難問関門乗り越えたEU「新型コロナ」経済対策

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 4月7日午後4時、「ユーログループ」とよばれるユーロ圏財務相会合がはじまった。ブリュッセルの本部には集まらず、テレビ会議である。

 テーマはもちろん「新型コロナウイルス」に関する経済対策の資金調達だ。だが翌8日午前8時、16時間にわたる徹夜の協議は物別れに終わった。

 徹夜会議はよく行われるが、途中に何度もブレイクが入り、通常ならコーヒー片手に個別の話し合いで妥協の糸口もみつかる。今回も何度も何度も中断しては、1対1の話し合いが行われた。しかし、電話では勝手が違うようだ。

 もっともこれで決裂したわけではなく、9日の午後3時からビデオ会議を再開するということで散会した。

欧州首脳会議での失敗

 この会議は、3月26日に同じ問題をテーマにした欧州首脳会議の失敗をうけたものである。

 失敗の原因は、欧州共同債(ユーロボンド)と欧州安定化メカニズム(ESM)の利用であった。

 ユーロ加盟国は、おなじユーロという通貨をつかってはいるが、国債は各国ごとに発行する。各国の状況は異なるので、市場での国債の金利(すなわち価格)も異なる。

 別々の国ならば、貨幣同士の両替率による変動という緩衝材があるが、ユーロ圏にはない。財政が厳しい国はただでさえ信用がないから、健全な国に比べて金利が高くなり、格付けは下がり、最悪の場合、誰も買い手がいなくなる。

 借り換えもできないので、前に発行した国債の償還ができなくなることもありうる。それがまさに、2010~12年にギリシャなどで起きたユーロ危機だった。

 大きな新型コロナ禍に見舞われたイタリアとスペインは、あの時にもギリシャに続く脆弱さが指摘された国々だったが、今回も同じ現象が発生した。

 たとえば、3月18日のドイツ国債とフランス国債の金利差(スプレッド)は0.64ポイント(ドイツ・マイナス0.75%、フランス・マイナス0.11%)であったのに対して、ドイツとイタリアの差は、2.67ポイント(ドイツ・マイナス0.24%、イタリア・プラス2.43%)にのぼっていた。

 もしこれに、投機筋の暗躍が加われば、2010年のときのように酷いことになり、イタリアは満足な新型コロナ対策も立てられなくなる。

 そこで1カ国ではなく、ユーロ各国全体が連帯責任を負って共同で債券を発行しようというのが、ユーロボンドである。新型コロナ対策のためのものなので、「コロナ債」と称された。

 一方、ESMは、2012年に創設された欧州連合(EU)全体の機関である。

 各国の基金と独自の債券の発行によって資金を集め、支援の融資を行う。欧州版IMF(国際通貨基金)といわれるが、IMF同様、支援条件として厳しい財政改革を求める。

 これらを巡って、10年前と同じヨーロッパの「南北対立」が起きた。あの時はギリシャとドイツが急先鋒だったが、今回はイタリアとオランダである。

 イタリアは、杓子定規の財政改革を厳しく迫るESMの利用には絶対反対で、コロナ債を望んだ。

 逆にオランダは、不健全な国のために連帯責任になるのはまっぴらだ、というユーロ危機の時と全く同じ理由で、コロナ債には絶対反対であった。当初は、ESMの利用さえ拒否していた。

 ドイツやフィンランド、オーストリアなどはオランダ側についた。アイルランド、ルクセンブルク、スロベニアは当初は躊躇していたが、3月26日の欧州首脳会議の前日、フランス、イタリア、スペイン、ポルトガル、ギリシャ、ベルギーとともに、シャルル・ミシェル欧州大統領への9カ国共同署名の公開書簡で、コロナ債の創設を訴えた。

 このほかにも支援策に関するテーマはあったが、結局これが物別れに終わったために、首脳会議ではそのほかも決まらず、2週間後のユーログループ会合に持ち越しになったわけである。

「対立」から軟化してユーログループへ

 局面打開策として、3月末にフランスが期間限定の「連帯基金」を提案した。だがすぐにドイツ、オランダが反対。

 4月1日、オランダは逆提案的に、イタリアとスペインに100億~200億ユーロ(約1兆1750億円~約2兆3500億円)の「連帯基金」を創設することを提案した。

「支援」というが、じつはすべて融資である。この基金は寄付であり欧州連帯の証だ、とオランダのマルク・ルッテ首相は誇ったが、イタリアからは、

「施しはうけない」

 と、かえって猛反発を招いてしまった。

 同日、ウルズラ・フォンデアライエン欧州委員会委員長は、伊紙『レプブリカ』に掲載された書簡で、新型コロナ危機への対処におけるヨーロッパの連帯の欠如についてイタリアに謝罪し、新型コロナの経済的影響に対処するための支援を約束した。

