コロナ禍で結束が乱れる「EU」実態の「虚実」と「真の課題」
中国に端を発し、当初はアジア諸国で主に流行するかと思われた新型コロナウイルスは、むしろ欧米で猛威を振るいつつある。死者数は、国別で見る限り米国が最も多いが、欧州各国を合わせた数はそれをはるかに上回る。人口でほぼ等しい英独仏伊西5カ国の死者数は、米国の倍ほどに達している。
その大部分を占めるのはお年寄りである。欧州はアジアなどに比べ人口に占める高齢者の割合が高く、もともと潜在的な危うさを抱えていた。
アジアの多くの国は2002~03年にかけて、重症急性呼吸器症候群(SARS)の大規模な被害を経験しており、その教訓から病床や人工呼吸器の配備を増やし、感染症の発生にも敏感になっていた。それに比べ、欧州が油断していたのは間違いない。各国はそれぞれ、感染拡大を防ぐために国境を閉鎖し、苦悩の中で対応に追われている。
こうした中で、調整役としての欧州連合(EU)の存在感が薄い、としばしば指摘される。加盟国も相互の協力にはなかなか手が回らず、一方で中国やロシアによるイタリアなどでの救援活動が大きく伝えられたことから、「EUより中ロの方が頼りになる」といった声さえ聞かれた。
実態はどうなのか。今回のコロナ禍の中でEUは何をしているか。現状を探るとともに、課題を考えてみたい。
現実と期待とのずれ
講釈が長くなるが、コロナ対策におけるEUの位置づけを、まず確認しておきたい。
EUは極めて複雑な法体系であるものの、EUが持つ権限、加盟国が持つ権限、両者が共有する権限は、それぞれ分野ごとに明確に分けられている。
例えば、通商政策はEU共通だから、日本が貿易交渉をする相手は、フランスやドイツではなくEUである。しかし、交戦権はそれぞれの加盟国が持つから、日本が戦争をする場合(ないはずだが)の相手は、フランスやドイツであってEUではない。
国家安全保障と同様に、医療も加盟国政府が基本的に担っており、EUの共通政策ではない。病気の傾向や環境、病院の整備状況から社会保障制度まで国ごとに異なることから、医療をEUで共通化させるのは非現実的であり、非効率的でもある。
それは、新型コロナに対しても同様である。
感染者を追跡しやすい田舎とそうでない都市部、合併症の要因となりやすい喫煙や肥満の率が高いマイノリティーの社会とそうではない社会、ウイルスを運びやすい若者と被害を受けやすい高齢者が同居する社会と別居する社会、といった具合に、場所と状況次第で対策も異なる。こうした場合、きめ細かい対応をEUレベルに期待するのは難しい。
EUには専門機関「欧州疾病予防管理センター」(ECDC)があり、感染症対策の情報共有は進んでいる。また、公衆衛生政策の一部はEUと加盟国との共有権限と位置づけられ、加盟国間の連携も次第に強まっている。とはいえ、新型コロナに対してEUができることは、もとから限られていた。
にもかかわらず、今回のコロナ禍で「EUは何もしていない」「毎度の足並みの乱れ」といった懸念やあざけりが途切れない背景には、現実とEUへの期待とのずれがあると推測できる。すなわち、期待が大きすぎるか、逆に小さすぎて失敗するのを待ち構えているか、である。
前者に多いのは、「EUは将来1つの国家に成長する」「EUは世界の他の地域にとって統合モデルとなる」などといった希望を抱いてきた人々だろう。そうした目で見ると、まとまりきれない現在のEUは歯がゆくて仕方ない。
ただ、実際には、将来もEUは1つの国家になれないし、なろうともしないだろう。EUは確かに、加盟国から主権を委ねられた「国家」の側面を持っているが、一方で各国の利害を調整する「国際機関」の側面も拭い去れないからである。
かつて欧州統合の牽引役を果たした元欧州委員長のジャック・ドロールは、EUを未確認飛行物体(UFO)になぞらえて「未確認政治物体」(UPO)と呼んだ。それは、EUが国家と国際機関のどちらでもない曖昧な存在であるからだった。この奇妙な性格を武器として、中小国ばかりの集まりに過ぎないEUは、国際社会で一定のパワーを得てきたのである。
後者の中心を占めるのは、EU各国のいわゆる「欧州懐疑派」、実際には右翼や左翼のポピュリスト政治家やその支持者たちだろう。彼らは主に、グローバル化に不安を抱く人々を引き寄せ、政治勢力に組み込む手段として、EU攻撃を繰り返してきた。英国のEU離脱でかえってEU内の結束が高まった結果、その主張はやや下火になっていたものの、コロナ禍を機に再び勢いを盛り返しつつある。
EUの活動を見る際には、これらのバイアスを意識にとどめる必要がある。さもないと、表面的な騒ぎや対立に気を取られ、本質的な課題を見落とすことになりかねない。
