米空母艦長の「決断」と「解任」から学ぶべき「新型コロナ」対処

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 去る3月30日、『ニューズウィーク日本版』は、

〈5000人を超える乗組員の検査を行う間、空母セオドア・ルーズベルトは数日グアムに停泊することを余儀なくされるかもしれない〉

 のリードに続いて、

〈集団感染に拡大すれば、中国とイランに対する米海軍の即応能力に悪影響を与える恐れがある、と元NATO欧州連合軍最高司令官ジェームズ・スタブリディス退役海軍大将が危機感を訴えている〉

 と伝えた。これを受けてマーク・エスパー米国防長官は3月31日、『CBS』の取材に対して、

「即応力低下を懸念していない」

と強調した。

拙劣なシビリアン・コントロール

 一方日本では4月1日、

〈米、抑止力低下に危機感〉

 の見出しで報道。「新型コロナウィルス」感染が、米韓・米比の合同演習、米海兵隊の豪派遣中止につながったことを挙げて、

〈太平洋、欧州の安全保障環境に影響する懸念が出ている〉と指摘した(『読売新聞』)。

 そして4月3日に『CNN』は、トーマス・モドリー米海軍長官代行(当時)が2日、

〈新型コロナウイルスの感染拡大が続く空母「セオドア・ルーズベルト」の(ブレット・)クロジャー艦長について、「稚拙な判断」を下したとして解任を発表した〉

 と報じた。ところが4日に『CNN』は、

〈入手した映像には、集まった大勢の乗組員が拍手や名前の連呼でブレット・クロジャー艦長を盛大に送り出す様子が映っている〉

 とも伝えたのだ。

 さらに4月8日、日本のメディアは、モドリー海軍長官代行の辞任を報じた(『産経新聞』ほか)。

 この辞任は、うがった見方をするならば、モドリー長官代行が「短絡的な指揮官批判」と「即刻クビ」という内輪もめをさらけ出したことにあるのかもしれない。指揮官の「能力批判」は、専門的知見に基づき、ことの状況を詳細に捉えたうえで行うべきである。この事案は、軍事に関わる米国のシビリアン・コントロールの拙劣さを露呈して、軍事力の指揮・運用の根元的問題を表面化させた。

隠蔽される「戦病死」

 空間が格別に狭隘閉鎖的仕様の、洋上で逃げ場のない艦艇では、新型コロナ感染が巷間のクラスター現象以上に激しいはずだ。

 クロジャー艦長は、

〈「我々は戦争状態になく、水兵らは死ぬ必要がない。直ちに行動を起こさなくては、我が軍の最も信頼のおける資源である水兵を適切に保護できなくなる」〉(『CNN』)

 と、書簡で感染者の下船隔離を海軍上層部に対して求めたという。

 半ば筆者の想像だが、指揮系統を通しての要求に反応は鈍く、承認されなかったのであろう、艦長は強引に「感染乗組員の隔離を急ぐ非常手段」に走った。

 それが〈自身の懸念を記した書簡を20~30人と広範囲に送付した〉ことであって、モドリー長官代行は、その行為が〈混乱を招いた〉からクロジャー艦長をクビにしたという。

 クビを賭けた決断を悔いることなく退艦していくクロジャー艦長を、乗組員たちは「拍手喝采」で見送った。

 このような指揮官がいることは、「集団感染による戦力低下を補う米海軍の強さ」の象徴であり、士気の高揚が抑止効果を助長するのである。

 他方で、日本の近代軍事史上では、日清戦争における陸軍将兵の戦病死者のうち、脚気によるものが約34%、日露戦争では約75%だった(内田正夫「日清・日露戦争と脚気」『和光大総合文化研究所年報』 2007年ほか)。

 そしてアジア太平洋戦争においては、半数以上が餓死及びマラリヤ・赤痢などによる死亡であった(吉田裕『日本軍兵士――アジア・太平洋戦争の現実』中公新書)。

 戦時中、この事実が国民に知らされることはなかった。戦場における将兵の「戦死」は、その名誉が顕彰される。しかし、戦力を著しく低下させた「戦病死」に名誉が与えられる例は少なく、犠牲を多くした疫病の事実は隠される。

疾病対策も安全保障

 軍は、「脅威に対して優位を維持し、弱みを握られず、劣勢に陥らない」ための秘密保全に、過剰な神経を使う。指揮・統制・情報ネットワークや装備の性能諸元の漏洩、内部不祥事や新型コロナ感染のような戦力低下は、敵のつけ込むところとなる。

 そして、「軍にあるまじき情報漏洩」という文脈は、事実を隠蔽し、虚偽の報告につながる。

 指揮官自ら公表した「空母セオドア・ルーズベルトの事案」は、軍における新型コロナ感染といった疫病の集団発生が「安全保障にどのような影響を与えるのか」を問題提起し、示唆を与えた。

 軍における集団的な疫病発生は、「指揮官の初動における管理及び指揮」によって「防止・局限・悪化」が左右される。日清・日露戦争、アジア太平洋戦争では、明らかに地理学的事前研究と準備の欠落、そして「兵士を消耗品と考える」指揮官が犠牲を多くした。クロジャー艦長は、結果的に部下を救い、戦力を維持、強化している。

 対処薬がない新たな感染症である新型コロナは、症状が顕われない感染者からの感染が危惧されている。

 自衛隊では、いったん感染すると、その集団性から「セオドア・ルーズベルト現象」が加速する。

 中国、欧米規模にまで拡大するような感染現象には、自衛隊の救援活動が頼りである。自衛隊がウイルス感染で能力低下したら、対新型コロナ抑止のみならず、国家の安全保障を損なうことになる。国民が自衛隊に求める「精強性」のレベルは高いのである。

林吉永
はやし・よしなが NPO国際地政学研究所理事、軍事史学者。1942年神奈川県生れ。65年防衛大卒、米国空軍大学留学、航空幕僚監部総務課長などを経て、航空自衛隊北部航空警戒管制団司令、第7航空団司令、幹部候補生学校長を歴任、退官後2007年まで防衛研究所戦史部長。日本戦略研究フォーラム常務理事を経て、2011年9月国際地政学研究所を発起設立。政府調査業務の執筆編集、シンポジウムの企画運営、海外研究所との協同セミナーの企画運営などを行っている。

Foresight 2020年4月13日掲載

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