PJ機内で逮捕はフェイク……カルロス・ゴーンが私に700分語ったこと

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追い込まれた検察の「誤算」

 その後、検察の捜査は、迷走を重ねた。勾留満期の12月10日にゴーン氏らを起訴した後、再逮捕した容疑事実は、2018年3月期までの直近3年間の同じ「未払い報酬」に関する虚偽記載だった(当初の逮捕事実は、2015年3月期までの「未払い報酬」の虚偽記載)。全面否認を続けるゴーン氏の身柄拘束を継続するために、それ以外に手段がなかったからだ。

 この頃から、検察捜査に対する批判的な論調が高まりつつあった。「世界的な経営者をいきなり逮捕したのは適切だったのか。また、同じ容疑を2期に分けて逮捕し、勾留を約40日続けることは適切か。法曹関係者や市場関係者のみならず、検察庁の一部からも、その手法に疑問の声が出ている。」(朝日新聞)などの批判記事もあった。

 検察は、なぜ、「未払いの役員報酬」に関する虚偽記載などという「無理筋」の事件で、国際的経営者のゴーン氏を、弁解も聞かずに、いきなり逮捕したのか、どういう「見通し」があったのか。

 突然の逮捕で頭が真っ白になり、記憶もほとんど残っていないゴーン氏、まさか日産に裏切られたとは思ってもいなかった。ゴーン氏に「日産の裏切り」を知らせたのは、逮捕の翌日に面会に訪れた駐日フランス大使だった。それを知らされていなければ、ゴーン氏は日産が紹介した弁護士を選任しているところだった。「日産も検察の主張を認めている。容疑事実を認めて会長を辞任して早く出国した方が良い」と助言されていたら、どうなっていたか。

 また、東京拘置所の出入りを取材していた記者によれば、逮捕後のグレッグ・ケリー氏(前日産自動車代表取締役)にも、いわゆる「ヤメ検弁護士」が次々と接見に訪れたようだ。検察は、そういう弁護士がケリー氏につけば、12月上旬にアメリカでの脊椎の手術を控えていたのだから、自白調書に署名し、早期の保釈でアメリカに帰国しようとする、それによって執行猶予判決で早期決着させられると見込んでいたのではないだろうか。

 ところが、駐日フランス大使から「日産の裏切り」を知らされたゴーン氏は、日産が紹介した弁護士に依頼することはやめ、全面否認を貫いた。ケリー氏にも、これまでも多くの事件で検察と戦ってきた喜田村洋一弁護士が弁護人につき、全面対決の構図になった。

 検察には、ゴーン氏と、ケリー氏の双方が逮捕容疑を全面否認するというのは、大きな「誤算」だったのではないか。

「窮余の一策」、特別背任による逮捕で状況は激変

 追い詰められた検察は、勾留延長請求の却下の翌日の12月21日、ゴーン氏を特別背任の容疑で再逮捕した。ゴーン氏が、全面的に否認したまま保釈許可されることが必至の状況に追い込まれ、「窮余の一策」として行ったのが、「スワップ契約の付け替え」と「サウジアラビア・ルート」という2つの特別背任による逮捕だった。

 リーマンショックの影響で18億5000万円の含み損が生じていたスワップ契約の名義をゴーン氏から日産に付け替えたこと、違法との指摘を受けて名義をゴーン氏に戻す際に、サウジアラビア人の知人のハリド・ジュファリ氏の会社が、担保不足を補うための信用保証に協力してくれたことの見返りに「CEOリザーブ」からから約16億円が支出されたことが、特別背任だとするものだった。

 しかし、「付け替え」は短期間で解消され、日産側には損失は発生していない。実際に、損失を発生させることなくゴーン氏側に契約上の権利が戻っている以上、「損害を発生させることの認識」を立証することも困難だ。「サウジアラビア・ルート」については、ジュファリ氏が中東での日産の事業に関する何らかの貢献を行い、その報酬として支払ったもので、「不正な支出」ではないとのゴーン氏側の主張を否定することは困難だ。

 いずれも、明らかに「無理筋」であり、検察の常識からは考えられないものだった。しかし、そういうことは、マスコミでは報じないし、世の中にはわからない。「ゴーン氏が、ついに、日産に損害を与えた、つまり、『「日産を私物化」」した実質的な犯罪で逮捕された」と世の中は受け取り、それによって状況は激変した。一旦はトーンダウンしつつあったマスコミ報道も、再び「会社の私物化」とゴーン氏批判する方向が強まった。特別背任で起訴されたゴーン氏は、ルノー会長辞任に追い込まれることになった。

 通常は、組織内で慎重な検討を経て、捜査や処分の決定を行う検察だが、この事件では、有罪判決の十分な見込みもないのに、敢えて逮捕、起訴するという検察の常識に反する判断を行った。しかし、検察は、そういう内部の事情は、おくびにも出さず、通常どおり、有罪の確信をもって逮捕したかのように振る舞う。

 そして、検察が起訴すれば、そこには「有罪率99%超」という、無罪を主張する被告人にとっては絶望的な刑事裁判が待っている。特に、特捜部が起訴した事件は、検察が組織の面子にかけて、何が何でも有罪判決を獲得しようとする。証拠が希薄な事件であればあるほど、公判を引き延ばそうとする。裁判所も、そういう検察の立証方針を認めずに審理を終結することはまずない。

 ゴーン氏の裁判は著しく遅延し、刑事裁判が全て確定するまでには、どれだけの年月がかかっていたかわからない。実際に、金商法違反の裁判が始まる予定が、最初の逮捕から1年半後の2020年4月、特別背任については、2020年秋の初公判の予定が、検察の都合で2021年秋に延期された 。そのような日本での刑事裁判に絶望したゴーン氏は、国外逃亡を決意した。

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