ポスト「新型コロナ危機」のグローバル戦略「見直し」こそ肝要

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 新型コロナウイルス危機はまだ終息していないが、ここで、新型コロナとの闘いを「平和の戦争」と定義する。武力を使わなく、イデオロギーの違いをめぐる対立でもないから、熱い戦争および冷戦と区別して、「平和の戦争」と呼ぶことにする。

 今回、アメリカ一国だけで、現時点(5月7日)で感染者約123万人、死者約7万3000人以上の犠牲者が出た。死者数は「9.11」の犠牲者の24倍以上、朝鮮戦争の犠牲者の数をはるかに凌駕する規模である。

 また、ウイルスとの闘いのなかで米中の対立はこれまで以上に激化している。

 米シンクタンク「Pew Research Center」の調査によると、60%のアメリカ人は、中国のことを「unfavorable(好意的でない)」と答えている。しかも、62%のアメリカ人は、中国の影響力強化を主な脅威とみている。なによりも、71%のアメリカ人は習近平国家主席が「non confidence(信用できない)」と答えている。

 本来は、ウイルスとの闘いにおいて米中は同じボートに乗っているはずであるが、現実は両者が完全に敵視し合っている。

 たとえば、新型コロナの発生源について、中国外交部スポークスマン趙立堅氏は、

「米国の軍人によって中国に持ち込まれたものかもしれない」

 とツイッターでつぶやいた。中国では、ツイッターにアクセスすることが禁止されている。政府の幹部がツイッターのアカウントを開設し、つぶやくことができるのはそもそも尋常なことではない。むろん、趙スポークスマンは自分のつぶやきについて科学的裏付けを示していない。結果的にアメリカに喧嘩を売ったことになる。

 買ったアメリカは、中国の「武漢ウイルス研究所」こそが発生源であると攻撃し始めた。証拠があると強調するが、具体的には示していない。

 問題は、中国から見える世界の風景と、世界から見える中国の風景の違いにある。

 アメリカ人から見れば、このウイルスは中国で感染が拡大して、世界に広がり、アメリカに飛び火したものである。この事実は、いくら否定しようとしてもできないはずである。

 趙スポークスマンのツイッターは間違いなくアメリカ人の反感を買ってしまった。そもそも外交部の仕事は外国との関係を改善するのが本来の使命である。この外交の基本原則を趙スポークスマンはあまり理解していないように見える。

「一帯一路」のダウンサイズ

 新型コロナ危機はいずれ終息するはずだが、その影響はすぐには終わらない。

 世界各国の政治家と研究者はテレワークするなかで、毎日、グローバリズムのあり方について反省している。

 たとえば、グローバル社会のリーダー役をだれに委ねるべきかである。主要国を中心に独裁政治を続けている中国を世界のリーダーとして受け入れていいかどうかを真剣に考えているはずである。それに、グローバル社会の調整役としての国際機関に対するガバナンスをどのようにして行うべきかについても重要な課題になっている。

 東南アジアやアフリカなどの途上国は、中国の「一帯一路」プロジェクトから恩恵を受けていたため、中国寄りの姿勢を示していた。しかし、ポスト・コロナ危機の中国経済が急減速していけば、中国はこれらの国々に恩恵を与え続けることができなくなり、離反者が出てくる可能性がある。

 現に東アフリカのタンザニアのジョン・マグフリ大統領は、中国との1兆円規模の港湾建設に関する契約を、条件が厳しすぎるとすでに昨年中止宣告している。

 ウィンストン・チャーチルが述べた通り、永遠の友も永遠の敵もいない、あるのは永遠の国益のみだ。「一帯一路」プロジェクトのダウンサイズも新型コロナ危機の影響と言える。

進む「アセットリアロケーション」

 ポスト・コロナ危機において、世界の中国離れは途上国に限ることではないかもしれない。

 現在、先進国経済は中国に完全に依存している。しかし、平時のときは問題がないが、危機に至ってマスクすら手に入らない状況に、先進国は危機の怖さをあらためて痛感したに違いない。

