中国が新型コロナ「封じ込め」より重視する「プロパガンダ大作戦」
かつて、ソ連共産党指導者のヨシフ・スターリンは「量も質のうち」と語ったという。ナチスのプロパガンダ担当大臣だったヨーゼフ・ゲッベルスは「ウソも100回言えば真実になる」と主張したとされる。
そして現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の発生源である中国がまさにそれを実行している。
中国の情報操作とプロパガンダ
新型コロナの蔓延によって、世界中で日常生活も経済活動もままならない状態が続く中、今回の世界的大混乱の発端となったウイルスの「起源」についても情報が錯綜しており、混乱状態にある。
言うまでもなく、新型コロナの起源について、真実は1つしかない。だが、それが明らかになる可能性は低い。中国の共産党政権が真実を明らかにするつもりはなさそうだからだ。
それどころか、中国の政府関係者が「新型コロナは米国の軍人が持ち込んだ」とお決まりの責任転嫁に出たり、米軍の生物兵器だと指摘する声も出たりする有様だ。
こうした中国側の動きは、大規模なスピン(情報操作)またはプロパガンダのキャンペーンに他ならない。
今回の新型コロナは、歴史上最もインターネットが普及している中で発生した世界的感染病だと言っていい。
そして中国は今、世界中で広く普及するインターネットやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などを駆使して、自分たちに都合のいいナラティブ(言い分)を押し通すため、意図的に溢れんばかりの情報をばら撒いている。
中国の情報操作の実態とはどういうものなのか迫ってみたい。
タスクフォースにプロパガンダ専門家
ある欧米の情報機関関係者は筆者の取材に、
「人海戦術を使う中国のプロパガンダは徹底している。党中央宣伝部(CCPPD)や人民解放軍の戦略支援部隊(SSF)などが、対外プロパガンダやインターネットでのサイバー情報工作までを担い、その規模は数百万人に及ぶと分析されている」
と語っている。
それほど中国は対外イメージを重要視しており、プロパガンダに力を入れている。
今回の新型コロナ対策を見ても、
「中国共産党は肝心の感染拡大を封じ込める以上に、インターネット上でのプロパガンダ工作をより重要視していると言っていい」(前出・情報関係者)
事実、党が今回の騒動を受けて1月26日に発足した新型コロナ対策のタスクフォースである「中国中央新型コロナウイルス感染肺炎対策指導小組(Central Leading Small Group for Work to Counter the New Coronavirus Infection Pneumonia Epidemic)」のメンバーは9人いるが、その中には2人もプロパガンダのスペシャリストが名を連ねている。
この指導小組のリーダーは李克強首相で、ナンバー2の副組長にはプロパガンダにも精通する王滬寧・党政治局常務委員が就いている。
担ぎ出された「大物」たち
中国のやり方は、大袈裟でも嘘でもいいから、とにかく中国をポジティブに見せる情報を出して、インターネットなどでばら撒く、というものだ。
今回の新型コロナを受けて、世界中に散らばる中国大使がこぞってツイッターなどを駆使して都合のいい情報を出しているのは、その一環だ。
たとえば、「マスク外交」と欧米では呼ばれているが、世界中に医療物資を寄付し、大使らがその情報を写真や動画を付けるなどして拡散させる。
また、大物や肩書きのある人なども担ぎ出す。
今回も、WHO(世界保健機関)のテドロス・アダノム・ゲブレイェスス事務局長に「中国政府の対応には透明性がある」と言わせて、それをSNSなどで世界中に発信すると、それをメディアが取り上げて記事にする。
また、国営テレビ局『CGTN』に前国連事務総長の潘基文を登場させ、
「中国の友人として、ウイルスと戦う14億人の中国人に、言いようのない深甚な敬意を表する」
「5000年の歴史で培った中国人の命を大事にする価値観と知恵によって、この感染拡大を乗り越えると強く信じている」
とコメントを出させて、その動画をSNSなどで世界中にばら撒いている。
フェイクニュースも堂々とリツイート
米国など敵対国に対する荒唐無稽な陰謀論を説いたフェイクニュースも、政府関係者などが堂々とリツイートして支持してみせる。
中国外務省の趙立堅報道官が、ウイルスは米軍が武漢に持ち込んだという話や、米軍が作った生物兵器であるとの話をリツイートして拡散し、批判を浴びた後に撤回する事態になったことは、周知の通りだ。
また華春瑩副報道局長も、
「WHOは専門家を米国に送り込んで調査すべきだ……米国人ももっと詳しい、透明性のある説明を受ける権利がある」
などと挑発的なツイートを拡散させている。
このように中国政府関係者らが表立ってプロパガンダ活動を行っている。
ちなみにツイッターは中国国内で使用が禁止されているので、彼らのツイートによる発言はすべて国外向けの組織的なプロパガンダだと言っていい。
報道番組に偽のテロップ
米国の報道番組をスクリーンショットにして、偽のテロップを付けるという悪質なケースもある。
たとえば、米『CNN』は2月27日、カリフォルニア州で経路不明の感染者が確認されたことを受け、
「CDC(米疾病対策センター)は、米国で初めて感染源が“わからない”新型コロナの感染者が出たと認めた」(CDC confirms first coronavirus case of “unknown” origin in U.S.)
