90年前「世界大恐慌」から学べる「教訓」

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 米ニューヨーク商業取引所で4月20日、原油先物価格が史上初めてマイナスとなった。米国原油の指標であるウエスト・テキサス・インターミディエート(WTI)先物が、1バレル当たりマイナス37.63ドルで取り引きを終えたのだ。簡単に言えば、原油を買うとお金をもらえるというわけである。

 新型コロナウイルス感染症の蔓延で、世界の原油消費が一気に冷え込む中で、貯蔵施設が5月に満杯になる恐れがあるとの見方が広がった。先の「マイナス価格」は、生産者が買い手に代金を払ってでも引き取ってもらいたいという状態になっていることを意味している。

 5月物の最終取り引きを翌日に控えていたという特殊事情があるとはいえ、いかに「需要が消えた」ことのショックが大きいかを物語っていた。

大量の失業者を生まなければ

 世界はいま、未曾有の大恐慌のとば口に立たされている。新型コロナの蔓延で経済活動が「凍りつき」、猛烈な勢いで経済収縮が始まっている。新型コロナが早期に収束しないと、これまで経験したことのない大デフレがやってきそうだ。その予兆の1つが、原油市場で誰も経験したことのなかった「マイナス価格」だということだろう。

 大恐慌でいったい何が起きるのか。千葉大学名誉教授・秋元英一氏の著書『世界大恐慌 1929年に何がおこったか』(講談社学術文庫)には、世界大恐慌下の米国の様子が描かれている。

 〈一家の主たる働き手が失業してしまった場合、まず貯金が使われ、それもやがてなくなると、住宅が自分の所有であれば、融資返済ができないから抵当解除で追いだされる。親戚や知人の好意にすがって身を寄せることもできるが、失業の長期化でストレスもたまり、いづらくなる。
 ひとり、またひとりと個人が、そしてやがては家族全体が家やコミュニティの絆を捨てて新たな生活を求めて彷徨しはじめる。このようなホームレスの人びとの群がしだいにあちこちで目立ちはじめ、恐慌の比較的初期でも「国中に移動民の新たな群が動き回っている」ことが確認された〉

 1929年に始まる世界大恐慌の際、米国の失業者は1238万人、当時の労働者の24.9%にのぼったという。しかも、1929年10月24日の株式大暴落はほんの始まりに過ぎず、4人に1人が職を失う最も深刻な事態に陥ったのは、1933年のことだった。

 株価暴落で始まった当初は、影響は株式を保有する一部の人だけに及ぶ問題だとの見方もあった。それが企業の資金繰りや業績の悪化、それに伴う金融機関の破綻が相次いだことで、一気に雇用者に人員整理の波が広がった。立場の弱い労働者や農民にシワ寄せがいったのである。

 秋元氏の本を読んで知る大恐慌の教訓は、「失業しないこと」。職があれば、何とか嵐が去るのを耐え忍ぶことができた。だが、職を失った人の生活は悲惨そのものだった。

 家や農地を追われた人々は仕事と住む場所を求めて都市間を彷徨し、公園には掘っ建て小屋が建てられた。対応が後手に回った当時の大統領ハーバート・フーヴァーを当てこすって、こうしたスラムは「フーヴァーヴィル(HooverVille)」と呼ばれ、ニューヨークのセントラル・パークにもフーヴァーヴィルが誕生した。このことを鑑みれば、いかに大量の失業者を生まないための政策を政府が迅速に打つか、が重要になることが分かるだろう。

「7人に1人」が失職

 その次の「恐慌」は、同じ顔をしてはやってこなかった。2008年のリーマンショックは1929年の再来と言われたが、G20に代表される国際協調や金融政策、財政政策によって何とか乗り切った。各国の株価は数年を要したものの、それでもショック前に回復した。

 だが、今回の新型コロナ蔓延によってやってくる「コロナ大恐慌」は2008年の比ではなく、それどころか1929年を上回る経済への激震になる可能性がある。

 3月13日に国家非常事態を宣言した米国では、その翌週から失業保険の新規申請件数が激増した。宣言が出される前の申請件数は、3月7日までの1週間が21万件、14日までの1週間は28万1000件だった。