 今となって、中国はマスクを外交資源として戦略的に配布・輸出している。「マスク外交」という言葉さえ現れている。見方を変えれば、中国のマスク外交はあまりにも利己的すぎて、かえって世界の中国離れをもたらしている。

 約10年前に、あるアメリカ人大学教授は、「made in China」の商品抜きで生活ができるかどうかを自ら実験してみた。実験が始まった当日の夜は、フィアンセ(婚約者)の誕生日にあたり、百貨店でケーキを買うことにした。しかしすべての店を回っても、「made in China」以外の蝋燭が見つからなかった。――結局、この教授の実験はその日のうちに終わった。

 このエピソードは、目下のグローバルサプライチェーンの分散を予兆するものと言える。

 これからの10年間、先進国を中心に生産体制の最適化を実現するため、「アセットリアロケーション(資産の再配分)」を進めていくことになるだろう。

北朝鮮「体制危機」の可能性

 経済学者と政治学者のなかに、米中のデカップリングを主張する者もいれば、それを否定する者も少なくない。おそらく、多国籍企業が中国から完全に撤退することはありえない。中国は1人当たりGDP(国内総生産)がすでに1万ドルを超えているため、これから世界の市場に変身していく。現に中国はすでに世界最大の自動車マーケットになっている。

 多国籍企業のアセットリアロケーションにおいて、一部の工場は中国以外の国と地域に移出する可能性が高い。その結果、中国経済は予想以上に減速することになる。

 2020年第1四半期の中国の実質GDP伸び率は、-6.8%とかつてない落ち込みを喫した。経済成長率の落ち込み以上に深刻なのは、失業率の高騰である。中国国家統計局の発表によれば、2月の失業率は前月から0.9ポイント増えて6.2%だった。中国経済の下降局面は当面続くものと予想される。

 中国経済が急減速すれば、その影響が隣の北朝鮮に大きく響くことになる。

 世界の主要メディアは4月中旬から2週間ほど、北朝鮮の金正恩の死亡説あるいは重体説が飛び交って疑心暗鬼に陥った。確かな情報がないまま、5月2日になって『朝鮮中央テレビ』で健在だと最新動画が流れたが、健康なのかどうかはまだ疑念が拭えない。

 しかし、それよりも確かなのは、中国の経済支援に完全に依存している北朝鮮にとって、中国経済の急減速が悪夢となることだ。なぜならば、中国が北朝鮮を支援する余力を失えば、金正恩体制がほんとうの危機に直面することになる。そして北朝鮮体制が崩壊すれば、北東アジア地政学のパワーバランスが崩れ、日米韓同盟は北東アジアで一気に有利なポジション(立ち位置)を取ることができる。これこそ、新型コロナ危機の影響と結果である。

 たいていの場合、危機が訪れるまで、政治はそれに備えようとしない。この点は、中国も米国も日本も同じである。だからこそ、新型コロナ危機の傷痕が深まってしまった。

 目下、世界主要国は新型コロナの感染拡大を防ぐのに四苦八苦して奔走している。それにしっかり対応することは重要だが、同時に、ポスト・コロナ危機の国際情勢を見据えて、これからの国際秩序を再構築し、新たな国際戦略を考案しなければならないことも忘れてはいけない。

柯隆
公益財団法人東京財団政策研究所主席研究員、静岡県立大学グローバル地域センター特任教授、株式会社富士通総研経済研究所客員研究員。1963年、中国南京市生まれ。88年留学のため来日し、92年愛知大学法経学部卒業、94年名古屋大学大学院修士取得(経済学)。同年 長銀総合研究所国際調査部研究員、98年富士通総研経済研究所主任研究員、2006年富士通総研経済研究所主席研究員を経て、2018年より現職。主な著書に『中国「強国復権」の条件:「一帯一路」の大望とリスク』(慶応大学出版会、2018年)、『爆買いと反日、中国人の行動原理』(時事通信出版、2015年)、『チャイナクライシスへの警鐘』(日本実業出版社、2010年)、『中国の不良債権問題』(日本経済出版社、2007年)などがある。

Foresight 2020年5月8日掲載

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