「すし居酒屋」がブームの兆し 大衆居酒屋チェーンにプラス1000円の魅力

ビジネス 企業・業界

  • ブックマーク

名店や繁盛店のポイントを巧みに組み合わせる

 もう一つ、「磯丸水産」のSFPホールディングス(株)がこの3月に新業態の「すし居酒屋」を出店したということで、その店「町鮨とろたく」川越店に行ってきた。

 同店は川越を象徴する商店街の「クレアモール」にあるが、広い間口にかけられた暖簾に既視感があった。大きなターミナルの近くには昔から営業している居酒屋があるが、存在感がそれに似ている。店内も同様で、それらを清潔にまとめている。メニューの一つひとつも同様だ。最近、筆者はこういう表現の仕方を「パクリ」と言わずに「キュレーション」と呼ぶことを知った。その意味は、情報を選んで集めて整理するということだ。メニューや店内の空気づくりは業態開発を担当した人々のベンチマークの集大成であろう。

 メニューブックはA3サイズの両面で三つ折りになっていてコンパクトだ。カテゴリーは大きく「刺身」「すし」「てんぷら」「おつまみ」で80品目ほどあるが、食材はかぶっているので管理はたやすいのではないか。揚げ物はあるが、焼鳥、ホルモンなどの焼きものはない。

 メニューブックの中で写真付きで大きくアピールしているのは、とりあえず的に注文する「酒場の塩煮込み」390円(税別、以下同)のほかは、てんぷら、刺身、すしである。売りたいもの、お客さまの目を引き記憶に残したいものがはっきりしている。筆者が注文したのは、「山海刺し盛合せ」1280円、「かき揚げ・海鮮ミックス」680円、「にく寿司・和牛ウニクラ(ウニ+肉+いくら)」480円。アルコールは「ハイボール」330円、「かちかちレモンサワー」473円、「追いチューハイ」330円、「とろたく(純米酒)」418円で、会計は4147円。この中で「山海刺し盛合せ」と「かき揚げ・海鮮ミックス」680円」は食べきれなかった。2~3人で楽しむものであろう。お一人さまには「おつまみまぐろ2種盛」780円をはじめ、「おつまみ天婦羅」100円~680円があるので、次に行くときにはこれらで楽しもう。

 料理が出来上がると厨房から「出来ました、おいしいとこ!」と男性の威勢のいい声が上がり、フロアの女性従業員が大きく同じセリフで応える。最近は形骸化した感じがする「喜んで!」に替わる居酒屋合いの手言葉のスタンダードになるかもしれない。

 フロアの女性従業員はみな20代で髪を後ろのほうで束ね、白い上っ張りを着て清潔感がある。「杉玉」と同様にお客さまには余計なことを言わない。

これからのボリュームゾーンとなる中高年を狙う

 筆者が清算の時、25歳くらいの女性従業員に「かき揚げと刺身を残しちゃってすみません」と言ったら、「大丈夫ですよ、おいしかったですか?」と応えてくれた。奥ゆかしいこともさることながら、このとっさの切り替えしにレベルの高いホスピタリティを感じた。

 1980年代の前半に、「つぼ八」「村さ来」「庄や」「天狗」という大衆居酒屋チェーンが大きく隆盛したが、当時20代前半の筆者にとってこれらのチェーンは輝いて見えた。明るく清潔な店内で、刺身、焼鳥といった身近なご馳走を、手ごろな価格で、時価ではなく「定価」で食べられ、貧しい若者でも堂々と入ることができる「ディナーの革命」であった。

 今日の「すし居酒屋」の場合は「大衆居酒屋チェーン」のワンランク上に位置付けられる。刺身、すしをメインに据えてクオリティが高い。客単価も3500~4000円程度となっている。「居酒屋で安いけどおいしくないものを食べるよりは、多少高くてもおいしいものを食べたい」という想いは当たり前だ。感動が薄れてきた居酒屋に行くよりも、それに1000円プラス払う余裕があれば、「今話題のすし居酒屋チェーンに行ってみよう」という価値観は存在する。

 大衆居酒屋チェーンが隆盛した後に、いわゆる「居酒屋甲子園」流の元気のよい接客の居酒屋が人気を博したが、中高年になるとその空気感に抵抗を感じることもある。つまり、「すし居酒屋チェーン」はこれからのボリュームゾーンとなる中高年をターゲットとしているのだ。こういうことをそのど真ん中にいる筆者は気付いたのであった。

千葉哲幸(フードサービス・ジャーナリスト)
ライバル誌である柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』両方の編集長を歴任するなど、フードサービス業界記者歴三十数年。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年5月9日掲載

前へ 1 2 次へ

[2/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。