【コロナ禍】悲観論に拍車「40万人死亡」試算を考える 煽るテレビに流されるな
新型コロナウイルス対策に関し、日本人は総じてマゾヒズムに支配されてしまったかのようだ。悲観的な試算ほどありがたがられているが、そうして自らの首を絞めてどうするのか。
***
アメリカではいま、都市封鎖に反対するデモが各地で起きているという。しかし、世論調査で8割を超える人が、緊急事態宣言の発令は「遅すぎた」と答える日本にとっては、対岸の火事である。
日本人はむしろ、さらなる統制さえ望んでいるかのようだが、そうなった一因がテレビであることは疑いない。自身もワイドショーでコメンテーターを務める国際政治学者の三浦瑠麗さんは、自分が関与する際は、煽るような作りにならないように留意していると言いつつ、こう危惧する。
「裏番組は、政府の果断な処置を迫る方向だと聞きます。たしかに、私権を制限するな、というような政府批判はメディアの役割だと思います。でも、不安を煽ったうえで、政府はもっと果断に対応しろとか、緊急事態宣言を出せなどと求めても、悪いほうにしか働かないと思うのです」
しかし、不安を煽る報道に需要があるのがいまである。だから、厚労省クラスター対策班の顔で、「人との接触を8割減らして」と訴える北海道大学の西浦博教授が、センセーショナルな数字を持ち出すと、テレビは早速、煽情的に伝えた。
その数字が示されたのは4月15日午前、厚労省内で行われた会見だった。
「西浦教授は冒頭、“メディアも含めて協調し、同志として立ち向かってほしい”と発言し、その後、3月19日に出したという資料を見せたのです」
と話すのは厚労省担当記者で、そこに書かれていたのが、「まったく対策をしない場合、累計で約41万8千人が亡くなる」という試算であった。
数字の根拠を改めて示せば、感染収束までに重篤化する恐れがあるのは、15~64歳で約20万1300人、65歳以上で約65万2千人。感染した成人の0・15%、高齢者の1%が死亡すると想定し、重症者の死亡率を49%とすると、死亡者は累計で約41万8千人になるという。
だが、さまざまに対策が講じられているのに、ひと月前に試算した数字をいまさら示すことに、意味があるのか。さる感染症の専門医は、こう首を傾げる。
「西浦教授は感染症数理で一番信頼できる先生なので、試算自体を疑うわけではないが、すでに対策を講じているのに、まったく対策をしなかった場合の数字を公表する必要は、なかったのではないでしょうか」
翌16日夜、安倍総理が突然、緊急事態宣言の対象を7都府県から全国に広げると言い出しても、自然に受け入れられたのは、西浦教授が「メディアと協調して」築いた下地があったから、と評しても差しつかえあるまい。
もっとも、総理の決断には別の事情もからんでいた。政治部記者が言う。
「当初決まっていた条件つき30万円給付に対し、公明党は支持母体の創価学会から、このままでは党を応援できないと突き上げられていた。それを受けて山口代表は、15日朝に総理官邸を訪ね、一律10万円給付を“いまやらないと、私も総理もおしまいです”と迫りました。公明党から離縁を切り出されたようなものだから、受け入れるしかなかったが、30万円が間違いだったと認めるわけにはいかない。追い詰められた挙句、総理は、緊急事態宣言を全国に拡大するから全国民に10万円だ、という辻褄合わせをしたのです」
政府諮問委員会の会長代理で、川崎市健康安全研究所所長の岡部信彦氏も、
「17日に予定されていた諮問委員会が、急に16日に前倒しされ、唐突感は否めません。諮問委員会では、“感染者ゼロの岩手県や数例しかない山陰では、(感染拡大が)東京と同じようにはならないのではないか”という声もありました」
と打ち明けるのだ。ちなみに、西浦教授の試算について、先の政治部記者は、
「出されたことに官邸は困惑し、総理補佐官が厚労省に“あんなこと軽々しく言わせるな”と伝えた」
と話すものの、試算に国民が恐れをなしたタイミングは、安倍総理には渡りに船であっただろう。「ゴールデンウィークの人の移動を最小限に」という後づけの理由が素直に受け入れられたが、そもそもこの決定は、正しいと言えるのか。
全国一律との決定に「異論はない」としつつも、
「急な発令では都道府県や市民は準備ができないので、少なくとも数日前には言うべきだった」
と話すのは、国際医療福祉大の和田耕治教授。医師で、大阪大学人間科学研究科未来共創センター招聘教授の石蔵文信氏は、
「感染者数が多い都道府県の住人がゴールデンウィーク中に移動し、他県に感染が拡大するのを防ぐ、という理由はもっとも」
と前置きし、警告する。
「小池知事らに“命の問題だ”と言われると反論しにくいですが、失業率が1%上がると、10万人当たり25人、自殺者が増えるというデータもある。経済苦が自殺につながる以上、命か経済かでなく命と命の問題で、経済を守ることもまた、命を守ることなのです」
[1/2ページ]