中ロのプロパガンダ
では、実際に今回EUはどんな対策に取り組んでいるのか。多岐にわたる内容の一端を見てみたい。
EUは、2009年の新型インフルエンザ(H1N1)流行を機に、ワクチンや医療物資を共同で購入する枠組み「共同調達協定」(JPA)を翌年発足させた。昨年末までに参加していたのは、EU加盟国のうち英国を含む25カ国である。それが急に膨らんだのは、今年に入って新型コロナの感染に対する懸念が広がったからだった。EUの内外から加入希望が相次ぎ、直近だと4月21日にアルバニアとセルビアが加わって、メンバーは36カ国になった。
この協定をもとに、EUの政府に当たる欧州委員会は順次、新型コロナ対策物資を共同購入するための入札を呼びかけた。
▽2月28日 手袋、手術着
▽3月17日 医療用ゴーグル、医療用マスク、人工呼吸器、呼吸用保護具
▽3月19日 検査キットを含む実験器具
手続きには時間がかかり、物資を順調に確保できているとは言い難いようではあるものの、期待の高さは参加国急増からもうかがえる。
ちなみに、英国は1月末にEUを脱退したが、協定への参加資格はそのまま維持している。なのに英国は、これらの入札にあえて参加しなかった。その結果、人工呼吸器の確保に苦労する事態に陥ったのは、本欄『ジョンソン「新型コロナ入院」で英政権「脆さ」と「軽さ」』(4月15日)で紹介した通りである。
不参加の理由について、英政府の説明は二転三転した。当初は、
「EUからの招待メールが届かなかった」
などと説明し、あまりにばかばかしい言い訳に納得しないメディアの追及を受けた外務事務次官が、
「大臣に説明したが返答はノーだった」
と漏らして政治的判断だったことを認め、しかし恐らく圧力がかかったのだろう、翌日その発言を取り消す、といった具合である。一般的には、離脱したEUと共同歩調を取るのを英ジョンソン政権が嫌がったと考えられている。
欧州委員会は、こうした物資の共同購入のほか、医療行為や危機回避に関する指針作成、各国の需要を調整する枠組みの設置、医療関連物資の関税一時凍結など、それなりの対策を打ち出している。EU加盟国の保健相や事務担当者は定期的に協議を重ねており、連携や情報交換を進めている。
本来、医療行政はこうした地味な取り組みの積み重ねであり、それが今回も患者の命を救うことにつながりつつある。
これに対し、中国やロシアが3月、イタリアなどに乗り込み、物資を配布したり医療支援を展開したりしたのは、自国に向けたパフォーマンスに過ぎなかった。
配った医療関連物資が使い物にならないなど、実際の効果は大いに疑問である。
それを「EUよりも頑張っている」と持ち上げると、中ロのプロパガンダに乗ることになりかねない。イタリア国内でそれを喜ぶのは、右翼「同盟」などの欧州懐疑派勢力ばかりだろう。
何事も成果をアピールするのは大事だが、最初からアピールを目的に行動されると、鼻白む。中ロの振る舞いは、結局そのような印象を残すにとどまっている。
復興策議論は大もめ
共同調達などの試みが、EUの活動の目立たない部分とすれば、収拾後の復興策を巡る議論は、EUの目立った部分だろう。ただ、注目を集めたのはその議論が大もめとなり、派手な対立劇に発展したからだった。
コロナ禍による影響は欧州の北部より南部で大きく、特に長期にわたって全土が麻痺したイタリアの被害は深刻だった。今後、徐々に復興するにしても企業の負担は大きく、とりわけ主力の観光業が正常化するまでには時間がかかると考えられる。そうした危機感から、イタリアやスペイン、フランス、ギリシャ、ルーマニアなど9カ国は4月27日、新型コロナの観光への影響に関する共通復興計画を策定するよう、欧州委員会に要請した。いずれも、地中海や黒海にリゾート地を持つ国である。
当然ながら、欧州南部の諸国はEUからの支援を期待し、EU加盟国が分担して債務を保証する共同債、いわゆる「コロナ債」の発行を求めた。大惨事を免れた北部欧州が困窮する南部欧州に支援の手を差し伸べれば、EUの結束を内外に示すことにもなる、との論理を掲げていた。
しかし、EUには「国際通貨基金(IMF)の欧州版」と呼ばれる制度「欧州安定メカニズム」(ESM)がすでに存在する。2009年の欧州債務危機でギリシャなどに金融支援を実施した臨時の機関「欧州金融安定化基金」(EFSF)を恒久機関に発展させたもので、これを利用すると安定的な援助を得ることができる。ドイツやオランダなど北部欧州諸国は、イタリアなどにこれを利用するよう要求した。
この意識の差の背景には、それぞれの国内事情があった。
