「新型コロナ禍」の裏で「軍事衛星発射」高まる「米イラン」緊張
世界が「新型コロナウイルス」禍で凍り付く中でも、憎しみは収まらないのだろう。米国とイランの軍事的な緊張が再び高まってきた。
イランのイスラム革命防衛隊が創設41周年記念日にあたる4月22日、初の軍事衛星の打ち上げに成功した。
イランの弾道ミサイル開発を問題視してきた米国は早速、「米国も射程に収める大陸間弾道ミサイル(ICBM)を開発する証拠だ」と反発している。ペルシャ湾では米海軍と革命防衛隊の異常接近も続いており、目を離せない緊張が再来した。
砂漠の打ち上げ
革命防衛隊の人工衛星「ヌール(光)1号」は、テヘランの東約350キロに位置するシャフルード基地から発射された。この基地があるセムナーン州の砂漠には、イランの平和利用宇宙計画拠点があることは知られていたが、革命防衛隊の衛星打ち上げ基地があることは伏せられていた。
革命防衛隊の発表によると、人工衛星は移動式の発射台に備え付けられた3段式のロケット「カセド」で大気圏外に運ばれ、打ち上げから90分以内に高度425キロの軌道に到着したという。
カセドは、液体燃料と固体燃料の双方を使うタイプで、第1段のロケット部分は液体燃料、第3段は固体燃料で発進したと分析されている。『国営イラン放送』(IRIB)が放映した発射映像を見ると、発射台は小ぶりでロケットや人工衛星を搭載した弾頭部分も比較的小さく見える。
イランは2000年代から人工衛星の打ち上げを試みてきており、何度か軌道投入にも成功したとされる。しかし、今回は米国が人工衛星の打ち上げ成功を明確に確認した。
しかも、これまでのような資源探査や気候情報の収集といった平和利用目的をうたった人工衛星実験ではなく、革命防衛隊が「軍事衛星」と明言しているところが挑発的だ。
革命防衛隊のホセイン・サラミ司令官は打ち上げ直後の声明で、
「現代の世界では強力な軍事力と包括的な国防計画を持つために、宇宙での能力保有が必要である。宇宙へ我々を導く優れた技術を持ったことは、戦略的な大業績だ」
と自画自賛。人工衛星が特に情報戦で力を発揮すると述べ、革命防衛隊が宇宙での軍事能力の拡充に乗り出す意欲をみなぎらせた。
サラミ司令官と言えば、今年1月にバグダッドで殺害されたガセム・ソレイマニ司令官の報復で革命防衛隊がイラクの米軍拠点を攻撃した際に、誤ってウクライナ旅客機を撃墜してしまい、「人生で最も恥ずかしい出来事」と公開謝罪した人物である。
ところが今回は、あの煉獄を忘れたかのような満面の笑みを浮かべた。正規軍が革命を潰す恐れがあるとして、準軍事組織として発足した革命防衛隊からすれば、人工衛星保有で「とうとうここまで来た」という思いだろう。
宇宙を回るウェブカメラ
もちろんイランの軍事衛星の能力は、米国やイスラエルが恐れるようなレベルではない。
米宇宙軍のジェイ・レイモンド司令官は、
「ウェブカメラがくるくると宇宙を回っているようなもの。意味ある軍事情報など入手できない」
と、打ち上げから4日後の26日にツイートしている。
革命防衛隊の衛星は、「3U Cube衛星」とされ、原型となる直方体の「1Cube衛星」を3つ結合させたものだ。1Cube衛星は10立方センチで重量は1.3キロという。
Cube衛星は1999年から打ち上げが始まり、これまで打ち上げられた総数は1200に上る。アマチュア無線の交信用に使ったり、地球を撮影してその表面画像を送る程度はできるものの、軍事基地の動きを微細に撮影してその様子を送信するといった機能はない。レイモンド司令官が「宇宙を回るウェブカメラ」と呼んだのもうなずける。
