体制内「分裂」「批判噴出」で揺らぎ始めた習近平「独裁」の権威

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 パンデミック(世界大流行)となった「新型コロナ禍」は国際秩序をどう変えるのか――。

 わけても米中の覇権争いの行方はどちらに有利に運ぶのか――。

 この点について、中国の習近平政権指導部は、世界の目が中国に対し厳しくなる可能性があるとみて危機感を募らせている。

 この2週間ほどで、急速に世界の中国を見る目が変わったことにより、指導部に近い中国のシンクタンク関係者は、中国を取り巻く状況に我慢できなくなり、指導部に直言したという。

 その内容は、中国の初動対応の遅れが世界に新型コロナウイルス感染が拡大した最初の大きな要因であるとした上で、目下、信用回復と影響力拡大のために展開している「マスク外交」「公衆衛生外交」が失敗に終わる可能性があること、だからこそ中国は「孤立化」を避けるために新しく賢明な外交方針を模索すべきだというものだ。

 同種の意見は、中国共産党の体制内から公開書簡の形で指導部の外交を批判する動きとしても浮上した。

 こうした動向は、党内部での「分裂」があることを示唆しているが、直言は功を奏するのだろうか。

「戦略的自主性」という新しい道

 習近平総書記は4月8日、中央政治局常務委員会を開き、厳格な新型コロナ対策を維持しつつ、社会経済活動の全面的回復を図れと指示した。

 このなかで、

「不安定、不確定な要素が著しく増加している」

「極めて厳しく複雑な国際疫病情勢と世界経済情勢に直面しており、我々は思想面でのレッドラインを堅持し、比較的長期にわたり、外部環境の変化に対して思想と仕事の面で準備しなくてはならない」

 と指示した。

 前出の関係者によると、委員会では、いかに現下の世界情勢を見るか、対外関係をどう戦略的に対処していくかという「重大な命題である新しい思考」が議論されたという。

 体制内の別の外交関係者によれば、習近平総書記の発言は、具体的には以下の通りであったという。

■今回の感染拡大の問題は、国際政治において重大な変化と危機をもたらす。

■中国は、対外的に厳しい局面に直面する可能性がある。

■たとえば、米国の一部政治家は、さまざまな領域で中国に圧力を加えており、中国に汚名を着せている。欧米は中国に対立、対抗する手段を講じてくるだろう。

■中国は原油などの対外依存度が高く、対外投資も日本に次いで高い。中国の産業サプライチェーン(供給網)、経済圏構想「一帯一路」もマイナスの影響を受ける。

■新型コロナの世界的拡大が長引けば、中国を取り巻く情勢は悪化し、さまざまな干渉を外部から受ける。

■経済関係で中国に依存していた国は、依存度を下げる方向に向かう(既に日米などはその方向に向かっている)。

 以上の発言からすると、中国を取り巻く世界環境は悪化する可能性が高く、新しい戦略を打ち出す必要があるとの認識を指導部は持っていると考えられる。

 これにそって先の外交関係者は、新しい戦略について、「(政治経済の)リスク分散」「外資との新しい合作方式」「国内市場の拡大」「エネルギールートの分散」「新エネルギーの開発」「戦略物資の備蓄」などを重点的に取り組むべきであろうと指摘した。

「マスク外交」の失敗

 米中の「覇権争い」の今後の展開は、

(1)コロナ禍で米国の指導力が弱まる一方、中国は感染を封じ込め、外国には「マスク外交」「公衆衛生外交」で影響力が増していく。

(2)ウイルスを世界に蔓延させたことで信用に傷がつき、習近平総書記の「中国の夢」は挫折して覇権は遠のく。

 このいずれかのシナリオであろう。そして習近平指導部内では、このうち(2)に対する危機感が強いわけだ。

 しかし、新型コロナ問題での対中批判、信用低下は、自らの外交、政策、体制が招いたことである。感染を隠蔽し、初動対応が遅れ、感染者を国内だけでなく世界中に渡航させ、現下の事態を招いた。