「コロナ債」は、欧州北部の国の高い信用度に頼って低利で資金を調達し、信用度の低い南欧諸国に提供する枠組みである。北部にとってこれは、「自分たちが借金をして南部が使う」と映る。国民の理解は到底得られない。
その背景にあるのは、北部の人々の「自分たちは努力して借金を減らしてきた」という自負と、「イタリアは医療体制の整備を怠ったから失敗した」という批判だと考えられる。
一方、ESMに対する欧州南部の嫌悪感も強い。この制度で融資を受ける国は厳しい査定を受け、構造改革や緊縮財政を迫られるからである。国民の不満が高まり、政治が不安定化しかねず、実際に債務危機以降のギリシャはその道を歩んで、2015年に左翼ポピュリズムのチプラス政権を誕生させた。イタリアなどにとっては、ぜひとも避けたい選択である。
両者の主張は時に激しいやりとりに発展し、EUの分裂ぶりを内外に印象づけることになった。
首脳らが行う内向きの演技
ただ、その対立を額面通りに受け取って騒いだり嘲笑したりすると、物事を見誤る。こうした交渉は、いわば舞台上で繰り広げられる演劇に過ぎない。観客はもちろん、それぞれの国の市民である。南部も北部も、政府がいかに国益をかけて奮闘しているかの様子を自国の人々に見せなければならない。さもないと、国内のポピュリスト政党や欧州懐疑派が勢いづいてしまうのである。
欧州各国の首脳らは近年、あらゆる場面でこうした内向きの演技を展開せざるを得なくなっている。典型的なのは昨秋、EU離脱協定案を巡って英国の議会がもめた際、フランス大統領エマニュエル・マクロンが離脱期限の延期を拒否する強硬姿勢を示した例である。それは、英国に譲歩したくない意思の表明であると同時に、「英国に続いてEU離脱を」と言い出しかねない国内の右翼「国民連合」を牽制する意図を含んでいた。
4月23日にテレビ会議で実施された欧州理事会(EU首脳会議)は結局、「コロナ債」をそのままでは採用しなかったものの、それに似た形の「復興基金」を創設することで大筋合意した。1兆ユーロ(約116兆円)規模の基金で、南部側の面目が保たれたと報道された。ただ、この基金による支援を融資とするか、補助金とするかでは、南北はまだ一致していない。事実上の先送りに近い結論である。
ただ、EUからの支援としては、この「復興基金」以外にも様々な枠組みがある。さらには、欧州中央銀行(ECB)がイタリア国債を大量購入するとも予想される。従って、「復興基金」だけがイタリアの命運を分けるわけではない。
結局、多様な枠組みを複雑に絡み合わせて、適当なところで折り合う、というのが想定されるシナリオである。
それに、イタリアが行き詰まると、ドイツやオランダも大きな被害を受けることは、双方とも十分に理解している。その意味でEUは結束しているし、もはや結束せざるを得ない腐れ縁の関係でもある。
欧州で何らかの危機が起きれば「EUはもうだめだ」といった論調が幅を利かすのは、毎度のことである。近年も、欧州債務危機、ウクライナ紛争、難民危機、大規模テロといった出来事のたびに、騒ぎは持ち上がった。
しかし、その結果EUが分裂でもしたかというと、そんなことはない。逆に、英国の離脱以降、残った加盟国内の世論調査でEUへの支持はむしろ上昇している。今回も、EUの存在価値が揺らぐことは、恐らくないだろう。
怪しげで曖昧な「国民感情」
ではEUは安泰かというと、そうとも言い切れないところがある。主たる問題は、舞台上で火花を散らすEU加盟国同士の側ではなく、それを見つめる観客としての各国市民側にある。
今回のコロナ禍以降、イタリアの世論調査では、EUへの支持が急落傾向にある。「コロナ債」に反対するオランダなどの首脳発言に反発してのことである。
ここで問題なのは、実際に金が来るかどうかではない。どう転んでも、イタリアにEUから金は来る。問題は、それに伴ってイタリアに投げかけられた言葉である。ああだこうだとケチを付けられたことに対して、人々はプライドを傷つけられたのである。
それはすなわち、「国民感情」の類いの要素だろう。怪しげで曖昧な概念だが、ばかにはできない。実際、英国がEUを離脱したのは、イングランドのナショナリズムの感情に火が付けられ、離脱運動を牽引したからだった。
イタリアではすでに右翼「同盟」が勢力を張っており、英国と同様の動きが盛り上がらないとも限らない。EU原加盟国イタリアの離脱は、もし起きるとEUにとって英国以上の衝撃になる。
世の中に不安が広がる時代だけに、市民の意識がどこに向かうのか、細心の注意を払って見極める必要がある。それは欧州だけにとどまらない。コロナ禍に巻き込まれた世界に共通する課題であるに違いない。