2人に絞られた「スーパーチューズデー」 【特別連載】米大統領選「突撃潜入」現地レポート(8)

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【編集部より】 すでに報道でご承知のとおり、4月8日、序盤戦で最有力だったバーニー・サンダース(78)が選挙戦からの撤退を表明しました。

 この結果、民主党大統領候補者は、7月から8月に延期された「民主党全国党大会」を待たず、事実上、前副大統領ジョー・バイデン(77)に確定しています。

 本稿では、3月3日に行われた「スーパーチューズデー」の現地取材の様子をお届けしますが、現時点からすでに1カ月前の情報であることをご承知おきください。

 ただし、この時点では上記2人以外の民主党有力候補者がまだ熾烈な選挙戦を戦っていました。そうした状況下で実際の選挙戦を現地で取材し、投票に訪れた有権者の生の声をお伝えすることは、米国民が指導者に何を求め、国家にどんな変革を期待し、そして各候補者のどの部分に希望を見出していたかを見極めることになり、それは同時に米国、そして米国民が抱えている問題、現状を浮き彫りにすると考えます。ぜひ、じっくりとお読みください。

8800キロを移動して

 大統領選最初のヤマ場である「スーパーチューズデー」の取材のため、私がサウスカロライナ州の州都コロンビアを出発したのは3月1日のこと。午前7時台の飛行機に乗った。レンタカーを返す時間も考え、5時台に起きて準備した。次の取材地はカリフォルニア州ロサンゼルスだ。

 体力的に言えば、このサウスカロライナを経由してのスーパーチューズデーでの取材が一番きつかった。ミシガンのアパートを出発し、飛行機を6回乗り換え、約5500マイル(8800キロ)を移動してミシガンに戻ってくるというもの。無理やり日本に置き換えれば、5日間で網走と沖縄の間を一往復半する感じだ。

 取材を計画する段階では、サウスカロライナ州を飛ばし、スーパーチューズデーだけを取材することにすれば随分と楽になると考えた。しかし、それではバイデンの復活劇を見逃すところだった。

サンダースの支援者集会へ

 スーパーチューズデーでは、北はメイン州から南はテキサス州まで14州で同日に予備選挙が行われ、代議員数の約3分の1 にあたる1357人が決まる。私が取材場所をロサンゼルスに選んだのは、同日で一番多くの代議員数が割り当てられるカリフォルニア州の最大都市である、という単純な理由からだ。

 朝7時台の飛行機でテキサス州ダラスに向かい、そこで乗り換えてロスに到着する。フライト時間だけでも、合計6時間半ほどあるのに、3時間時差があるため、ロスの空港に到着したのは午後12時台となった。

 飛行機を降り、レンタカーを借りる手続きを待っている間、スマホを触っていると、数時間後にロスのダウンタウンで、バーモント州の上院議員であるバーニー・サンダース(78)が支援者集会を開くという情報を見つけた。集会は午後5時からはじまる。

 予約していた空港近くのホテルにチェックインすると、5階建てのホテルで、エレベーターが故障中だという。「いつ直るのか」と聞けば「2、3週間かかる」という。そんなら予約サイトの一番目立つところに書いとけよ、という言葉を飲み込んでスーツケースを持って3階まで上がった。

 サンダースの支援者集会が開かれる「ロサンゼルス・コンベンション・センター」に向かい、到着したのが4時半過ぎ。会場前はすでに数多くの人であふれかえっており、サンダースのTシャツやバッジ、ホットドッグやコーヒーを売る屋台が出ていた。

多種多様な人種が集まってくる

『ロサンゼルス・タイムズ』によると、この日集まった支援者の数は約1万7000人 。大統領候補者選びのフロントランナーにふさわしい集客数だ。

 私はメディア席から見ることも考えたが、この日は出足が遅かったこともあり、支援者と一緒に見ることにする。

 トランプの支援者集会では、約8割を“白人”が占めるのに対し、サンダースの集会では多種多様な人種が集まってくる。私が盛んに写真を撮っていると、一緒に並んでいた同年代のアフリカ系の女性が、私を撮ってくれるという。アジア人の顔も見える。ラテン系の顔も数多くある。

 セキュリティーチェックを通って、会場に入ると、もう1万人以上は入っていそうな感じだ。サンダースが登壇する壇上までは50メートル以上あり、私のカメラでは、とてもとらえきれない。

 周りを見ると、ヒスパニック系の父親が、一緒にきた息子とその彼女の写真をスマホで撮っていた。目の前には、ゲイのカップルがいた。2人とも黒のTシャツを着て、1人は右の耳に金色の十字架のピアスをつけていた。もう1人は黒の帽子を被り、2人で写った写真をスマホの待ち受け画面にしていた。その横には、ブルーのパーカーを着た白人の男性と、長髪で鶯色のトレーナーを着た白人の女性もいた。いろんな人々がサンダースを応援しているのがわかる。

「トランプを大統領職から追い出す」

 サンダースが出てくるまでの、何人かの応援演説の中で私がおもしろいと思ったのは、市民団体「Mijante」(My Peopleという意味)の共同創設者であるマリア・フランコという女性の話。

