「COVIDワールド」見据えた日米「女子ゴルフ界」繊細かつ大胆な取り組み 風の向こう側(70)
米国は新型コロナウイルス感染が世界で最も深刻な状況にありながら、早くも「コロナ後」を見据えた経済や社会の再開、復興を目指す動きが活発化しつつある。
その動きは米ゴルフ界にも見られ、米男子ツアー(PGA)は「チャールズ・シュワブ・チャレンジ」(6月11~14日)からの再開を目指している。
このタイミングでの再開が実現したら、おそらくは米国の主要なプロスポーツの中では最速のリスタートになると見られており、ジェイ・モナハン会長は、
「スポーツは人々の心を1つにしてくれる究極の存在。そのためにも、まず我がPGAツアーを再開させたい」
と並々ならぬ意欲を示している。
一方、米女子ツアー(LPGA)は、男子より1カ月も先の7月15日からの再開予定を発表。マイケル・ワン会長は、男子ツアーとは対照的にきわめて慎重な姿勢を見せている。
「(米スポーツ界において)まずゴルフが最初に再開すべきかどうか? 正直なところ、それは私たちLPGAのゴールではない。新型コロナに対しては、ツアーをいつから再開すれば安全という具合に確固たる時期を示せるものは何もない。そんな中、選手をはじめ大会会場に入るすべての人々の移動や旅の問題、感染の有無を調べる検査の問題などを考慮し、最大限の安全策を検討した上で、今、私たちが得ている結論が7月中旬の再開なのです」
ワン会長は、「コロナ後」のこれからの世界を「COVIDワールド」と名付け、女子ツアーを率いるリーダーとして、その視線を足元にも彼方にも向けている。その姿勢には、大規模で華やかな米男子ツアーとは、やや異なる繊細さも感じられる。
包括的・長期的に
そもそも、米男子ツアーが3月まで試合を開催していたのに対し、米女子ツアーは2月下旬の「ホンダLPGAタイランド」から早々に中止を発表した経緯があった。現状では8試合が中止・延期、チーム戦の1試合が2021年11月へ延期されている。
「今のところ、我がLPGAの選手にもスタッフにも感染者はゼロです」(ワン会長)
米LPGAに関わるすべての人々の健康と命を守ること、守れていることに、ワン会長は何より安堵し、胸を張っている。
ツアーを再開する際の最重要事項も、やはり全員の健康と命を守ることだとワン会長は言い切る。
「これからの世界、いわばゴルフ界のCOVIDワールドでは、感染の有無の検査を日常的、定期的に行うことが可能になるべきだし、そうしなければいけない。毎日でも検査を行うことが可能な状態にする必要がある。そのためには、検査キットを100万セット、いやその10倍以上、用意したい。最低でも試合会場に入るすべての人々の体温をスキャンできる状態にしなければいけない」
そのために必要となる費用は「7桁(ドル)だろう」。つまり、数億円規模の費用をかけることを、ワン会長はすでに心に決めている。
超ビッグなスポンサーに恵まれている米男子ツアーと違って、米女子ツアーは日ごろから人気低迷に喘いできたほどで、数億円規模の検査体制を整備できるのだろうかという心配が、まず浮上する。
だが、ワン会長はそのための資金の充てがあるからこそ決意した様子だ。ワン会長が語る言葉には焦りも迷いも感じられない。
「私たち(米)LPGAは、ここ10年で過去60年分以上の蓄え(資金)を作ってきた。それを今年、すべて吐き出すことになる。試合が開催できない間は入場料収入もテレビ放映権料も入らず、その状況は選手やキャディ、ツアーすべての人々にとってダメージとなっている。
しかし、そうやって今だけを見てしまってはいけない。2020年だけを見て、収益がないことを嘆くのではなく、2021年、2022年までを包括的に眺めるべきだ。長期的にモノゴトを見つめるべきだ」
焦りは禁物。長い目で、広い心で、じっくり着実に進んでいこうというワン会長と米LPGAの姿勢は、選手に対する規定にも反映されている。
試合数が激減している今季は「シード落ちはない」という特別措置を講じた。その上で、下部ツアーなどから格上げされてLPGAへやってくる選手たちも同時に受け入れるそうで、来季は、いわば新旧混合のハイブリッド・シーズンになる。
そんなふうに、米LPGAの姿勢には選手に対する優しさや気遣いが随所に感じられる。ワン会長は女子選手たちを率いていくリーダーとして、状況次第では迅速・的確に、また別の状況下では、きめ細かな感性で包括的・長期的にモノゴトを見つめ、着実に歩を進めようとしていることがよくわかる。
「今の時間を有効に使いたい」
ワン会長率いる米LPGAとよく似た姿勢、よく似たポリシーやフィロソフィーは、小林浩美会長率いる日本の女子ツアー(JLPGA)にも感じられる。
今月始め、小林会長は新型コロナ感染拡大を受けて、いくつかの特別規定の設定や変更を模索していることを明かした。
米LPGAは「今季はシード落ちはなし」と規定したが、JLPGAは、シーズン途中に獲得賞金額に応じて出場優先順位を再決定するリランキングを今季は行わない方針を表明した。
また、海外から日本へ入国できない外国人選手たちを、いわゆる公傷制度の対象にするという特別保障も設ける方針だ。
日本では米国のようにゴルフの試合会場でPCR検査ができる態勢が整っていないが、せめて、選手のみならずキャディも対象にして体温を測り、「指定練習日に37.5度以上の発熱が確認された場合は、本戦出場は不可」とする新規定も設ける見込みだ。
さらに、正会員である選手たちを経済的に助けるため、「今年度の会費は免除」し、すでに引き落とし済みの分は払い戻すという。
そして、経済的なダメージを受け、減少している協会の財政の一助になればという思いで、協会運営に携わっている理事は「報酬の3割を自主返納する」ことも決めたという。
すでに今季は開幕戦からの14試合すべてが中止を余儀なくされている。だが、小林会長は悲嘆に暮れるのではなく、「決めたいことや検討することが満載。今の時間を有効に使いたい」と、エネルギッシュで前向きな姿勢だ。
公式HP上では、過去の名場面のセレクションを順次展開したり、選手たちによるスペシャルレッスン、「シード選手の今」をリレー方式で見せるなど、細やかな感性を生かしたコンテンツの充実も図っている。
会員である選手たちには、不安や疑問を少しでも解消すべく、大会開催可否を決める基準やその発表のタイミング、政府による給付金などに関する相談窓口を設ける予定などにも触れた文書を送り、
「健康を第一に感染予防等の自己管理を徹底し、全員で日々の生活に留意してまいりましょう」
「元気に素晴らしいパフォーマンスが披露できるように、日々努力と研鑽に励んでください」
という心のこもったメッセージを添えている。
日本でも米国でも、女子ゴルフの世界には女子ゴルフならではの優しさ、強さ、たくましさが感じられる。それは、きっと選手にもファンにも一般社会にも伝わり、「サポートしたい」「ともに歩もう」という声が高まるのではないだろうか。
そう思えるからこそ、今、「COVIDワールド」の女子ゴルフに、どんどん期待が膨らんでいる。