しかし、だからと言って軽視はできない。今回の人工衛星打ち上げは、欧州や米国に届く長距離弾道ミサイル技術を獲得する狙いを持つとみられるからだ。
革命防衛隊の衛星の名前が「光1号」と聞いて、思い出すのは、1998年8月に北朝鮮が打ち上げた人工衛星「光明星1号」だ。
両国はミサイル技術で協力関係にあるせいだろうか、名前が似ている。北朝鮮は「光明星1号」から20年で弾道ミサイル技術を格段に向上させ、今ではICBM技術も保有すると宣言するまでになった。
当時、北朝鮮の「人工衛星」はあまりにお粗末なもので、米国は失敗と断定し、日本も含めて世界は嘲笑したのだが、北朝鮮は営々と弾道ミサイル技術を進歩させてきたのだ。
革命防衛隊の今回の打ち上げも、ICBMなど長距離ミサイル能力の向上を意図したものとみるべきだろう。米統合参謀本部のジョン・ハイテン副議長は、
「軌道に乗るまで非常に長い距離を飛行した。長距離を飛ばせるということは、近隣国や我々の同盟国の脅威になるということだ」
とその飛距離に注目し、米大陸に届くICBM能力に警戒を示した。
イスラエル外務省はより露骨に、
「人工衛星は北朝鮮のミサイル技術向上のための隠れ蓑だ」
と断言している。普段は制裁に苦しむイランに同情するドイツの外務省報道官も、
「イランのミサイル計画は欧州の安全保障の観点から受け入れることはできない」
と、珍しく語気を強めて非難している。
イランの長距離弾道ミサイルは欧州を射程に収めるから、イランのイスラエルやサウジアラビアとの軍事的な対立を、これまで対岸から見てきた欧州は、脅威が身近になったことで悠長にしていられない。
米国のマイク・ポンペオ国務長官は、
「イランの弾道ミサイル開発を禁じた国連安保理決議に違反している」
と非難し、国際社会の対イラン包囲網を促している。
ただイランは、
「安保理決議は『核弾頭搭載用の弾道ミサイルを開発しないよう求める』というものであり、イランの人工衛星は核弾頭ではないし、ロケットは核弾頭搭載用ではない」
と反論している。だが、革命防衛隊の「軍事衛星」だから、過去のような「平和利用」とは性格が異なる。
米国が神経質になるのは、イランのミサイル技術が米国を意識したものであることが濃厚な点だ。
『ロイター』は米政府高官の話として、弾道ミサイル戦力を握る革命防衛隊航空宇宙部隊のアミール・アリ・ハジザデ司令官が、打ち上げに立ち会っていたと伝えた。
米政府は、ハジザデ司令官が昨年6月のペルシャ湾上空での米軍無人機撃墜や、今年1月のイラク駐留米軍への弾道ミサイル攻撃などを指揮していたと分析している。司令官はソレイマニ司令官殺害で今年1月に米国と軍事的な緊張が高まった際には、米軍の400カ所の拠点を攻撃する方針だったと、最近、明らかにしている。
この米高官は、人工衛星打ち上げでは機動力のある移動式の発射台が使われたとも述べ、軍事目的が濃厚と指摘した。
イランのミサイル信仰
米国防総省は、イランがICBM能力の保持を狙うのは、米国への報復戦力を持つことで抑止力を獲得したいためだ、と見ている。
核戦力を持たないどころか、通常兵器でも圧倒的に劣るイランは、弾道ミサイルや巡航ミサイルへの依存を強めている。イランにとって、弾道ミサイルとは安全保障の守護神であるという信念もある。
それはイラン・イラク戦争(1980~88年)で、ソ連製スカッドミサイルの激しい都市攻撃を受けた際に、空軍力で劣るイランの唯一の対抗手段が、自らも弾道ミサイルを入手し反撃することだけだったという歴史を背景にしている。