 にもかかわらず、「中国は世界に対しウイルス対処の貴重な時間を与えた」とか、「世界は中国に感謝すべきだ」と言う。

 しかも、感染源について「米軍がウイルスを持ち込んだ」と主張し(批判され撤回した)、中国の感染者数、死亡者数についても、欧米主要国の死亡者数が中国を次々と超えるなか、平時の平均死亡者数と比較しても、死者3346人(4月16日時点)という数はおかしいとの疑問も出ている。

 さらに、主に中国だけで感染が拡大していた当初、世界中の大使館や中国人の関係団体を動員して医療物資を買いあさったことにも欧米から批判が出ている。中国税関統計では、1月24日から2月29日の間に、税関は20億枚のマスク、2500万枚の防護服を検査している。

 現在では、信用回復のため、影響力を拡大しようと世界各国にマスク、防護服、人工呼吸器などの医療物資を提供(贈呈、通常売買の両方があるが、ほとんどが売買と指摘される)しているが、メディアを動員し大々的な宣伝をする「救世主」ぶりに、さすがにこれは「感謝の強要」ではないかと批判を込めた揶揄の声も海外では少なくない。

「行き過ぎた過剰な宣伝は逆効果になった」(中国シンクタンク関係者)

 とは、通常の感覚だろう。

 この「マスク外交」「公衆衛生外交」によって、4月上旬までの1カ月で、約1500億円を超える輸出をしているという。複数の国の政治家からは「ウイルス禍で儲けている」との批判も出た。

 すでに127カ国にマスクや防護服、検査キットを提供し、医療チームはイタリアやパキスタン、セルビアなど11カ国に送ったとしている。

 それらの対象国は、2020年3月27日の拙稿『「感染抑え込み」強調で「反転攻勢」習近平が狙う「健康の一帯一路」戦略』で指摘したように、「一帯一路」で積極的な姿勢を示してきた国が大半だ。

 実際、3月16日、習近平総書記はイタリアのジュゼッペ・コンテ首相と電話会談を行ったが、その際、「健康の一帯一路を作りたい」と話したという。

 また、アフリカには3月22日、中国ITの「アリババグループ」創業者の馬雲(ジャック・マー)が、個人の財団と会社の財団共同で54の国・地域に、540万枚のマスク、108万セットの検査キット、4万着の防護服、6万個のフェースガードなどを寄贈している。形としては一起業家の行動だが、中国の場合、私企業であれ中国共産党指揮下にある。このため、

「これは、北京政府が国際政治の舞台でアフリカが堅固な盾になってくれると期待するものだ」

 とフランスの一部メディアが伝えている。

 ただ、こうした各国への支援物資には、品質の問題が指摘されている。ポーランドでは200万枚のマスク、スペインでは約6万個の検査キット、英国では350万個の検査キットが輸入の基準を満たさない不良品とされた。トルコなどでも購入した検査キットに問題があったという。いずれも、支援ではあるが、各国が正規の代金を支払ったうえでの輸入品である。

 前出のシンクタンク関係者は、

「国際的地位の向上、信用回復、影響力拡大のために展開した『公衆衛生外交』は、現状では失敗と言わざるを得ないのではないか」

 と指摘する。

「5Gと引き換えに」

「マスク外交」への疑問はまだある。

 4月7日、中国語専門の米テレビニュース『NTDTV』が、「中共 仏政府にマスク10億枚でファーウェイ導入を提案 米議員が暴露」と報じた。

 これは、前日に米『FOXニュース』が報じた米下院議員マーク・グリーン氏(テネシー州選出)のインタビューを取り上げたものだが、同議員によれば、エマニュエル・マクロン仏大統領が3月下旬、習近平総書記との電話会談で10億枚のマスク支援を要請したところ、「5G(第5世代移動通信システム)整備に『ファーウェイ(華為技術)』の設備を導入したらマスクを送る」という提案をしたという。

