松本大(マネックスグループ代表執行約社長CEO)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】
日本は子ども社会
佐藤 こうした仮想通貨に限らず、日本はデジタル技術への対応で大きく後れを取っていますね。
松本 今回の新型コロナウイルス対策でも、中国はただウイルスを封じ込めているのではない。驚いたのは、PCR検査のDNAデータを使って、28年前に起きた強姦殺人事件の犯人を捕まえたことです。つまりPCR検査で得たDNAのデータを未解決事件の遺留品のDNAと照合していた。
佐藤 この騒ぎのなかでも、全然違うレべルで対応しているわけですね。
松本 わが国がPCR検査でまだ何人とかやっている最中に、かの国はコロナ騒ぎを奇貨として、人民のDNAデータをどんどん集めて管理しようとしている。もちろん、それがいいというわけではないのですが。
佐藤 その次元で物事を考え、動かしている国がある。だからデジタル通貨も、大きな視点で見ていかないといけない。
松本 その通りです。でもそれができないのは、単に政府が悪いということではなくて、マスコミも含めた国民全体の問題だと思います。日本人は現実が見えていないというか、頭の中がお花畑なんですね。
佐藤 危機感がない。
松本 コロナウイルス対策でも、指示を待っているだけです。そして出された指示が自分の思っていたものと違うと文句を言う。本来は自分たちでちゃんと考えて、自分たちで行動すべきですよ。
佐藤 今回の買い占めを見ても、ひどいですからね。マスクはともかく、トイレットペーパーやコメやカップ麺はモノがあるにもかかわらず、むやみに備蓄に走った。
松本 まあ、これは日本だけじゃなくて、世界的に起こっていますけどもね。
佐藤 備蓄は、基本的には政府に対する信頼が失われ、何かあっても助けてくれないと思っているからでしょう。だから見境なく自分の身を自分で守ろうとする。
松本 日本人が本当にそう思っているならまだいいのですが、僕が思うのは、日本には国に対する信頼はある、けれどもそれがいい意味での信頼ではなくて、被統治者的な立場での信頼というか――。
佐藤 奴隷みたいな感じ。
松本 そこまではいかないけれど、子どもみたいな振る舞いに見えるんですよ。国家と国民の関係が、親子関係に近い。子どもはいくら親の言うことに反発しても、親のことを基本的に信頼しているじゃないですか。
佐藤 一種のパターナリズム(父権主義)ですね。
松本 親が何とかしてくれるのを待っているような子どもの社会になっている。だから他国で、国が信頼できないから買い占めが起きるのとは違う気がします。
佐藤 あれこれ騒ぐのは、子どもがおもちゃやお菓子がもっと欲しいと言っている感じですね。
松本 そうです。あれが欲しい、これも欲しいと言って、でも税金は高いと騒ぐ。メディアもそれを煽るだけ煽る。けれども税金がなければ国は動きません。
佐藤 昨年の消費税増税もそうでした。ただ逆に言うと、これまで日本は子ども社会でも大丈夫だったということですよね。
松本 日本には蓄えがありますし、教育水準も高く、何だかんだ言っても国民は真面目です。引きこもりが問題になっていますが、世界的に見れば、日本に完全なパラサイトって少ないと思うんです。みんなある程度の生産をしている。
佐藤 むしろみんなが働いているから生産性が低いのかもしれない。
松本 ああ、そうかもしれません。よくスペイン人がGDPの低さをバカにされると、俺たちは年のうち10カ月しか働かない、働いている日数で割ったら世界一だ、なんて言いますが、逆に日本はみんながずっと働いているから生産性が低くなる。
佐藤 でも全体としての生産力はそれなりにあります。
松本 だからいまは国が回っている。だけどそのモデルはもう持ちません。戦後にボロボロになった国が世界第2位の経済大国までいった。その成功体験があまりにも強く残っているから、世界のゲームのルールが変わっても変われなくなっている。
佐藤 いままで何とか乗り切ってきましたからね。
松本 でも僕より10歳、15歳下になると、生まれたときから日本はダメな国でしたから、これまでのやり方でやろうという人はいません。
佐藤 それはそうでしょうね。
松本 堀江さんはその始まりにいた人ですよ。いまの40歳くらいのスタートアップの経営者は、松下幸之助氏の本なんて読まない。みんなペイパルのピーター・ティールとかアマゾンのジェフ・ベゾスの本を読んで、会社の作りかたとか経営のしかたを勉強しています。
佐藤 ロールモデルがまったく変わってしまった。
松本 考えかたも僕の先輩、後輩では全然違います。いまは端境期です。僕の世代がその真ん中にいるのじゃないかと思いますね。
佐藤 ソ連崩壊時にそのシナリオを書いたブルブリスという国務長官がいます。エリツィンの側近ですが、私には彼が松本さんとダブって見えます。彼はこんなことを言っていました。ソ連崩壊は、国家中枢が溶解した政治的チェルノブイリで、これからクリーンな発電所を作り、同時に除染もしなければいけない。そしていま、それを担うエリートが3種類いると。
松本 3種類ですか。興味深い。
佐藤 1番目のエリートは、ソ連体制下のエリートで、古い機械を動かせるし、それなりのモラルと価値観を持っている。2番目は、エリツィンの周辺にいて急に出てきた偶然のエリートで、ブルブリス自身、その一人だという。ただ彼らは社会の底辺から上がってきたから、なかなか特権を手放したがらない。3番目は未来のエリートで、まだ20~30代。ソ連の教育を受けてはいるけども、外には開かれている。問題は、1番目と2番目は狼で3番目は子羊だから、狼があんまりおなかを空かすと、子羊を食べてしまう。自分は偶然のエリートだけど、その限界を知っている。だから3番目のエリートにバトンを渡すのが自分の役目だと。
松本 私もそんな感じです。若い世代の考えもわかるし、先輩の持つ日本的な価値観もわかる。日本はそのバトンをなるべく早く渡さなければいけないんです。1年、2年遅れるだけでものすごいロスになります。
[3/4ページ]