“杉山えいじ”だと、ちゃんとした漫談をやりそうだから、そんな“アホみたいなネタ”やられても、ちょっと入ってこない」
と作家から改名を勧められ、
「“スギちゃん”と“すぎちゃん”ならどっちが良いか」
と名古屋吉本時代の後輩、占い師ゲッターズ飯田に相談。
「変えるならその日に!」
と提案された同年11月21日を待って、事務所の公式プロフィールを「スギちゃん」とした。
これにて、ネタ、衣装、芸名全てのリニューアルが完了。
その僅か4カ月後の「R-1」を境に、
「あそこから、バーッと各局呼んでくれるようになった」
と状況は激変する。
啜った泥、舐めた苦汁を全てぶちまけたかの如く、スケジュール帳は真っ黒に。
バラエティ番組はもとより、映画にCM、イベントと、ありとあらゆる仕事が雪崩れ込み、「だぜぇ~」、「ワイルドだろぉ?」といった語尾やフレーズも大人気となった。
前年たった2回だったテレビ出演が、2012年は6月までで127番組と急増したほどである。
6月までと区切ったのには訳がある。
その月、あまりの忙しさから過労でダウンしたのだ。
本人曰く、「点滴をがぶ飲み」して1日で復帰したものの、これが予兆だったのか、9月の頭、番組収録中にプールの高飛び込み企画で大怪我を負った。
診断は、「胸椎の粉砕骨折」。
全治3カ月の重傷に、
「ほんとに神様はいないと思った。18年も苦労してたった半年で終わり?って」
と絶望し、入院当初は病室で一人泣き暮らしていたが、
「別の病院でボルトを入れる手術を受ければ、2週間ぐらいで退院して、すぐ歩けるようになるって」
と救いの手が差し伸べられる。
一刻も早く、復帰せねばとの一心で、
「すぐに病院を“移転”した!」
というスギちゃん。
……“転院”である。
いくら、人気者でも、そこまでの力はない。
かくして、負傷した9月1日から約3週間後の26日には、復帰会見 を兼ねた自社ライブの舞台に立っていた。
胸をコルセットでガッチリと固めた姿は、痛々しかったが、
「その2日後には、『田舎に泊まろう!』(テレ東)のロケが入ってて。俺、コルセットしたまま山道歩いたからね」
と再び多忙な日々を取り戻す。
「怪我からのスピード復帰で、『本当に“ワイルド”だなー!』と番組的にも話題になるから、もう、病室まで打ち合わせに来て、各局取り合ってくれた」
復帰を歓迎したのは、お茶の間も同じ。
お腹一杯になる前に、スギちゃんという皿を下げられた視聴者の間には、
「もう少し見たかった……」
とある種の飢餓感が生じた。
「一発屋が乗る列車は、終点まで止まらない」
とはムーディ勝山の名言だが、通常、大衆に消費し尽くされるまで降車の叶わぬ“ブームの暴走特急”から「飛び降りた」お陰で、露出が抑えられ、結果として旬の期間が延びたのである。
「怪我の功名」はもう一つ。
既にテレビで見ない日がないほどの売れっ子だったスギちゃんも、その知名度はバラエティー番組の視聴者と限定的で、特に地方ロケなどでは、
「あれ? 意外と知られていないな……」
と寂しい思いをすることも少なくなかったという。
しかし、芸能ワイドショーだけでなく、NHKをはじめ、お堅い報道番組や新聞各紙でも取り上げられた大怪我の一件以降、
「あ、ケガした人だ!」
「コルセット巻いてた人だ!」
とお笑いファン以外の幅広い層に浸透。
「『田舎に泊まろう!』のとき、それを“痛感”した!」
……怪我の話の最中、”痛感”とはややこしいが、ブレイクした芸人が皆一様に苦しむ“次の一手”を、骨折で補えたのだ。
この意図せぬ新キャラ、「コルセット・スギちゃん」の誕生で、その勢いは以前にも増し、年末の「ユーキャン新語・流行語大賞」の年間大賞受賞まで突っ走ることになる。
つくづく、ワイルドな男だ。
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