 同議員は、「これが中国共産党の本質だ。世界が目を覚ます時が来た」とも批判している。

 共和党議員であり、インタビューを報じている『FOXニュース』もトランプ大統領お気に入りであるため、中国への牽制という側面を割り引く必要があるだろうが、事実であれば看過すべきではないだろう。

 3月下旬、ファーウェイはオランダにマスク80万枚を贈呈したとされる。が、オランダは現在も5Gを含めファーウェイ製品を導入するか決めていない。このため、6月にオランダで予定する5Gの電波割り当ての入札が動機にあるのではないかとの指摘も出ている。

 こうした指摘が次々となされること自体、やはり中国の「マスク外交」は失策だったと言うべきだろう。

 中国の国営メディアは、

「感染拡大した欧米は反省すべきだ」

「中国は他国に進んで協力する責任大国」

 と宣伝してきた。ウイルスを拡大させた反省よりも、自己正当化、我田引水の宣伝ばかりで、感謝を強要するような「マスク外交」の行き過ぎた宣伝も、すべては、中国共産党の統治体制が民主主義体制よりも優れていると、特に国内向けに浸透させ、習近平体制の権威回復を図るためである。つまりは、共産党体制の安定を最優先としているためだ。

 裏を返せば、宣伝しないと政権が揺らぐという不安があるわけで、海外から中国を見る視点ではすでに逆効果という結果となっていることに当の中国だけが気づいていない。

 ただ、一部の国は、中国の支援で中国と友好的関係を結ぶ方向に行くだろう。

 米国では、中国に対してウイルスを世界に拡大させた賠償請求訴訟を起こす動きがフロリダ、テキサス、ネバダ各州で出ており、世界的に広めようと主張するインドの法学者もいるが、

「放火犯と消防士の両方の役割を中国は果たしている」(米外交評議会のマイケル・ソボリク研究員の論文)

 との怒りが背景にある。放火犯とまでは言わないが、大火災を引き起こした者が消火に協力したから称賛されるという話にはならないだろう。これは通常「マッチポンプ」と言われる。

 ちなみに、英外交シンクタンク「ヘンリー・ジャクソン協会」は、主要7カ国だけで損害は約430兆円になるとの試算を出している。

『9つの共通認識』の衝撃

「党が感染を封じ込めようとした努力を評価しないわけではないが、自らを模範とせよ、中国は多大な貢献者である、という宣伝は世界が反感を感じるということがわからないのか」

 こうした批判は、海外だけでなく中国国内からも出ている。しかも、体制内部からである。

 4月8日、上海復旦大学哲学学院院長、中国共産党上海市委員会の公式日刊紙『解放日報』理論部主任、華東師範大学党委書記、上海外語学院党委書記ら、多くの体制内の高位の知識層が会合をもち、『9つの共通認識』を発表したという。これは即座に削除されたが、転載されて拡散し、注目されている。

