寺畠正道(JT社長)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】

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 この4月に改正健康増進法が全面施行され、飲食店や商業施設などの屋内では、原則たばこが吸えなくなった。世界にはさらに厳しい規則もあるが、こうした流れの中、従業員6万人超の巨大グループ企業の活路はどこにあるのか。未来への第一歩は、組織を作り変えることから始まっていた。

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佐藤 入り口から33階のこの部屋まで、ほとんど人に会いませんでした。いま御社では全社的にテレワークをされているんですね。

寺畠 2月下旬から全従業員を対象に実施しています。

佐藤 業務に支障はありませんか。

寺畠 お陰さまで円滑に進んでいます。テレワークもそうですが、これまでフレックスや女性の活躍の場を広げていくことも含め、多様な働き方を模索してきました。突然の実施だったらすぐには対応できなかったと思いますが、いろいろ準備をしてきたことが奏功しました。日本だけではなくグループ全体で取り組んできたので、スイス・ジュネーブにある海外事業統括会社のJTインターナショナル(JTI)などでもテレワークを実施しています。

佐藤 セキュリティなど難しい問題があったのではないですか。

寺畠 そうですね。ハッキングや顧客データの流出などIT上のリスクについては、事前に徹底的に問題点を解消してセキュリティを高めてきました。もちろん個人のパソコンから会社のネットワークに入ることはできません。いまのところうまくコントロールできていると思います。

佐藤 いろいろな組織改革を進めておられると聞きました。この自社ビルから本社を移転されるそうですね。

寺畠 ここを売却して、2020年秋に近隣の神谷町トラストタワーにテナントとして入居します。

佐藤 普通の本社移転なら、少し離れたところに、もっと大きな自社ビルを建て、不動産業まで含めて展開していくのだと思いますが、その発想とはまったく逆ですね。

寺畠 不動産を所有するよりもそれを現金化して流動性を持たせ、成長する分野に投資すべきであるというのが私の考えです。伸びる事業が見えているので、そこにキャッシュを投入していきます。保有する不動産が大きな価値を生むならともかく、それよりもさらに価値を生む事業があるのなら、やはりそちらに投資したい。

佐藤 歴史的に見ると、シンボリックな意味合いが非常に大きいと思います。もともと大蔵省の専売局だった御社が専売公社となり、それが民営化で日本たばこ産業になった。その伝統ある地に立つ社屋をついに売却して新しい事業展開をしていくわけですから、旧来の流れを断ち切り、まさに新しい時代を迎えるということになります。

寺畠 私がジュネーブ(JTI)から日本に戻り、社長に就任して3年が経過します。帰ってきてまず感じたのは、社員が本社ビルのそれぞれのフロアで、あたかも「巣」のような小さなブロックに閉じこもっているということでした。

佐藤 ああ、それは基本的に役所の文化ですね。

寺畠 現在のビルだと、どうしても部門意識が強くなる。その殻を打破しなければいけないと思いました。それですぐ役員だけのフロアを作って、役員は「巣」から引っ張り出したのですが、やはりそれだけでは十分ではなかった。部長も含め、みんながしっかりコミュニケーションできる体制にする必要がありました。旧弊として象徴的な言葉が「持ち帰って決めます」です。各部に持ち帰って検討が終わったら次の部に行く。それではコンカレント(同時)に物事が進んでいかない。

佐藤 弁護士だと、一回持ち帰るのは、民事裁判の弁護士なんですね。でも刑事裁判では「追って書証で反論する」なんてできません。その場でやる。だから刑事事件をやっている弁護士は反応が速い。

寺畠 そうなんですね。「持ち帰る」とステップごとに時間がかかり、判断が遅くなる。さまざまな分野で大企業がベンチャーにシェアを奪われていますが、見ているとベンチャーは動きが早い。トライ・アンド・エラーのサイクルが短いんですね。それに比べると、大企業は、まずトライするまでに時間がかかっている。

佐藤 新本社では、それに対応できる仕組みを作るわけですね。

寺畠 フリーアドレス制にします。固定した席にせずに、その時々の仕事、プロジェクトごとに座る。海外でいろいろ経験してきたので、自社ビルも含めて「持たざる経営」でいいんだと思えるようになりました。

佐藤 個人のロッカーはどのくらいの大きさですか。

寺畠 ものすごく小さいです。駅の標準サイズのロッカーと同じくらいの大きさです。紙も、とことん削減しますので。

佐藤 なるほど。人はそれでもシマを作ってしまいがちですから、あえて散らす仕組みを導入されたほうがいいかもしれませんよ。

寺畠 実はもうフリーアドレスを一部で始めているんです。経営企画部に導入したので見に行ったら、部長席だったところにプロジェクトの担当者が座っていました(笑)。みんな思っていたより慣れるのが早い。

佐藤 それはもともと社員の意識が高いからですよ。

寺畠 ありがたいことに、モチベーションもエンゲージメント(愛着心)も、非常に高い社員が多いですね。これまでグローバルにたばこ会社の買収を繰り返してきましたので、多種多様な人材がいます。だから何事もフェアに判断しなければならない。JTグループに入った以上、出自はいっさい関係ありません。日本人だからとか、もともとJTにいたからという発想で人事をしない。誰がそのポジションに相応しいかは、本当にフェアに、ある意味では冷徹に評価を下して決めています。

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