新型コロナ感染拡大で警戒すべき「差別」「社会の分断」「インフォデミック」

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 国際通貨基金(IMF)は15日、半期ごとに作成している「財政モニター」報告書を公表したが、その中で「新型コロナウイルスの感染拡大について、政府の対応が不十分との見方や富裕層を優遇しているとの見方が強まれば、一部の国で社会不安が広がる恐れがある」と異例の警告を発した。

 過去の危機・災害発生時に人々はしばしば結束するが、新型コロナウイルスのパンデミック(感染の世界的流行)の場合は違うかもしれない。

 厳格なロックダウン(都市封鎖)が実施されることによって格差が浮き彫りになっている。例えば、ケニアの首都ナイロビでは人口の0.1%の富裕層が広々とした邸宅の中で食料品や日用品をたっぷり携えて引きこもっている一方、残り99%はスラム街のブリキで作った屋根の下で身を寄せあう暮らしをしており、極めて感染リスクの高い環境に晒されている(4月16日付ナショナルジオグラフィック)。

 このような状況は米国も同じである。全国で最も新型コロナウイルスの被害が大きいニューヨーク州では、過酷な環境に置かれている黒人やヒスパニック系の感染者・死者数が白人に比べて格段に多い。

 比較的恵まれた立場にあるとされる白人層の不満も高まっている。米ミシガン州の州都ランシングでは15日、保守系の団体が大挙して州議会の建物に押し寄せ、「5月1日にロックダウンを解除せよ」と抗議している(4月16日付ZeroHedge)。

 新型コロナウイルスのパンデミックは、公衆衛生や経済面の問題にとどまらず、社会問題となるリスクが生じているのである。

 新型コロナウイルスのパンデミックにより、1947年にフランスの作家アルベール・カミュが執筆した『ペスト』が日本でもベストセラーになっている。

 14世紀半ばの欧州では、ペストのパンデミックにより人口の3分の1以上が減少したと言われている。死者の皮膚が黒くなることから、人々はペストのことを「黒死病」と呼んだが、黒死病の蔓延は当時の欧州社会に大きな傷跡を残した。

 その中で特筆すべきは、「ユダヤ人が宗教的陰謀のため井戸などに毒薬を投じた」とするデマが拡散し、各地でユダヤ人虐殺事件が起きたことである。

「疫病の蔓延にパニックを起こした住民がマイノリテイをスケープゴートに仕立て上げる」という構図は、今回も既に起きつつある。

 3月中旬から下旬にかけて、米トランプ大統領が新型コロナウイルスのことを繰り返し「中国ウイルス」と呼んだことで、米国ではアジア系に対する差別意識が生じた。ニューヨークの地下鉄でマスクを着けたアジア系女性を男が追いかけ、殴りかかる事件が起きている(AFP報道)。こうした暴力は、「黄禍論(黄色人種警戒論)」を背景に米国政府が中国人の移住を全面禁止した1882年にさかのぼるとされ、根強い差別意識がその背景にある。

 米国で差別を受けている中国人だが、本国では広東省広州市に多数存在するアフリカ系住民に対する差別行動が国際的な問題となっている。「新型コロナウイルスを拡散している」との噂が広がり、アフリカ系住民はレストランの利用やホテルの宿泊が露骨に拒否される事態となっており、自宅などでの隔離が強制されている。中国人の行動の根底にも長年の黒人に対する差別意識がある。

 14世紀の欧州に話題を戻すと、もう一つ注目すべきなのは、ペストにより多数の死者が出たことから労働力不足となり、それまで農奴として封建領主に虐げられていた農民の立場が強くなったことである。

 いわゆるワット・タイラーの乱として歴史に名高い農民反乱が1381年に勃発するなど、各地で農民暴動が相次ぎ、欧州の封建制度の瓦解につながる要因となった。

 今回の場合、農奴に相当するのは、海外で「エッセンシャル・ワーカー」と呼ばれている人たちであろう。

 エッセンシャル・ワーカーとは、社会生活を支える仕事に従事している人たちのことである。ロックダウンの中で住民の生活を維持するために、スーパーマーケットや食肉加工施設、薬局などで多くの人たちが、命の危険に晒されながら低賃金で働き続けている。エッセンシャル・ワーカーの新型コロナウイルス感染率が高いにもかかわらず、彼らの身を守るための取り組みは進んでいない。

 ロックダウンの中で業績を大きく伸ばしているのは宅配業界だが、ネット小売りの世界最大手のアマゾンで3月末からエッセンシャル・ワーカーの「反乱」が起きている(4月15日付日経ビジネスオンライン)。

 3月上旬に従業員が新型コロナウイルスに感染したのにもかかわらず、幹部たちの対応がおざなりであることに腹を立てた従業員がネットに投稿すると、その従業員は解雇されたが、このことがきっかけとなってアマゾンに対する抗議の声が異例の速さでネット上に広がっている。

 この「反乱」でエッセンシャル・ワーカーの処遇が改善されるかどうかはわからないが、長期的な視点に立てば、これまでの労使関係が変わる可能性がある。

 日本でも、感染爆発が生じている首都圏で暮らしている人たちが故郷に戻ると忌みきられるという「東京差別」という現象が起きている(4月16日付ビジネスジャーナル)。

 WHOは、新型コロナウイルスに関する偽情報の世界的な拡散を「インフォデミック」と呼び、人々の生活や命に甚大な影響を及ぼすとして強い警鐘を鳴らしている。

 日本では16日、緊急事態宣言が全国に発令され、全土で緊張感が高まっている。新型コロナウイルスのパンデミックがくれぐれも社会の分断を招かないよう、これまで以上に警戒する必要があるだろう。

藤和彦
経済産業研究所上席研究員。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)、2016年より現職。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年4月20日掲載

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