インド「全土封鎖延長」で「経済損失」と「改革チャンス」

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 新型コロナウイルスが世界的に猛威を振るう中、中国に次ぐ13億人超の人口を抱えるインドも、国を挙げて感染拡大防止に全力を注いでいる。

 ナレンドラ・モディ首相は3月25日から21日間の全土封鎖、つまりロックダウンを発令した。

 すでに実施していた旅客列車や国際線旅客機のサービス停止に加え、警察や消防署、食料品店やドラッグストアなどの生活に不可欠なものを除くほとんどの商店や役所を閉鎖。国内線旅客機の運航も停止し、罰則付きの厳しい移動制限によって感染を食い止める考えを示した。

 ロックダウンは4月14日でいったん終了する予定だったが、モディ首相は5月3日まで延長すると表明。インド経済にさらなるダメージを与えることになり、ムンバイでは出稼ぎ労働者らによる暴動が起きた。

 しかし、巨大な人口が劣悪な衛生環境で暮らすインドでひとたび感染爆発が起きれば、取り返しのつかない事態に陥るのは確実。目先の経済成長を犠牲にしてでも、まずは人命を最優先させた、ということだろう。

危機を生み出しているホットスポット

 現地の有力紙『ザ・ヒンドゥー』の集計によると、インドにおける4月17日夜時点での新型コロナ感染者は1万3846人、死者は479人に達し、感染者数はロックダウン前に比べて20倍以上に跳ね上がっている。

 4月14日の国民向け演説でモディ首相は、日本や中国などからの入国拒否や鉄道、航空便の運航停止、そして徹底したロックダウンをいち早く断行したことによって、他国に比べてかなりの程度、感染拡大を抑えられている、と成果を強調。

 ロックダウンがインド経済に大きな打撃を与えていることを認めたうえで、

「国民の命を守るためには、他に手だてがなかった」

 と説明した。

 そして、新たなホットスポット、つまり感染拡大の可能性が指摘される地域が危機を生み出している、として引き続き外出禁止を守るよう呼びかけた。

 中央政府が全土でロックダウンを実施する一方、各州政府も独自に特定地域を封鎖するなどして感染防止対策を導入している。

 デリーの場合、4月11日の時点で、住宅密集地など33カ所のホットスポットにおいて「シーリング」と呼ばれる完全封鎖を実施し、地域へ通じる道路に警官隊を配備して文字通り人の出入りをストップさせている。

1日約5600億円の経済損失

 ロックダウンによってレストランやスーパー、自動車ディーラーやショッピングモールなどへの人出がほぼ皆無となっている。

 インドの大手格付け機関「CAREレーティングス」は、インド経済が1日当たり最大で4000億ルピー(約5600億円)の損失を被ると試算している。

 また米格付け大手の「フィッチ・レーティングス」は4月3日、2020年度(2021年3月期)のインドの経済成長率が2.0%と、30年ぶりの低成長に落ち込む、とする予測を発表した。

 同8日には、米金融大手「ゴールドマン・サックス」が同様に「1.6%」とする20年度の成長率予想を公表している。

 米金融大手「リーマン・ブラザーズ」の経営破綻に端を発した2008年の世界金融危機とは違い、今回のコロナ禍は実体経済により大きな影響を与えている。

 インドの輸出先や投資資金の出し手も苦境に陥り、自然災害や紛争などと比べても「いつになったら事態が好転するのか」という先行きが見えないため、消費者や投資家の心理は大きく動揺している。ロックダウンが長引けば、マイナス成長の可能性も出てくるだろう。

 また、今回のロックダウンは、ムンバイでの暴動が物語るように、出稼ぎ労働者や零細商工業者といった都市の貧困層に真っ先にダメージを与えた。日払い賃金や日々の売り上げで暮らす彼らは、工場の閉鎖や求人の減少で瞬く間に失業、破産の危機に直面することとなった。

