山田ルイ53世 一発屋?スギちゃんの「ワイルドが生まれるまで」に迫る
ついに「ワイルド」誕生
話を戻そう。
その後、「デンナー」の若手部門は諸事情から閉鎖。
伝手を頼って現事務所、サンミュージックへと流れ着いたのは2011年、37歳の春だった。
当面、仕事といえば、月に1度の自社ライブくらいだったが、
「毎月定期的にライブがあるっていうのが新鮮だった」
とあくまで前向き。
しかし、そこへ由々しき事態が。
イチ推しだったネタ、「アイドル・スギちゃん」の客ウケが芳しくなくなってきたのだ(この「スギちゃん」は「トシちゃん」をモジったキャラの名前。この時点で芸名は「杉山えいじ」のまま)。
今でも「後輩には奢らない」「洋服も靴もほとんどが貰い物」等々、ケチ、もとい倹約エピソードに事欠かぬスギちゃん。
売れぬ頃は言うまでもない。
そんな男が、往年の大スター田原俊彦をモチーフにしたこのネタのため、貯金を切り崩して衣装を特注。
何とお値段12万円だったそうな。
自信の表れだろうが、それが世に出る前に賞味期限が切れそう……これは拙い。
「何か変化をつけないとって考えてたとき、“ワイルド”が生まれたんや……」
かつてのニシン漁の賑わいを懐かしむ老人のような遠い目で、
「“アイドル”のネタの中に、“ワイルド”なものが多くなってきて、『あれっ、これ“ワイルド”っぽいやつあるな』と思って。ほんで“ワイルド”な“アイドル”にしようと。それを駄じゃれで“ワイドル”と……」
と説明してくれたが、麻雀牌をジャラジャラ混ぜ返しているようにしか聞こえない。
翻訳すると、「アイドル・スギちゃん」の没ネタの中に、ワイルドという括りでなら使えそうなものが沢山あったということ。
そんな「ワイドルネタ」で臨んだ、運命のライブ当日。
「とりあえず漫談をひとつやったら、スベッた」
客はおろか、袖で見守る芸人仲間さえクスリともしていない。
自棄(やけ)になり、
「もうええわ! ワイルドなとこ見せていくぜ!!」
と衣装を脱ぎ捨て、半裸になると、
「この前ウォシュレットでお尻洗ってて、肛門広げたら結構入るようになったっつって。ほいでこの前、量ってみたら500ミリリットルぐらい入ってた“ぜ”みたいな」
……みたいな、じゃない。
流石一度はうんち太郎を目指した男と褒めるべきか。
当然、ウケる筈もなかったが、
「でも、“ぜ”で、何人か笑った!」
とここで、後に大流行する“ぜぇ”が初お目見え。
「で、心配だったから、その後、『ワイルドだろぉ?』って付け足した」
自信の無さから声は裏返り、自然と語尾が上がる。
「そしたら、そこの部分がめっちゃウケた!」
いわゆる“滑り笑い”ではあったが、
「よし、これいけるかもって、翌月からワイルドだけのネタにしていった」
と手応えを感じたスギちゃん。
後は中身だと、雑なエピソードトークとは決別し、
「もうちょっと“ネタっぽい”方がいいな……」
と改めて、ワイルドとは何ぞやと思いを巡らせる。
「あの頃、本当に貧乏だったので、2リットルのペットボトルの水を買って、いつもリュックに入れてた」
40歳を目前に、
「出先でジュースを買ったり、喫茶店に入るのは無駄遣い」
とは涙ぐましいが、そんな人生でなければ、降りて来ぬ天啓もある。
「……これ、キャップがなかったらめっちゃ困るな」
ふと頭を過った不安が、
「リュックを背負ったまま落ちてるもの拾ったりしたら、水が全部こぼれて中がビチャビチャになるやん? 2リットルよ!? これはネタになるかもって。じゃあ、水よりもコーラの方が炭酸抜けるしいいなって」
と面白く膨み、代表作「2リットルのコーラのペットボトル、キャップを捨ててやったぜぇ」の着想を得ると、そこからはトントン拍子。
何せ、うんちだオッパイだと、20年近くろくに掘っていなかった手付かずの鉱脈である。
「まず商品を書き出して、企業さんが“お客様が使いやすいように”と考えてくれたものをなくしてみた」
とマヨネーズや瞬間接着剤の蓋を捨て、水中眼鏡のレンズを叩き割りと、次から次へアイデアが湧き出してきた。
これほど企業努力を無為にしてきた人間が、CMやPRイベントで引っ張りだこになるのだから世の中分からない。
一見、やりたい放題だが、
「そんなことしたら、自分が困るのに、あえて勢いでやってしまう」
というスギちゃん独自のワイルド哲学で貫かれたこのネタ。
ライブで初披露すると、
「もうドッカンドッカンウケた!」
というのも頷ける。
何故なら、“キャラ芸”という第一印象とは裏腹に、その実態は上質なスタンダップコメディに他ならないからだ。
「自転車を盗まれないようにするチェーン鍵の何番で開くかって紙、買ってすぐ見ないで捨てた」と最初に提示した大枠のお題を、「これまだ開いたことがねえぜぇ」→「自分の誕生日入れたって駄目だぜぇ」→「向こうが勝手に決めた番号だからだぜぇ」→「1番からカチカチやってるぜぇ」→「今、3000までいったぜぇ」……と緻密に配したフリ、ボケ、ツッコミで笑いの変え、少しづつ客席に溶かし込んでいく。
常に客の顔色を窺う口調で、強く言い切ることは無い。
なので、大きく外すこともない。
つまり、リスクは最小限。
ワイルドという言葉が持つ攻撃性とは対極の、ウケることよりスベらないことに軸足を置いた防御力の高い芸といえよう。
20年近く板の上で“負けの経験値”を蓄積したものでなければ、到達し得ないスタイルだった。
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