という英語のテロップを表示して報じた。
すると中国のSNSでは、その画面が切り取られ、テロップには、
「米CDCは、米国を起源とする新型コロナの初めてのケースを認めた」
という完全に意味の違う中国語の翻訳が付けられて拡散されていた。
また水面下でも、さらに巧妙な工作が行われている。
中国のプロパガンダ要員やサイバー工作部隊などが、世界的に人気のあるSNSのフェイスブックやツイッター、インスタグラムなどで偽アカウントを作成し、中国に都合のいい情報やフェイクニュースを世界中に組織的に拡散させている。
加えて、「Telegram」などスマートフォンのメッセージングアプリも駆使して、中国寄りの情報をばら撒くのだ。
中国政府が偽アカウントなどを使って出している投稿数は、2017年の段階で少なくとも年間4500万件ほどになると試算されているが、その数は現在さらに増えていると考えていい。
民間企業も工作に加担
欧米人などのアカウントを乗っ取り、中国人ではない人になりすまして中国のプロパガンダを発信するケースも、欧米メディアでちょくちょくニュースになっている。
ツイッター社によれば、同社は2019年8~9月に、中国政府につながっていると疑われる偽アカウント約5000人分を強制的に削除。またそれ以外でも、怪しい中国系のアカウント20万人分を使用停止にしたと明らかにしている。
同様に、フェイスブックも中国政府に関与するアカウントを断続的に削除している。
こうした工作を行っているのは、プロパガンダ要員やサイバー工作部隊だけではない。民間企業も工作に加担しているようだ。
北京に拠点を置く、あるインターネット・マーケティング企業は、中国政府系メディアと繋がって、なるべく一般人が話題にしているように見せかける工作をして、情報を拡散させているという。
この企業は、中国の通信機器大手「華為技術」(ファーウェイ)を巡って米中が対立した際にも、ファーウェイの依頼で情報工作をしたと言われている。
その反対に、中国に対してネガティブな記事や発言があれば、読者などになりすまして、記事に批判的なコメントを書き込んだりもする。いわゆる「トロール行為」(荒らし行為)だが、こうした工作は人海戦術で組織的に実施されている。
とにかく、中国共産党の情報工作は徹底している。
挑発に乗るトランプ大統領も織り込み済み
中国共産党がプロパガンダで狙っている目的は大きく分けると2つある。
1つは、中国のイメージ改善。
自分たちが効果的にこの殺人ウイルスを封じ込めたと喧伝したい。そのために、国民が現場からSNSなどで発する生の苦痛や嘆きの声を「削除」し、深刻さを見せないような動画やイメージをどんどんネット上にばら撒く。
そもそも、最初に警告を発した医師らを拘束して口封じしたのも、中国のイメージ悪化を恐れたためだ。国家のイメージを守るためには、国民の健康や財産も二の次なのが中国だ。
もう1つの目的は、ウイルスの起源に異論を広めることだ。
世界中で次々と犠牲者を出している殺人ウイルスの原因が中国にある事実を、なんとかしてぼかしたい。米国の生物兵器説や、中国より先に欧米で感染症が発生していたという説など、様々な情報が飛び交っている。
また「ドナルド・トランプ米大統領も、そんな挑発に乗って感情的なツイートをすることがあるが、それも織り込み済みで、情報を錯綜させることが真実を隠す有効な手段だと考えている」(前出・情報関係者)という。
中国のナラティブが「真実」に……
このように中国共産党は今、莫大なリソースと労力を使って情報操作に勤しんでいるのである。
ただ、中国と対峙する側も指をくわえてみているだけではない。
米国などはSNSを提供するいくつもの企業などに働きかけて、偽情報をばら撒いているアカウントを停止させるなど、中国政府の不誠実な活動を潰そうと動いている。
メディアや研究者なども、そうした不正行為には目を光らせており、多くの工作が表沙汰になっている。
真実が明らかになる可能性は限りなくゼロに近いかもしれないが、中国を相手にするなら、たとえイタチごっこであっても、1つ1つの偽情報を断固として否定する根気が求められそうだ。
さもないと、中国が喧伝したいナラティブが「真実」になってしまいかねないのである。