「聖帝」として知られる仁徳天皇 歪んだ「毒子」が犯した数々の惨劇のワケ

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聖君伝説ときょうだい殺し――大事なのはウヂノワキイラツコの母系の血筋

“聖帝”仁徳のきょうだいで死んだのはオホヤマモリとウヂノワキイラツコだけではありません。

 仁徳は葛城地方に住む豪族のイハノヒメノ命を皇后(当時は大后)にしていましたが、亡きウヂノワキイラツコの実の妹であるヤタノワカイラツメと結婚し、イハノヒメの恨みと怒りを買っていました。それでも懲りずにさらにその妹のメドリノミコ(以下、メドリ)を娶ろうとして、異母弟のハヤブサワケノ命を使いに出します。

 ところがメドリは、

「皇后が強いからといってヤタノワカイラツメにまともな処遇をしていない人になど私はお仕えしたくありません。あなたの妻になります」

 と宣言し、使いのハヤブサワケを選ぶのです。このあたり古代の女ですね。因幡の白ウサギで名高い大国主神の神話でも、目の前の求婚者たちではなく、彼らの荷物持ちをさせられていた大国主神(当時はオホアナムヂノ神)を選んだのは女(ヤカミヒメ)のほうでした。

「私はあなたたちの言うことは聞きません。オホアナムヂと結婚します」

 という言い方もそっくり。

 話を仁徳に戻すと、そんなふうにメドリは仁徳ではなく、使いとしてやって来たハヤブサワケを夫として選びます。仁徳はいつまで経っても戻らぬハヤブサワケに業を煮やし、しばらくして直接メドリのもとに出かけます。そして機織りをするメドリに、

「誰のために織っているの?」

 と歌に乗せて問うと、

「空高く行くハヤブサワケのため」

 と答えるではありませんか。

 しかもメドリは、夫のハヤブサワケに謀叛を勧める歌をうたいます(『日本書紀』ではハヤブサワケの舎人らがうたっている)。

「ヒバリだって空を翔るじゃない。ましてあなたは天空高く行くハヤブサワケ。スズメ(サザキ)なんて取ってしまいなさい」(“雲雀は 天に翔る 高行くや 速総別 雀取らさね”)

 スズメ(サザキ)はもちろんオホサザキ、仁徳のことです。

 これを聞いた仁徳は、二人を殺そうと考え、実行するのです。

 ここから分かることは主として三つ。

 一つ目は、当時は、即位したあとでも皇位を奪おうという謀叛は起きうるということです。ウヂノワキイラツコが即位していたとしても、兄・オホヤマモリや仁徳が謀叛を企てるのは不自然ではありません。皇位といっても平安時代のような安定的なものではないのです。後世でいえば戦国武将の家督争いや天下取りのような感覚でしょう。

 二つ目は、“聖帝”と呼ばれる仁徳は、間接的にではありますが兄・オホヤマモリを殺し、異母弟・ウヂノワキイラツコを死に追いやり、異母弟・ハヤブサワケと異母妹・メドリを殺したということです。<系図>からも分かるように、“聖帝”は合計4人の異母きょうだいを間接的・直接的に殺しています。

 三つ目は、仁徳にとって同じ異母きょうだいの中でも、ウヂノワキイラツコの血筋が重要であったということ。

 水谷千秋によれば古代の王族にとって「父方の親族は王位を争ういわばライバル同士」であるのに対し、「母方の親族こそが我がミウチ」という感覚です(※1)。

 仁徳がヤタノワカイラツメやメドリといった、ウヂノワキイラツコの同母妹を二人まで妻にしようとしたのは、彼女らが新政権に必要だったからです。

 古代の天皇は、姉妹をセットで妻にすることが多く、仁徳の父・応神も景行天皇の孫のホムダノマワカノミコの娘を3人も妻にしています。この一族と手を結ぶことが政権維持に有益だったからでしょう。仁徳もまた、父・応神が天下を譲ったウヂノワキイラツコと同腹の妹と結婚することで、亡きウヂノワキイラツコ側の支持を取りつけ、政権を安定させようとした、と私は考えます。

 ところがメドリは仁徳を拒み、ハヤブサワケを選んだ。

 これは、亡きウヂノワキイラツコ側の支持を取りつけたい仁徳にとって大きなダメージです。

 ウヂノワキイラツコと同腹のメドリの裏切りは、政権維持どころか、政権がひっくり返る事態に発展しかねない。

 仁徳がハヤブサワケだけでなく、メドリをも殺さねばならなかったのは、その影響力の大きさはハヤブサワケの比ではなかったからでしょう。

 メドリがハヤブサワケに「スズメ(仁徳)なんて取ってしまいなさい」と上から目線で謀叛を勧めたのも、メドリのほうがハヤブサワケより王権に近い位置にいるから。応神に正式に指名された太子(もしくは実質的な天皇)であったウヂノワキイラツコの同母妹のメドリには、それだけのパワーがあったわけです。

 そして、こうした兄弟たちの争いの根には、皇位継承の法則が確立していない当時の日本の状況に加え、身分や長幼を無視して下の子ばかり可愛がる父・応神の偏愛があった――と、考えるのです。

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