 それが、非常事態宣言後の21日までの1週間で328万3000件、翌週28日までは664万8000件と一挙に激増した。

 今回の事態が起きる前の申請件数の最多は、第2次オイルショックの影響を受けた1982年10月の69万5000件だったから、その約10倍ということだ。

 非常事態宣言後の3月15日から4月18日までのわずか1カ月間の累計申請件数は、2620万9000件。言うまでもなく、2620万9000人が失業したことを示している。大恐慌時代の1238万人を一気に突破した。

 もちろん90年で人口は大きく増えているので、失業率はまだ25%には達していない。それでも、米国の労働人口は1億6353万9000人なので、単純計算すれば現状でも6人に1人が職を失ったことになる。

 ただしこれは、90年の間に整備された失業保険で救われる人たちの数でもある。職を失ってもすぐに露頭に迷うわけではない。

 しかも米国は、3月27日に2兆2000億ドル(236兆1260億円)の緊急経済対策法案に大統領が署名して発効。全国民の大人1人に対し1200ドル(約12万9000円)、子ども1人に500ドル(約5万4000円)の現金給付が始まっている。

 収入がなくなって貯金を使い果たし、家を手離すという悪循環に陥れば、世界大恐慌時の二の舞である。さすが米国には、それを分かっている政策家がいるのだろう。

 米国の中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)は非常事態宣言から10日後の3月23日には、早くも無制限の量的緩和を発表した。しかも、4月9日には米企業や地方政府に、最大2兆3000億ドル(約250兆円)の資金供給を行うと発表している。

 企業を破綻させれば失業に結びつく。また最前線で対策に当たる地方政府に資金がなければ何もできない。それを分かったうえで、とにかくスピード勝負で政策を打ち出している。

「成功体験」に囚われて

 翻ってわが日本政府は、安倍晋三内閣が4月7日、約108兆円の緊急経済対策を閣議決定した。「世界的に見ても最大級の経済対策」だと安倍首相は胸を張った。

 しかし108兆円といっても、実際にお金が国や地方から出て行く歳出は27兆円あまりで、財政投融資も12兆円あまり。さらに国会での成立が4月30日なので、「小さすぎ、遅すぎ」という批判はかわせない。

 すったもんだの挙句、全国民に10万円の給付が盛り込まれたが、実際に現金を国民が手にできるのは早くて5月末とされる。問題はそれまで、個人事業主や非正規雇用者が耐えられるかどうかだろう。

 失業対策で国がこだわり続けているのが、「雇用調整助成金」の活用である。支給要件を緩和したり、手続きを簡素化したりするなどして、この助成金の申請を呼びかけている。

 地域の労働局やハローワークの窓口には相談者が溢れているが、実際にはなかなか使いにくい。休業計画書を提出し、まずは休業補償を従業員に支払ったうえで申請しなければ、休業補償分の9割が補填されない仕組みで、すぐに資金が手にはいるわけではない。あまりの悪評に、4月25日になって10割補填するルールに変えたが、先払いが必要なことに変わらない上、大型連休明けまでルール変更の詳細が決まらず申請作業が遅れるという混乱を招いている。

 どうも厚生労働省は、2008年のリーマンショック後の「成功体験」に囚われているのではないか。

 雇用調整助成金の支給決定件数の過去のピークは、2009年度の79万4113件で、これによって6536億円が使われ、2130万人が救済された。その後10年度75万件、11年度52万件、12年度32万件と支給決定され、その分、失業者を生み出さないで済んだということになる。おそらく、厚労省の官僚は、雇用調整助成金が失業抑制に効果を発揮したと考えているのだ。

 確かにリーマンショックの時はそうだったろう。だが、当時は金融市場発の恐慌だったので、大企業からその影響が出始めた。中小企業や零細企業など下流に影響が及ぶのにはやや時間的にゆとりがあった。

 雇用調整助成金の申請も、当初は大企業や中堅企業の申請が多かったと考えられる。少なくとも、雇用契約書や就業規則、売り上げの係数把握などをきちんとやっている会社が多く、申請書を書くのも難なくこなすか、社会保険労務士を日頃から使っていた会社が多かったのではないか。

