米国で見たことは日本でも起こる?「国家非常事態宣言」直後のNY現地ルポ

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ゴルフ場は予約でいっぱいに

 私は混乱した。隣人と話し合ってみたが、「不要不急の外出は控えよ」と言われても、なにが不要でなにが不急かは、個人の受け取り方でちがう。「自宅に待機せよ」と言われても、焦りが募るばかりで、どうしてよいかわからない。

 人々が生活するうえで必要な施設――食料品店、病院、薬局、郵便局、ランドリー、ガソリンスタンド、ファーストフード店のデリバリーのみ――は、営業を許可されていた。

 だが、薬局へ行ってみると、トイレットペーパーの棚には3パックしか残っていない。われながらパニック心理だと自覚しつつも、急いで2パックを買い物カートに放り込んだ。数日後、白米、パン、肉類、魚類、野菜類、調味料など、各種食材を確保したことで一安心。身の竦むおもいで自宅に閉じこもったが、息が詰まってなにも手につかない。

 テレビをつけると、マンハッタンの五番街がシャッター通りになり、巨大なゴーストタウンと化していた。駅で通勤電車をのぞきこめば、車両ごとに乗客は1人か2人しかいない。2001年、ニューヨークで起きた同時多発テロ事件を思い出した。あの時ですら、これほど人影が消えたことはなかった気がする。

 3月15日、ニューヨーク市が作成した「COVID-19(新型コロナウイルス)に関するファクトシート(感染した場合の対応)」が公表された。QA方式で記された文書には、症状や感染経路、重症化しやすい人など、日本でも知られていること以外に、こんな項目もあった。

Q、自宅での過ごし方は、どうしたらよいですか?

A、可能な限り距離を取り、別々の部屋を使用し、トイレは使用後、接触面を頻繁に消毒してください。部屋のカウンター、ドアノブ、バスルームの備品、電話など頻繁に触る面を、少なくとも1日1回消毒し、食器類、タオル類などは共有せず、自分専用のものを使ってください。友人や知人の家を訪問せず、学校や職場に出向かず、公共交通機関、タクシー、ライドシェアサービス(ウーバーなど)は利用しないでください。

 アメリカの「非常事態宣言」は日本と異なり強制力を伴うので、「ファクトシート」もさすがに具体的で徹底している。

 とはいえ、どれほど強制力をもつ国家命令であっても、効果はすぐには表れなかった。

 1週間もすると、春の陽気に誘われて、運動不足に陥った人々が家から這い出してきて、散歩やジョギング、日向ぼっこを楽しんだ。ゴルフ場は予約でいっぱいになり、若者たちは公園にたむろし、子供たちも体をぶつけ合ってサッカーに興じた。

 現在、日本の医学関係者たちは、感染を抑制するために「8割の外出削減」を目標にしているが、今にしておもえば、1カ月前のアメリカでは到底それには届かない状況だったのだ。その後どうなったかは、次回ご報告しよう。

譚璐美(たんろみ)
作家。東京生まれ、慶應義塾大学卒業。現在はアメリカ在住。元慶應義塾大学訪問教授。日米中三カ国の国際関係論、日中近代史をテーマに執筆中。著書に『ザッツ・ア・グッド・クエッション! 日米中・笑う経済最前線』(日本経済新聞社)、『帝都東京を中国革命で歩く』(白水社)、『日中百年の群像 革命いまだ成らず』、『戦争前夜 魯迅、蒋介石の愛した日本』(ともに新潮社)など多数。

週刊新潮WEB取材班編集

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