 ロックダウンで流通経路も影響を受けたため、都市部では小麦粉や豆類、菓子、麺類などの加工食品などの供給が不安定となっており、メーカーや小売店などはパニック買いを控えるよう呼び掛けている。

花形の自動車産業も苦境

 インドの花形産業である自動車業界も、厳しい状況に追い込まれている。

 2020年3月の国内乗用車販売台数は前年同月比51%減の約14.3万台と大きく減少。ビジネス需要を反映する商用車に至っては、同88%の大幅ダウンとなった。

 最大手「マルチ・スズキ」が3月に前年比3割の減産に踏み切るなど、需要減に直面した操業停止などの影響がはっきりと出た。

 2019年度通年でも乗用車販売は同17.8%減の約277.5万台。インドの自動車産業が世界的な注目を浴び始めた1990年代末以降、これほどの大幅減となった年は記憶にない。

 GDP(国内総生産)の約1割を稼ぎ出し、工場やディーラーなど4000万人以上が就労する巨大セクターである自動車産業の苦境はすべてを物語る。

 各メーカーは、経営基盤が弱い系列ディーラーを支援するため様々な対策に乗り出した。

 二輪首位の「ヒーロー・モトコープ」を追撃する「ホンダ・モーターサイクル・アンド・スクーター・インディア」(HMSI)は4月上旬から、ロックダウンで休業に追い込まれた販売店を支援するため、売れ残った「BS-4」(旧排ガス規制適合車)の在庫の買い取りや販売奨励金の前払いなどを開始した。

 四輪の「ホンダ・カーズ・インディア」も同様に、ディーラーへの車両代金前払いや、未払金の支払い猶予などの支援策を打ち出している。

「印自動車工業会」(SIAM)のラジャン・ワデラ会長は、

「ロックダウンの影響で、自動車産業全体で1日230億ルピー(約325億円)の損失が発生している」

 と強い懸念を表明している。

 家電業界も状況は深刻だ。

「パナソニック・インド」のマニッシュ・シャルマ社長兼CEO(最高経営責任者)は地元通信社に対し、

「コロナウイルスの影響で需要・供給ともに打撃を受け、4月の需要は通常の25~30%、5月は半分程度に落ち込む」

 との予想を語った。

 平常化するまでは最低3カ月かかるとの厳しい見通しを示している。

経済対策「第2弾」実施へ

 インド政府も、かなり早い段階で経済対策を打ち出している。

 3月下旬には有力国営銀行が相次ぎ緊急融資枠を設定し、財務省は個人所得税の免税枠引き上げや利払いの猶予などを打ち出した。

 政府は3月26日、貧困層や女性への現金給付などを含む総額1兆7000億ルピー(約2兆4000億円)相当の経済対策を発表。

 インフレ懸念から2会合連続で利上げを見送っていた「インド中央銀行」(RBI)も27日、5.15%から4.4%への0.75ポイント引き下げという異例の大幅な緊急利下げに踏み切った。

 インド政府は産業界の要望などを踏まえ、近く更なる経済対策を実施する見通しだ。

 現地紙の報道などを総合すると、第2弾は5億人近くを雇用してインドのGDPの4分の1を生み出している中小・零細企業対策に重点を置き、借り入れ金利補助や各種免税などの支援措置を盛り込むとみられている。

アジア最大級のスラムで集団感染

 連邦・州政府が感染拡大防止に取り組む中、新たな集団感染発生につながるケースが相次ぎ明らかになっている。

 商都ムンバイの中心部からほど近いアジア最大級のスラム「ダラビ」地区では、4月上旬から住民らの新型コロナ感染が次々に判明。同16日時点で89人が感染し、うち9人が死亡している。

 ダラビは面積2.1平方キロメートルのエリアに100万人近くの貧困層が住んでいるといわれる究極の「3密」状態。ここで感染爆発が起きれば、まさに一大事となる。

 ムンバイ市当局は4月上旬にダラビ地区を事実上封鎖するなど、ただならぬ事態となっている。

 また、デリー南東部のイスラム教徒居住区ニザムッディンでは3月中旬、宗教団体の本部に外国人を含む数千人を集めた集会が開かれ、このうち数百人の集団感染が疑われている。