 ところが今回は、いきなり消費の現場、しかも零細企業や個人経営が多い飲食店や小売店などが直撃されている。営業をしていてもほとんど客が来ず、売り上げが「消滅」しているところも少なくない。また、こうした店では就業規則もなく、雇用契約も口頭だけで、労働保険に加入させていないケースも多い。

 雇用調整助成金を申請しろと言っても、日頃、労働局に足を運ぶ機会などない経営者がほとんどなのだ。労働保険に入っていないのは違法だということを知っていればまだしも、知らずにアルバイトを雇って商売している人もかなりの数にのぼる。そういう経営者に、「易しくなった」雇用調整助成金の申請をしろ、と言ってもどう考えても難しい。

優良企業の「トヨタ」が

 企業などに雇われている日本の雇用者数は、3月までのところ増加が続いており、過去最高水準を維持していた。

 とは言え、その段階でも、雇用者全体の約38%に当たる2159万人が非正規従業員である。アルバイトが461万人、パートが1055万人いる。飲食店や小売店などの小規模企業を何としても破綻から救わなければ、こうした非正規従業員から職を失っていくことになるだろう。

 90年前の世界大恐慌の際には、大企業は当初、正社員の雇用を守り賃金を下げずにいたが、徐々に難しくなった。

 前出の秋元名誉教授の著書『世界大恐慌』によれば、

 〈(鉄鋼大手)U・S・スティールのフルタイム就業者の数は一九二九年には二二万四九八〇人だったが、一九三〇年には二一万一〇五五人、一九三一年には五万三六一九人、一九三二年には一万八九三八人、そしてついに一九三三年四月にはゼロとなってしまった〉

 労働者保護法制が整っていなかった当時は、フルタイム労働者をどんどん減らし、パートタイム労働者を残すという選択がされ、同社は11万人ほどのパートタイム労働者だけが働く会社になったという。

 現在、事態の深刻化を受けて、日本の大企業の中からも、主要取引先銀行や政府系金融機関に対して、融資やコミットメントライン(融資枠)の設定を要請するところが増えている。

 日本一の優良企業であるはずの「トヨタ自動車」が、真っ先に1兆円の融資枠を要請したと報道された。その後も、「ANAホールディングス」が1兆3000億円、「日産自動車」が5000億円、「JAL」が3000億円といった報道が続いている。

 航空会社は国際線の9割が運休し、国内線も大幅に減便される中で、もはや体力勝負になっている。米国では、ドナルド・トランプ大統領が早い段階で航空会社の救済を念頭に置いた発言をし、企業支援の方策を整えている。新型コロナの蔓延が長期化すれば、日本でも大手航空会社の経営が苦しくなり、雇用を維持できるかどうか、危うくなってくる可能性がある。

 また、国内外で自動車販売も激減しており、自動車メーカーも厳しい。リーマンショックの時、決済用のドル資金が調達できなくなった苦い経験を持つトヨタが真っ先に資金確保に動いたのは当然とも言える。

 日本の大企業の場合、内部留保も大きく、長期雇用が前提なので、すぐに雇用が切られ、失業者が溢れる事態にはならないだろう。

 逆に言えば、大企業を絶対に破綻させないために、国が資本注入することも想定する必要がある。必要なインフラ企業を破綻させては、コロナ終息後に経済回復がおぼつかなくなるからだ。

 いずれにせよ、経済危機は始まったばかりだ。世界大恐慌のもう1つの教訓は、当時のフーヴァー大統領の「政策が後手後手に回り」「小さすぎ、遅すぎた」ということだ。その轍を踏まないことが何より肝心だろう。

 フーヴァーヴィルならぬ「アベノスラム」ができないことを祈るばかりだ。
 

磯山友幸
1962年生れ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、大阪証券部、東京証券部、「日経ビジネス」などで記者。その後、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、東京証券部次長、「日経ビジネス」副編集長、編集委員などを務める。現在はフリーの経済ジャーナリスト。著書に『2022年、「働き方」はこうなる』 (PHPビジネス新書)、『国際会計基準戦争 完結編』、『ブランド王国スイスの秘密』(以上、日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)、『破天荒弁護士クボリ伝』(日経BP社)、編著書に『ビジネス弁護士大全』(日経BP社)、『「理」と「情」の狭間――大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP社)などがある。

Foresight 2020年4月30日掲載

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