【コロナ禍】医療の次は「介護崩壊」の懸念 イタリアでは死者の53%が介護施設で感染

国内 社会

  • ブックマーク

 新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言が発令されて1か月が経過した。多い日には全国で1日に700人近く発生していた新規感染者が、2週間を経過した頃から減少傾向となっている。

マスクや医療用ガウンなどが不足し、PCR検査数は伸び悩むなどの問題は依然解消していない。だが一部の医療機関に集中していた新型コロナウイルスへの対応が、診療する医療機関が増加したことから分散され、軽症者やPCR検査の確認待ちの患者がホテルで滞在できるようになったことから、医療機関にかかっていた異常なまでの負荷は軽減され始めている。

 新型コロナウイルスに感染した中等・重症の患者を受け入れる医療機関を支援するため、診療報酬を2倍に引き上げる措置も採られた。

 医療現場の状況が依然厳しいことに変わりはないが、新型コロナウイルスへの体制が徐々に整備されつつあると言ってよいだろう。

 対策が後手に回っている印象が強い日本だが、人口10万人当たりの死者数は国際的に見て低い水準にある。イタリア47人、英国41人、フランス37人、米国20人、ドイツ8人に対し、日本は4人にとどまっている(4月末時点)。

 4月末時点の日本の新型コロナウイルスによる全体の死者数に占める70代以上の割合は7割以上である。年代別の死亡率は70代は5.9%、80代以上は12.1%である。

 当初から指摘されていたとおり、新型コロナウイルスの最大のリスクファクターは年齢である。年齢上昇に反比例する形で免疫力が低下するからである。

 人口当たりの死者数が多いイタリアにおける感染者に占める70代以上の比率が約4割であるのに対し、日本は半分の2割である。

 世界的に「医療崩壊」の危機が叫ばれているが、感染者・死者数が多い欧米ではさらなる危機が生じている。「介護崩壊」である。

 WHOのクルーゲ欧州地域事務局長は4月23日、「欧州における新型コロナウイルスの死者数の中で介護施設での発生が占める割合が全体の半分を占める国がある。欧州では想像を絶する人類の悲劇が起こっている」と述べた上で、「介護施設の運営方法を迅速かつ緊急に再考・調整する必要性がある」と訴えた。

 クルーゲ氏が指摘した国はフランス(49・4%)やベルギー(49・1%)である。

 イタリアでは、ミラノの介護施設1カ所で190人もの死者が発生している。

 フランスでは、4月下旬までに介護施設全体で8800人以上の死者が発生しており、その死亡率は病院や自宅の2倍以上となっている。人手やマスクが慢性的に不足し、高齢者が切り捨てられている状況を、4月28日付『クーリエ・ジャポン』は「これは静かな大量殺人だ」と報じている。業界最大手の利益追求体質に怒る遺族が訴訟に踏み切る事態となっている。(4月22日時点)

 英国では、介護施設での死者数は7500人に上っているが、これが政府が発表する死者数に含まれていないことが明らかとなり(4月18日付英『デイリー・テレグラフ』)、政府は謝罪と訂正を余儀なくされた。

 米国では、介護施設で死者数は7000人以上となり、新型コロナウイルス全体の死者数に占める割合が約20%となっている。

 これに対し、世界で最も高齢化率が高い日本では、幸いなことに現在までこのような悲劇は起こっていない。

 その要因は、2009年の新型インフルエンザの流行以来、日本での介護施設の防疫体制はかなり徹底されてきたからだとされている。これが功を奏して介護施設でのクラスター(集団感染)発生をくい止め、むしろ、高齢者の新型コロナコロナウイルス感染の防壁となっている。介護施設のスタッフの意識の高さと献身によって、高齢者は新型コロナウイルスから守られてきたと言っても過言ではないのである。

 日本の介護施設は世界最大級である(収容規模は200万人以上)。万が一新型コロナウイルスのクラスター発生が続くようになれば、日本での死者数はあっという間に増加する。

 残念ながら、日本でも「介護崩壊」が起きる兆しが生じている。4月に入り千葉県に続き北海道でも介護施設でのクラスターが発生しているからである。

 介護現場での物不足は医療現場より深刻である。新型コロナウイルスの感染リスクが高いとされる「3密」の状況を避けるのが難しいのは容易に想像できる。介護職員は精神的にも疲弊し、ぎりぎりの状態にある。

 訪問介護を運営する複数の事業者は10日、連名で政府に「特殊勤務手当」の支給を要望した。東日本大震災の除染作業の際に、環境省が発注した事業に支給された前例があるが、介護業界は医療業界に比べ政治的発言力が圧倒的に小さいのが現状であり、このような動きがマスコミ等に取り上げられるのはわずかである。

 福岡市は5月中旬から介護施設に特別給付金を支給することを予定しているが、このような動きが自治体レベルで広がることを期待したい。

 介護は医療と並び、日本経済を支える屋台骨である。リソースが豊富にある大企業も支援に乗り出してほしいものである。

 新型コロナウイルスへの対応が長期化する中で、今後は医療に加え介護というインフラが崩壊しないよう、官民挙げて取り組むべきではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所上席研究員。1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)、2016年より現職。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年5月9日掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。