財閥国有化に動く文在寅…“持たざる者の怨念”で総選挙圧勝を追い風に まずは大韓航空
世界と逆行、市場主義を信仰
――「市場に任せる」ことが問題、なのですか?
鈴置:韓国での市場原理主義の浸透ぶりは日本の比ではありません。1997年の通貨危機の後、労働者の解雇は法律的にも社会的にも極めて容易になった。
「毎年、査定で下から10%の社員は自動的に馘首(かくしゅ)する」と宣言する企業も登場しました。それまで日本の終身雇用をモデルにしていた韓国の企業社会が一転、米国式の市場原理を導入したのです。社会に恨みを持つ人が増えて当たり前です。
――今頃、「持たざる者」の投票行動に焦点が当たるのは?
鈴置:いい質問です。世界中で貧富格差が問題化し、政治に与える影響が注目されている。資本主義の中心地、米国でさえ大統領の予備選挙にサンダース(Bernie Sanders)という社会主義者が出馬、かなりの支持を集めたのです。
というのに、なぜ韓国では今になってようやく「持たざる者」の投票行動が注目されるのか――。パク・ソンミン代表の以下の発言にヒントがあります。
・韓国の保守は1950年代から80年代までは安保保守が、90年代には市場保守が社会を主導した。その後は新しい保守が登場できないでいる。安保・市場保守が時代の流れを見逃したと見るべきだ。
韓国では通貨危機以降、市場原理主義が正義となった。その唱道者として保守は力を保ってきた――との説明です。つまり、世界で市場原理主義に対する疑問が盛り上がる最中に、韓国人は逆にそれへの「信仰」を深めてきたということです。
そして今、韓国でもようやく市場原理主義への疑問が頭をもたげ始め、その結果、投票行動への影響が注目されるようになったわけです。
日本式にしがみつく日本人
――なぜ、韓国では市場原理主義が「正義」に?
鈴置:通貨危機で国家が破綻しかけたからです。底から脱出するには、厳しいリストラを実施して企業をスリムにするしか手がなかった。そこで指導層は「市場原理主義こそが正しい理念」と国民に思い込ませたのです。一種の洗脳です。
もちろん自分を解雇した会社に激しく抗議する人はいます。でも、昔のように広い同情は集めなくなった。新たな正義たる「市場原理」によるものだからです。
そもそも、「解雇自由」は韓国初の左派、金大中(キム・デジュン)政権が導入したのです。左派も表立っては市場原理主義に反対しにくい。
韓国人が日本を見下すようになったのも、日本の経済成長が止まったからだけではありません。市場原理主義者からすれば「新たな理念に臆病で、古臭いやり方にしがみついている日本」は、とんでもなく遅れた存在に見えるのです。
時流に乗ろうと押し合いへしあい
――「理念」がそんなに大事なのですか?
鈴置:とてつもなく大事なのです、儒教社会では。理念が命なのです。それに加え、韓国人には根深い先進国コンプレックスがあって、自分たちが「時代の流れ」に乗っているかを異様に気にします。
――パク・ソンミン代表も「時代の流れを見逃した」と言っていますね。
鈴置:韓国人はしばしば「時代精神」という単語を使います。時代ごとにその時代を主導する特定の精神――理念がある、との発想です。そして皆がその「時代精神」にいち早く乗ろうと、押し合いへしあいするのが韓国社会です。要は「時流」に乗る競争です。
19世紀末、西洋化に出遅れたばかりに、それに先んじた日本に植民地化されたというトラウマからです。この心の傷は容易に癒しがたいものがあります。
だから、韓国を眺める者は韓国紙に「保守の時代が終わった」「持たざる者を代弁する進歩――左派こそが主流だ」との記事が載るのを、見落としてはならないのです。
本当にそうなのかは分からない。しかし、皆が言い始めると「時代精神」に昇華し、本当に国がその方向に動くことが多いからです。
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