財閥国有化に動く文在寅…“持たざる者の怨念”で総選挙圧勝を追い風に まずは大韓航空

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CPを買わない韓国銀行

――具体的にはどう動くのですか?

鈴置:財閥征伐――国有化です。財閥こそは市場原理主義の象徴だからです。今、各国政府が企業の救済に動いています。ところが韓国政府は、中小企業は助けても大企業の救済には冷淡です。

 多くの国で、大企業が発行するCP(コマーシャル・ペーパー)を中央銀行が大量に買って資金を供給しているのに、韓国銀行は一切、動かない。

 韓銀は「法律上難しい」と説明しますが、やりようはいくらでもある。文在寅政権が、韓銀の財閥救済に歯止めをかけている、との見方が一般的です。

 そこを社説で突いたのが朝鮮日報です。「このままでは数か月もすれば大企業も倒れる」(4月10日、韓国語版)、「コロナ危機支援にも『反大企業か』」(4月14日、韓国語版)と、繰り返し「大企業が倒れれば元も子もない」と政策転換を迫りました。が、文在寅政権は馬耳東風。

――最後まで助けないつもりでしょうか、文在寅政権は。

鈴置:財閥を破綻させるか、その寸前まで追い詰め、オーナーから経営権を取り上げるつもり、と韓国の保守は見ています。

 この政権がスタートした時に「100大国政課題」を定めましたが、その1つが「財閥総帥一家の専横防止と所有・支配構造の改善」です。

 この「財閥征伐」は容易ではないので手付かずでしたが、大企業の資金繰りが苦しくなった今、発動する可能性が高まりました。

 中央日報も「巨大与党背負った文在寅政権、これからは経済立法? 支配構造改革押し進めるか」(4月19日、日本語版)でそれを指摘しました。

国有化は大韓航空から?

――すべての財閥を国有化するというのですか?

鈴置:さすがに、それは難しい。まず、血祭りにあげるのは資金繰りが苦しいうえ、国民から反感を買っている財閥です。韓国では、大韓航空に注目が集まっています。

 大韓航空は「NO JAPAN運動」で経営が苦しくなっていたところに新型肺炎が追い打ちをかけました。オーナー一族の間でお家騒動も起きています。

 中央日報の「流動性危機が迫る大韓航空」(4月18日、日本語版)は以下のように報じました。

・売り上げは急減する中(中略)満期が今月到来の社債だけでも2400億ウォン(約213億円)にのぼる。事実上、今月中に資金が底を突くということだ。

――大韓航空と言えば「ナッツリターン」で有名ですね。

鈴置:オーナー一族の専横を絵に描いたような事件でした。大韓航空から一族を追い出して国有化しても、反対する人はまあ、いない。ほとんどの国民が拍手喝さいするでしょう。

 そんな会社だから2018年以降、文在寅政権は大株主である国民年金基金を通じ、経営への介入に動いてきたのです(「文在寅で進む韓国の『ベネズエラ化』、反米派と親米派の対立で遂に始まる“最終戦争”」参照)。

 もちろん、大韓航空は手始め。財閥国有化の本丸はサムスン電子と見る人が多い。それはいつかじっくりとお話しますが。

「ベネズエラ化」に期待する人々

――国有化と言えば、左右対立が激化して混乱するベネズエラにますます似てきます……。

鈴置:ええ、韓国の保守が懸念していた通りです。先に引用したパク・ソンミン代表が興味深い指摘をしています。

・優秀と自認する彼ら(保守)が座って語るのは『文在寅政権という異常な奴らのために国が滅び、ベネズエラのようになる、ああ嘆かわしい』に尽きる。彼らはすでに非主流になったのに、彼らだけは自らを主流だと思い込んでいるのだ。

 パク・ソンミン代表は「ベネズエラ化」がいいとか悪いとか言ってはいません。「ベネズエラ化を恐れる人ばかり」と思い込んでいる保守の傲慢を叱ったのです。

――「ベネズエラ化していい」と言う韓国人もいるのですか?

鈴置:「持たざる者」の中には、そう考える人もいます。ネットの書き込みで散見されます。失うものがない人にとって、現状変更はすなわちチャンスなのです。

鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95〜96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年4月21日掲載

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