コロナ禍は「命か経済か」の選択ではない

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 コロナ対応をめぐり、外出自粛や休業の要請を行う小池百合子都知事が訴えるのは、「人命優先」という誰も否定できない正論である。これに対し、経済を優先しようという安倍官邸の姿勢は、命の軽視も甚だしいのではないか――。いまネットやSNS上では、そんな声が大勢を占めるようになった。メディア各社の世論調査では、8割超が緊急事態宣言の発令は「遅すぎた」と答える一方、都の休業補償については、8割超が評価している。しかし、これはほんとうに人の命か経済かという選択なのだろうか。

 第一生命経済研究所の首席エコノミスト、永濱利廣氏によれば、

「緊急事態宣言に伴う外出自粛効果により、最も影響を受けるのは個人消費です。2019年の家計調査をもとにすれば、自粛強化で大きく減る不要不急の支出は、全体の55%ほどある。対象地域が全国に拡大される以前の7都府県でこの状態が1カ月続けば、GDPベースで最大4・7兆円、実質GDP比で0・8ポイント下がります。一方、いま予定されている経済対策のGDP押し上げ効果は4・4兆円前後にとどまります。人々の活動が止まると、経済に対する影響は、それだけ大きいのです」

 不要不急という言葉で切り捨てられる業種に携わる人にとって、感染リスクを下げるための自粛は、生きる糧が奪われ、命が危うくなることでもあろう。人命か経済かという争いは、実は、「この命かあの命か」という選択なのである。

 現在、新型コロナウイルスに感染しない、感染してもうつさない、という目的が肥大化し、それ以外の命が顧みられていない。このウイルスが、やっかいで危険であることはたしかだが、循環器および心療内科の医師で、大阪大学人間科学研究科未来共創センター招聘教授の石蔵文信氏が言う。

「国内で新型コロナウイルスに感染して亡くなった人は143人です(4月13日現在)。一方、日本では毎年、インフルエンザで4千~5千人が、アメリカでは多い年は6万人が亡くなります。ワクチンや治療薬があっても、これだけの人が犠牲になるのです。でも、インフルエンザによる死者を減らすために、アメリカからの渡航を禁止したり、不要不急の外出を控えたりはしません」

 むろん、すぐに使える治療薬すらない新型コロナウイルスとインフルエンザを単純にくらべるのは、乱暴だろう。しかし、いまの状況を恐れすぎても、少しもプラスにはなるまい。

「メンタルストレスと感染症の関係を研究した論文には、10万人以上の男女を追跡調査した結果、メンタルストレスが感染症のリスクを高める、と書かれています。しかも、細菌性よりウイルス性の疾患のほうがリスクは高いという。外出自粛やテレワークの結果、ストレスをため込んでウイルスに感染しやすくなっては、元も子もありません。また、緊急事態宣言が遅いと批判されましたが、経済的に苦しくなることで失われる命もある。失業率が1%上がると、10万人当たり約25人、自殺者が増えるというデータがあり、さまざまなリスクを総合的に判断する必要があります」(同)

 新型コロナウイルスに感染して死亡した人は、日本では現在、10万人当たり0・11人にすぎない。

 命はかけがえがない。だから、それを御旗にする小池知事には逆らいにくいが、彼女が掲げる「命」が、延期となった東京五輪に代わる政治上の切り札にすぎないとしたら、切り捨てられるほうの「命」は浮かばれない。

 それに、そもそも都内の感染者は、4月12日に新たに感染した166人のうち、87人は中野江古田病院の関係者だったように、院内感染によるものが多い。市中至るところで感染拡大している、というわけではないのだ。感染症に詳しい浜松医療センターの矢野邦夫院長補佐も、新型コロナウイルスについて、

「高齢者や合併症がある人は、亡くなることがあるから本当に気をつけたほうがいい。それ以外の人は、いまはオーバーシュートにつながるような行動は慎んでほしいですが、それほど恐れることはありません」

 と言って、続ける。

「3年後に振り返ってみたときのことを考えて行動してほしい。一つは死亡率を下げることですが、もう一つは、倒産件数を減らすこと。ある程度の経済活動は必要だと思います」

 二つの「命」のバランスが大事だと説くのである。リスクは一つではない。求められるのは複眼である。

週刊新潮 2020年4月23日号掲載

特集「『命か経済か』で『安倍官邸』を悪玉に!『小池知事』の『希望・野望・策謀』再び」より

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