当時のイランは米国からの支援は当てにできず、ソ連からのスカッドミサイル購入も、ソ連がイラクの同盟国であったことから拒否され、結局リビアや北朝鮮から提供を受けることで、何とかイラクへのミサイル攻撃を80年代半ばに行って一矢を報いた。
米国など西側からの軍事援助を受けられず、ロシアからも信頼を得られないというイランの孤立は、イラン・イラク戦争当時と変わらない。
米戦略国際問題研究所(CSIS)や英国際戦略研究所(IISS)は、イランが中東最大の弾道ミサイル戦力を持ち、その最長射程は2000キロと推定している。東は中国西部とインド全域、北はモスクワまでのロシア、欧州南東部、西はイスラエル、エジプト、そして南はサウジアラビアをすっぽりと覆う(下図参照)。
イランは弾道ミサイルを実戦にも使っている。2017年と18年には過激派組織「イスラム国」(IS)のシリアにある拠点を弾道ミサイルで攻撃したし、1月にソレイマニ司令官殺害の報復でイラクの米軍拠点を弾道ミサイルで攻撃したのは記憶に新しい。
だが、イランの国防戦略の核である抑止力、つまり米国によるイラン攻撃を認めない戦略を確立するためには、弾道ミサイルの技術向上が必須となる。特に、米国を不倶戴天の敵と見る革命防衛隊にとっては、ICBM能力の保持が求められるのだ。
もちろん、人工衛星の打ち上げ技術とICBM技術では大きな違いがある。慣性航法や誘導システム、弾頭部分離技術などは同じだが、ICBMに必要な大気圏への再突入で生じる熱からの防護技術や高高度に到達する技術などが難関とされる。
こうした能力を持ったとしても搭載可能な核弾頭を開発できなければ、張り子の虎だ。イラン核合意(JCPOA)はそれを制限するものだったが、米国の離脱後、イランは少しずつだが、平和利用をうたって核開発を再開している。
ペルシャ湾の緊張
米国がイランにいら立つのは軍事衛星の打ち上げや弾道ミサイル開発だけではない。
3月11日には、バグダッド近郊にある米軍の拠点タジ基地へのロケット弾攻撃があり、米兵2人、英兵1人が死亡した。米軍は、
「こうした大掛かりな攻撃を行えるのは(イラン系民兵組織の)『カタイブ・ヒズボラ』(KH)しかない」
と断定して、KHの5拠点を空爆した。
KHは、年明けのソレイマニ司令官殺害につながった、昨年12月の米軍拠点K1への攻撃の実行主体と断定された。K1での死亡者は米国人1人だったが、米軍はKHの拠点を報復攻撃し、数十人が死んでいる。
報復の連鎖という過去のパターンで行けば、今度はKHが再攻撃をかける番だが、ドナルド・トランプ米大統領は4月1日には米情報機関の分析を受けて、
「イランかその代理人が米国に対する卑劣な攻撃を準備しているようだが、そんなことが起きればイランには実に重い償いを払わせる」
とツイートしてけん制している。
ペルシャ湾でも軍事的な緊張は続いている。
4月15日には、ペルシャ湾で米陸軍の攻撃ヘリコプター部隊と演習を行っていた海軍の4隻、沿岸警備隊の2隻の艦艇に対して、11隻の革命防衛隊の船が接近して嫌がらせを行い、9メートルの距離まで近づいてきたという。
米海軍が公開した映像にある、米艦船の船首をかすめてハエが周囲をうるさく飛び回るような接近行為は、米軍幹部が、
「ペルシャ湾でイランとの偶発的な衝突が最も起こりうる事態」
と呼んできたものだ。
これに対してトランプ大統領は、革命防衛隊が人工衛星打ち上げを発表した22日に、
「艦船に嫌がらせをするようなイランの船はすべて攻撃し破壊するよう海軍に指示した」
と警告している。
こうした言動の応酬は、米国とイランとの間ではしばしば起きているから、驚くには値しない。だが、パンデミックとの闘いに世界が集中する今、軍事的な衝突のリスクをいとわない国々を嘆くしかない。