 すでに会場を離れ、デリー旧市街に戻った参加者に50人以上の感染が確認されたとの報道もあり、こちらも要注意だ。

 さらに、北西部パンジャブ州では、欧州からの帰国後に新型肺炎で死亡したシーク教指導者が、州内の村22カ所を訪問していたことが判明。州当局は、対象地域の村人4万人以上にコロナ検査を実施する、としている。

 このように、「人口密集」「脆弱な衛生環境」そして、必然的に人が集まる「宗教」というインドならではの要因は、コロナとの戦いを一段と困難にしている。

新型コロナが「好機」となる業界も

 しかし、今は感染拡大との闘いの真っただ中にあるが、今回のコロナ騒動にはいくつかのビジネスのヒントもあった。

 市民が外出を控えて直接会わなくなったことで、携帯電話の通信量が急増。インターネット・プロバイダーの独「DE-CIX」によると、3月中旬から4月上旬までの3週間で、データ通信量は1~2月と比べて平均約20%伸びたという結果が出た。

 インドにも5G(第5世代移動通信システム)携帯電話に代表される本格的なデータ通信の時代が到来するきっかけになるかもしれない。

 また、人々の在宅時間が増えたため、テレビの視聴時間も大幅に増加している。

「BARC(放送広告調査評議会)・インディア」と米市場調査会社「ニールセン」の調査によると、コロナ感染拡大前の1月下旬と比べ、4月第1週のテレビ視聴時間累計は43%も跳ね上がった、という。

 インド経済全体が不調に陥るのは確実なので、当面はテレビ局も「新たなコンテンツ制作」や「スポンサー獲得」という状況ではなさそうだが、テレビが今以上に国民生活に浸透する契機となる可能性がある。

 実店舗の利用が規制されたため、ネット通販が活況を呈しているのは世界共通だが、すでにネットで買うのが当たり前になりつつある携帯電話だけでなく、家電や家具などにも利用が広がっている。

 韓国大手「現代(ヒュンダイ)自動車」グループの「現代自動車・インディア」は、他社に先駆けて一部で導入していた乗用車のネット販売サービス「クリック・トゥ・バイ」を、4月上旬から全国の系列販売店に拡大した。

 同月中旬には地場大手「タタ自動車」も、同様のサービス「クリック・トゥ・ドライブ」を開始した。

 また、電気自動車(EV)の普及拡大を目指す「印電動車両協会」(SMEV)では、ロックダウンによって車の通行量が激減し、デリーやムンバイなどの大都市の大気汚染が大幅に軽減されたことで、「EVに脚光が集まる好機」との見解を示している。

 もちろん、消費者の購買意欲が回復して「車を買おうか」と思い始めるまでにはまだ時間がかかりそうだが……。

 この他、感染につながる釣り銭のやり取りなどを嫌い、これまで以上にキャッスレス化が進展する可能性もある。

高成長につながったインド経済危機

 モディ首相は4月11日、コロナで打撃を受けた農家を救済するため、農産物の直販を奨励する考えを示したが、農産物の流通で中間業者をスキップする案はかねて提案されていた。コロナ感染が収束してからも重要な改革テーマとなりそうだ。

 モディ首相は、

「危機は自立を促し、インドを経済大国に押し上げる」

 とアピールしているが、まさにその通りだろう。

 1991年のインド経済危機に際し、規制緩和や民間への市場開放などを断行したことが、その後の高成長達成につながったのは周知の事実。

 今回のコロナによる影響の大きさは当時と比べるべくもないが、いよいよ追い詰められたインドが、危機をバネに再び改革路線を加速させることができるか、じっくり見守りたいと思う。

緒方麻也

Foresight 2020年4月20日掲載

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