(1)今回の疫病は人類の歴史性をもつ事件で、深刻な影響を世界にもたらす

(2)第三世界で感染が拡大した場合、死亡者は100万人を超える

(3)最重要なのは、世界が一致してウイルスに対抗すること

(4)(中国は)対外敵視外交をしてはならない

(5)グローバリズムは挑戦を受けている

(6)公開情報だけでは真相を得るのは増々困難になり、大量の情報は歪められている

(7)中国の主要メディアは大量の誤った情報を生産し、国民を間違った方向に誘導している。これは西側諸国の中国に対する印象を害している。

(8)中国共産党は“去中国化”の危険に直面している

(9)“去中国化”は欧米が決めるのではなく、中国が決めるものだ

 簡潔にいえば以上のような内容だが、注目すべきは(4)と(6)~(9)の5項目である。一目瞭然、これらは明確に中国指導部を批判する内容だ。

 とりわけ、彼ら体制内知識層は“去中国化”を重視している。

 これは、ウイルスを拡大させ、その後の外交も上述してきたように失策となっており、中国は世界で孤立する、世界から除け者扱いとなる、という意味だ。

 中国の独立系メディアの評論員は、

「こうした意見は体制内の一定の層で定着した声であり、多くの方面に波及している。ウイルスの感染源は米国だとしたり、体制の優越性を強調したりして国際的な反感を買っている。中国は責任を認め、謝罪し賠償し再び真相を隠蔽せず、他国の救済に尽力するかどうかだが、これは欧米ではなく中国が決めることだ。しかしできないだろう」

 と指摘している。

「このままでは“去中国化”は避けられないだろう」

 との見通しだ。

不安定となる「虎」

 体制内の知識層が公開で指導部を批判するのは、もはや中国共産党の高官の間で「分裂」が起きていることを示しているとみられる。

 こうした批判勢力に対し、

「欧米がウイルスで弱体化し対策に追われているなかで、中国が国際社会の空席を埋めていく」

「西側の反中国勢力が中国に汚名を着せ影響力を削ぐ陰謀のプロセスが進んでおり、強硬に対応しなくてはならない」

 と考える勢力との対立である。

 先の『9つの共通認識』が即座に削除されたのは、習近平総書記が「レッドラインを堅持し」(冒頭の4月8日の重要演説)としている点に抵触したためだ。

 北京の弁護士は匿名で、

「共産党は虚偽情報を流し、世界を誤った方向に導き、新型コロナを蔓延させた。世界では米国だけでなく、ますます多くの国が大きくなった虎(中国)の弊害に気づき、中国共産党が一党独裁体制で統治する中国は世界に害をもたらすと認識していくだろう。再び協力を得られることはなく、中国を排除する動きとなるだろう」

 と、『9つの共通認識』を補足解説した。

 また南京大学の教授も、

「中国の“感謝しろ”という『感恩外交』は、私は支援するからあなたは歓迎しなさい、私に良いものを与えなさいというもの。これでは、外交としての品格、道徳に甚だしく欠け、援助を受けた国の中国を見る目も変わってしまう」

 と嘆いた。

 すでに米中の覇権争いは新しい段階、局面を迎えているが、習近平指導部は先に指摘したように、「戦略的自主性」をキーワードに乗り切ろうとしている。このため、来年の中国共産党創設100周年に向け、国内的には締め付けを強化し、強い統制力をもつ政権を目指すだろう。

 当然、公開の場で失策を議論し総括し誤りを認めることはない。

 習近平総書記の権威が揺らいでしまうからだ。

 体制内部の「分裂」は習近平総書記の基盤を揺るがしており、世界の中国を見る目が一新されない限り、中国が主導する国際秩序のシナリオは遠くなったとしか思えない。

 国際社会は今後、政治的、経済的に不安定となる可能性のある「虎」と向き合うことを考えなくてはならない。

野口東秀
中国問題を研究する一般社団法人「新外交フォーラム」代表理事。初の外国人留学生の卒業者として中国人民大学国際政治学部卒業。天安門事件で産経新聞臨時支局の助手兼通訳を務めた後、同社に入社。盛岡支局、社会部を経て外信部。その間、ワシントン出向。北京で総局復活後、中国総局特派員(2004~2010年)として北京に勤務。外信部デスクを経て2012年9月退社。2014年7月「新外交フォーラム」設立し、現職。専門は現代中国。安全保障分野での法案作成にも関与し、「国家安全保障土地規制法案」「集団的自衛権見解」「領域警備法案」「国家安全保障基本法案」「集団安全保障見解」「海上保安庁法改正案」を主導して作成。拓殖大学客員教授、国家基本問題研究所客員研究員なども務める。著書に『中国 真の権力エリート 軍、諜報、治安機関』(新潮社)など。

Foresight 2020年4月17日掲載

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