「成り上がり」と「落ちぶれ」が生む毒親――中国史上唯一の女帝・武則天の毒親

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急な階級移動が毒親を作る

 子供の人生を奪い、ダメにする「毒親」。近年、盛んに使われだした言葉だが、もちろん急に親が「毒化」したわけではない。古代から日本史をたどっていくと、実はあっちもこっちも「毒親」だらけ――『女系図でみる日本争乱史』で、日本の主な争乱がみ~んな身内の争いだったと喝破した大塚ひかり氏による連載第3回。スケールのでっかい「毒親」と、それに負けない「毒子」も登場。日本史の見方が一変する?!

 毒親や毒親育ちを生む温床に「落ちぶれ」がある——と、かねがね感じていました。

 正確に言えば、祖父母や両親、もしくは親族などから、「うちの家系がいかに昔は栄えていたか、それが今はこんなに落ちぶれて」といった情報を繰り返し聞かされることで、その人は意識的・無意識的にかかわらず、「なんとかして自分の代で盛り返そう」という強い使命感を持つようになるのです。

 こんなふうに思わされる時点で大変なプレッシャーで、周囲の親族たちは「毒」になっている。そうして毒にさらされたその人自身も、子を持つと、同じようなプレッシャーをかけるのです。こうした例を私はいくつも見ています。年を経て、思い通りにいかず、そのプレッシャーに耐えきれなくなった人が、自殺的な死を遂げたり、「親を殺したい」と思わぬまでも、恨んだり憎悪する……。

 が、エリオット・レイトンの『親を殺した子供たち』(木村博江訳)によると、子供による家族殺人が起きるのは、「急激な凋落ぶり」を経た家庭だけでなく、「にわか成金」と呼ばれるような家庭も少なくないといいます。落ちぶれだけが問題ではないんですね。そして、「その階級の変動から生じた不安が、人種差別や性差別をうながし、非行少年を生むなど、さまざまなかたちをとってあらわれることも、数多くの研究で実証されている」のだと、エリオットは言います。

 激しい階級移動というのは物凄いストレスを人にもたらすんです。

 エリオットによれば、成り上がるにせよ落ちぶれるにせよ、家族殺人が起きる家には共通項があって、それは、

「上昇指向の強い中流階級で起こる傾向が強い」

 ということ。急激な凋落を経験した親は「何とか昔に戻りたい」と上を目指し、「にわか成金」は激しい上昇指向があればこそ現在があるものの、上流階級には下に見られ、欲求不満がたまっていく。さらにここに親が「支配的」という条件が加わって、階級移動のストレスに苛まれる彼らは子供に依存して、

「自分の欲求達成の手段として子供を利用するようになる。こうした家庭では子供が選択肢を奪われ、両親の支配から逃れられないところまで追いつめられる。そして暴力や虚偽が家族文化のなかで容認された場合――個人の問題解決手段として暴力が大っぴらに使われはじめた場合――家族殺人の可能性をはらんだ環境ができあがる」(エリオット前掲書)

 肉体的・精神的虐待によって、逃げ場をなくした子供は、家族殺人に走るというわけです。

 この本が日本で出版されたのは1997年。

 スーザン・フォワードの『毒になる親』(玉置悟訳)が日本で翻訳されたのがその2年後ですから、この本には毒親という語はないものの、親を殺した子供たちの親がいかに支配的で、子供を追いつめていくかに筆が割かれています。もちろん毒親育ちのすべてが家族殺人を犯すわけではなく、むしろ極めて少数なのですが、家族殺人を犯した子供のすべてがハードな毒親育ち、とは言えるわけです。

「階級的な変動の激しさ」が毒親・毒親育ちを生むという観点を得ると、なるほどこれは……と思える親子が歴史上にはたくさんいます。この人、毒親だよな……と思って、生い立ちを調べると、激しい階級移動が隠れていたりする。

 戦国時代に毒親が多いのもうなずけます。戦国時代ほど階級移動の激しい時代はないですからね。とりわけ武士階級に親殺し・子殺しが多いのは、「暴力」がエリオットの言う「家族文化」になっていると考えれば合点がいきます。

 階級移動というのは人間にとってそれほどまでにストレスであり、悔しさや怒りや恨みの感情を発生させる。実は大した家柄ではないとしても、親や祖父母が「昔は凄かった」と繰り返し子供に伝えるのは、現状への不満からなんでしょうが、子供は素直に受け止めますから、「自分が何とかしないと……」と無意識のうちに思ったり、「自分はひととは違う人間なんだ」という特権意識を持ったりする。しかし現状はどうかと言えば、ふがいなかったりする。それで欲求不満を覚えるという、親の欲求不満が感染したような状態になるんですね。

 そういう意味では、今回紹介する人なんかも、母親に「昔は良かった」「ママの先祖はそれはそれは高貴でね……あなたにはその血が流れているのよ」と、さんざん言われたあげく、頑張ったのではないか。ふつうの人ならそんなふうに洗脳されても、良くてそこそこ、悪くて挫折してストレスで命を縮めたり、親を恨んだり、そこに暴力が絡めば親殺しに走ったりすると思うんですが……彼女の場合、度外れた能力の持ち主であったため、親の期待――この手の親は、子がどんなに頑張っても満足しなかったりするものなのですが――をはるかに上回り、世界史上でもまれな女傑となった。

 それが、則天武后(623?~705)だと思うんです。

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