 このような経緯をふまえつつ、ユーログループのマリオ・センテーノ議長(ポルトガル財務相)は、4月4日の仏紙『フィガロ』でのインタビューで次のように語った。

「パンデミック危機を民営化プログラムや労働市場改革に結びつけるのは意味がない。国に対する不名誉を回避し、市民が現在経験している大きな苦しみを尊重することこそ、考えられるべきである。苦しみとは単に死亡だけではなく、経済的社会的苦痛のことでもある。それを考慮しないと、我々はヨーロッパの創始者の遺産を尊重しないことになる。それは大きな誤りである」

 オランダとともに「北」の代表格だったドイツにも変化が見えた。オーラフ・ショルツ財務相とハイコ・マース外相は、4月6日の仏経済紙『レゼコー』への共同寄稿で、

「コロナ危機で最も大きな打撃を受けた国々には、迅速かつ簡単に、必要な規模で、金融の安定がもたらされなければならない。したがって、雇用が投機家の気まぐれに依存しないように、EUすべての国で十分な流動性を確保するために迅速に協力することを提案する」

「いま必要なのは、国の改革を進める監督ではなく、迅速で的を絞った支援である。まさにそれこそ、我々がうまく行えばESMがもたらすことができるものだ」

 と表明した。

 こうして4月7日を迎え、解決を見ぬまま、16時間の会合を終えたのであった。

コロナ債は「棚上げ」だが

 そして9日の午後、再開された会議は45分であっけなく終わった。もちろん、その前に、数知れぬ財務相同士の電話対談が行われたのはいうまでもない。

 センテーノ議長は、こうツイートした。

「今日、私たちはウイルスを克服したのち、離ればなれにではなく、一緒に成長することを確実にする3つのセーフティネットと回復の計画に合意した。これらの提案は、私たちの集合的財政力とヨーロッパの連帯の上に成り立っている」

 会合においては、コロナ債の問題は棚上げとし、次の3つ(労働者、ビジネス、公共財政のため)のセーフティネットに合意した。

■1000億ユーロ(約11兆7500億円)規模の主に各国の一時帰休への資金提供を支援する共同雇用保険基金(SURE)

■最大2000億ユーロ(約23兆5000億円)相当の主に中小企業向けの流動性供給となる欧州投資銀行(EIB)による250億ユーロ(約2兆9370億円)の保証基金

■最大2400億ユーロ(約28兆2000億円)のESMの与信枠の提供、これは、用途を新型コロナ対策に限り、内政干渉なしに行う

 前にフランスについてお伝えしたこと(『いち早い「戦時経済対策」すでに「戦後復興」も「仏コロナ対策」の充実度』2020年4月9日)と同じく、欧州においても、通常の景気対策とは別物と認識して、非常時(エマニュエル・マクロン仏大統領のいう「保健衛生戦争」)と戦後復興に分けている。

 そこで重要視されているのが、解雇ではなく一時帰休で雇用を守り、補助を出してでも企業を守るという方針である。

「危機の間に回復が準備されなければなりません。私たちは人々を雇用し続けなければなりません。2008年にそのような策を使用したドイツや北欧諸国などの国は、他の国よりもはるかに速い回復を経験しました。教訓を忘れてはならなりません。解雇は不確実性を生み出し、不況を悪化させ、スキルを失うことです」(ニコラ・シュミット欧州雇用・社会的権利委員=『レゼコー』4月3日)

 ちなみに、この合意の前に、次の措置も決定されている。

■成長・安定協定の全般的例外条項適用・ユーロ収斂基準(財政赤字GDP比3%、政府債務GDP比60%)の一時停止

■欧州中央銀行 (ECB) 資産買い入れ額を1兆1000億ユーロ(約129兆2400億円)に拡大、発行体当たり3分の1までとされていた国債保有上限を撤廃

 ECBのクリスティーヌ・ラガルド総裁は、ユーロ圏財務相会議の直前の仏紙『パリジャン』(4月8日)のインタビューで、ユーロ圏19カ国全体の新型コロナ対策は、世帯および企業に対する直接支援策(ユーロ圏GDPの3%)と信用保証をあわせて、約2兆3500億ユーロ(約276兆1760億円=同GDPの19%)となり、アメリカの対策に匹敵すると胸を張った。

 コロナ債の問題など火種はまだ残っているが、とにかく、非常時の喫緊の部分のカバーはできたといえよう。

広岡裕児
1954年、川崎市生まれ。大阪外国語大学フランス語科卒。パリ第三大学(ソルボンヌ・ヌーベル)留学後、フランス在住。フリージャーナリストおよびシンクタンクの一員として、パリ郊外の自治体プロジェクトをはじめ、さまざまな業務・研究報告・通訳・翻訳に携わる。代表作に『エコノミストには絶対分からないEU危機』(文藝春秋社)、『皇族』(中央公論新社)、『EU騒乱―テロと右傾化の次に来るもの―』(新潮選書)ほか。

Foresight 2020年4月16日掲載

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