米国で見たことは日本でも起こる? 「非常事態宣言」から1カ月後のNY現地ルポ

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 4月11日現在、世界の新型コロナウイルスの感染者総数は175万人を越え、死者は10万人に達した。アメリカでは感染者が51万4415人、死者は1週間で2倍増えて、世界最多の2万人にのぼった。医療の崩壊、失業者の急増、逼迫した国家財政と今後の経済低迷予測など、どれも深刻な事態に直面して、日頃は気が強そうなテレビの女性キャスターたちが、ときに涙を浮かべてインタビューしている。昨日は、天気予報士の若い男性が、「こんなときに、こんな予報をしてゴメンネ!」と、声を詰まらせながら、間もなく中西部に激しいハリケーンがやってくると伝えていたのが印象的だった。

 米国フィナンシャル・タイムズ(www.ft.com)が4月12日時点でウェブ掲載している特集「Coronavirus tracked: the latest figures as the pandemic spreads (コロナウイルス追跡: パンデミック拡散の最新状況)」にある4番目のグラフ「Italy has turned the corner, with number of new cases now in decline, following in China’s footsteps (イタリアは新規感染者が、中国の軌跡をたどり、下降傾向へ転じた)」を見てみよう。縦軸は感染者数、横軸は30人の感染者が判明した日からの日数を示す。

 このグラフの中で、イタリアではなく、日本の場合を見てみると、他国に比べて圧倒的に感染者数が低いものの、3月7日に「緊急事態宣言」が出た前後から、感染者数が急上昇している。専門家のなかには、この日本の上昇カーブが、1カ月前に感染爆発が始まったアメリカの場合とよく似ていることから、今後、日本がアメリカのような大爆発を起こすのではないかと指摘する意見がある。

 無論、そうならないことを願うばかりだが、日本で「緊急事態宣言」が発せられて約1週間がたった現在、東京などの繁華街の人出は7割近く減ったものの、自宅待機を強いられる日々は息が詰まり、精神的に限界を感じている人も少なくないだろう。NYでも同じ状況だったから、その気持ちがよくわかる。当時のNYの様子を振り返ってみよう。

 アメリカで「国家非常事態宣言」が発せられて1週間後、“巣ごもり”状態に疲れきった人々は、次々に戸外へ出てきた。ジョギングや犬の散歩で運動不足を補おうとする人々、公園に集まりおしゃべりする若者たち、子供たちはサッカーに興じた。

 アメリカ疾病予防管理センター(CDC)とニューヨーク州は、改めて「自宅待機」を強く要請した。だが、マンハッタンの公園にたむろする若者たちは減らず、当局は強硬策として公園の入口に鍵をかけた。お隣さん同士でホームパーティを開いていた市民は警察に連行されて、きつくお灸を据えられた。

 3月28日、感染者が爆発的に増加するなか、連邦政府はニューヨーク州、ニュージャージー州、コネチカット州に対して、国内移動の自粛を要請した。報道では、以前にも増して不自由な生活を強いられた人々は緊張と苛立ちをつのらせ、家庭内暴力が増えたという。

 そうした中で、鬱屈した心を癒してくれたのは、ニューヨーク州の最高責任者・クオモ州知事の談話だった。3月29日、クオモ知事は記者会見でこう言った。

「中国では12週間、韓国は8週間、イタリアも8週間、自宅待機が実施されています。私たちはまだ8日ですよ。これからもっと長い時間が必要です。皆さんは可能な限り自宅にいて、不要不急な公共交通機関の使用を控えてください。我が家には○○と○○がいます。娘とペットの犬ですがね。私は久しぶりに一緒に遊びましたよ。日頃忙しい皆さんも家族と一緒に過ごす時間ができたではありませんか。私の母も同居していますが、母ともゆっくり話ができました」

 3月31日のクオモ知事の記者会見は、感動的ですらあった。

「今は戦争中です。私たちは新型肺炎と戦っているのです。今日は2つのことをお願いしたい。ひとつは自宅待機です。どうか必ず自宅にいて、あなたと家族の身の安全を守ってください。もうひとつは、戦争の最前線で戦っている医療従事者の戦士を支援すること。彼らは疲弊しています。他州の医療従事者はどうかニューヨークに来て手伝ってください。礼はします。経験という礼は、他州にとっても役立つものです。新型肺炎はマンハッタンだけのものではありません。全米の戦いなのです。今日、病院は大小問わず、すべて同一の医療システムでコントロールできるよう調整しました。新型肺炎は老若男女を問わず、人種を問わず、だれでもかかります。ウイルスは人種差別をしないのです。政治は関係ありません、官庁の部門も関係ありません。今は真実を言うときです。感染のピークは今後15日から21日で到来するでしょう。来るべきピークに備えて、嵐が押し寄せる前に、今から準備しておくのです」

 翌日、全米の医療従事者約1000人から応援派遣の連絡が入り、多数の人工呼吸器が届いた。

 4月2日、複数のシンクタンクの予測では、感染のピークは4月末に訪れ、ニューヨーク州だけで死者は1万6000人に達するという予測モデルが公開される中、クオモ知事の弟も感染した。「今は自宅の地下室に自主隔離しているのですよ!」と、気丈にもテレビ中継でクオモ知事と笑顔を交えて対談する姿に、私は涙があふれた。

 クオモ知事の奮闘する姿と人情味あふれる談話は、多くの人々に勇気を与えたにちがいない。私も胸のつかえが降りた。ようやく覚悟ができたのだ。

「国民ひとりにつきマスクを二枚配る」と言った安倍首相には、もっと他にやるべき大事なことがあるのではないだろうか。

 今、時間潰しに多くの人がジョギングや散歩に精を出している。天体望遠鏡、子供のおもちゃやゲームが売れ、U-Tubeではエアロビクスなどの映像が多数発信されている。私のお勧めはなんといっても読書だ。日頃、多忙にまぎれて積んだままになっていた本を引っ張り出し、読書三昧の時間にひたれるのは、なんと贅沢なことだろう。先週読んだブレイディみかこ著『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は、日英両国の血を引く少年の切なくも逞しい実話。関川夏央著『やむを得ず早起き』は、巧みな文章力に酔いしれることのできるエッセイ集。倉都康行著『金融史がわかれば世界がわかる』で、金融の基礎知識を得た後、今週は、オーナ・ハサウェイとスコット・シャピーロの共著『逆転の大戦争史』の分厚い一冊を読んでいる。「戦争」と「経済制裁」という善悪の価値観が、1928年に逆転したという衝撃の歴史分析である。国際関係や日中近代史をテーマに執筆する私にとっては、目からウロコの一冊だ。

 だが、私が疲れ切った心をしばし読書で癒している間にも、新型コロナウイルスの影は音もなく、身辺に忍び寄ってきていた。それについては、次回お話ししよう。

譚璐美(たんろみ)
作家。東京生まれ、慶應義塾大学卒業。現在はアメリカ在住。元慶應義塾大学訪問教授。日米中三カ国の国際関係論、日中近代史をテーマに執筆中。著書に『ザッツ・ア・グッド・クエッション! 日米中・笑う経済最前線』(日本経済新聞社)、『帝都東京を中国革命で歩く』(白水社)、『日中百年の群像 革命いまだ成らず』、『戦争前夜 魯迅、蒋介石の愛した日本』(ともに新潮社)など多数。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年4月14日掲載

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