「スパングリッシュ(スペイン語なまりの英語)を話す」という彼女は、「われわれの団体はバーニーを支援します」と語ったうえで、自分自身を英語とスペイン語でこう自己紹介した。

「国境を渡ってアメリカに来て工場と農家で働く両親の娘として育ちました。私は、レズビアン(queer)であり、母親であり、有権者であり、公立学校が生み出した産物です」

 メキシコ国境から車で2時間の位置にあるロスでの主役はヒスパニック系住民であり、彼らの投票が、カリフォルニア州での勝ち負けのカギを握るのだ。

 6時半過ぎに登壇したサンダースは、

「来たる火曜日は、皆さんの協力を得て、カリフォルニア州での予備選挙に勝利する。〈中略〉われわれは、民主主義を軽視し、自分が憲法より上の立場にあると信じる(ドナルド・トランプ)大統領を必要としない。2020年11月にわれわれがトランプを大統領職から追い出すことにより、トランプはアメリカが民主主義の国であり、独裁国家でないことを知るだろう」

 と語った。

 30分弱の演説の間、支持者は、「バーニー」と書かれた青と白のプラカードを振り、「バーニー! バーニー! バーニー!」と何度も声援を送った。支援者の熱量が十分に伝わってくる集会だった。

ブティジェッジ撤退

 集会後、ホテルに帰りテレビを見ていると、びっくりするニュースが飛び込んできた。

 初戦のアイオワ州の党員集会でトップを取った最年少候補者、インディアナ州サウスベンド前市長であるピート・ブティジェッジ(38)が選挙戦から離脱するというのだ。

 テレビ画面でブティジェッジが、

「私は大統領選の活動を中止するという難しい決断を下しました。もはや2020年の大統領選挙の候補者ではありません」

 と語るのを見ながら、予備選挙で最大の山場であるスーパーチューズデーの2日前に撤退を決断するのか、と意表を突かれる思いだった。

 撤退の原因は、サウスカロライナ州の予備選挙の結果、アフリカ系の支持が伸びないことが明らかになったこと。民主党の大統領候補になるには、アフリカ系の有権者の支持が不可欠だからだ。

『ニューヨーク・タイムズ』によると、同夜、前大統領のバラク・オバマ(58) と前副大統領のジョー・バイデン(77)はブティジェッジに会い、同じような中道派の政策をとるバイデンへの支援を求めた。しかし、ブティジェッジは「ひと晩考えさせてほしい」 と答えている。

 スーパーチューズデーの前日、マサチューセッツ州の上院議員であるエリザベス・ウォーレン(70)が、イースト・ロサンゼルス大学で支援者集会を開くと知り、私は車を走らせて見に行くことにした。ロス名物の交通渋滞につかまったため、遅い昼食をとるために入ったレストランのテレビ画面に、ブティジェッジがバイデンを支援するというニュースが流れる。とっさに、首からかけていたカメラで、テレビ画面を撮った。 

潮目ががらりと変わった3月2日

 ミネソタ州上院議員のエイミー・クロブチャー (59)も、この夜、選挙戦から脱落し、同時にバイデン支援に回った。

 テキサス州ダラスで行われていたバイデンの支援者集会に家族と一緒に姿を現したクロブチャーは、こう話した。

「すべてはわれわれにかかっています 。それは、われわれの国を取り戻し、癒し、今より偉大な国にすることです。〈中略〉それを、(バイデン前副大統領と)一緒にできると信じているので、私はこの選挙活動を終え、ジョー・バイデンを大統領とすることを支援します」

 クロブチャーが選挙戦から降りた大きな理由として2つ挙げられる。

 1つは、クロブチャーが前日の1日、地元のミネソタ州ミネアポリスで支援者集会を開こうとすると、「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命が大事)」 などのアフリカ系人権団体が抗議運動を行って、支援者集会が中止に追い込まれたこと。彼らはクロブチャーがミネソタ州の郡検察官を務めていた2002年、当時16歳のアフリカ系の男子が11歳の女の子を銃で殺害した裁判に関して、司法判断に誤りがあったとして激しく抗議した。

 もう1つはスーパーチューズデーの日、地元ミネソタ州でトップを取れないどころか、上位5位 にも入ることが難しいという世論調査が影響したといわれる。地元で大敗して、メンツを失う前に選挙戦から撤退することで、大統領選挙後、優位なポジション、たとえば、副大統領候補などのポジションをとることができるという判断があったといわれる。

 ブティジェッジとクロブチャーが選挙戦から降り、バイデンを支援した3月2日は、2020年の民主党の大統領候補者選びを理解するうえで、最も重要な1日となりそうだ。中道派の2人が選挙戦から降り、同じ中道派のバイデンを支援すれば、それまで分散していた中道派の投票が、バイデンに集中することになる。

 事業家のトム・スタイヤー(62)も、サウスカロライナ州の予備選挙直後、選挙戦からの離脱を決めている。

 サウスカロライナ州の予備選挙から2日間で、大統領選挙の戦況が一変した。ここまでサンダース優位で動いてきた大統領選の潮目ががらりと変わり、バイデンに追い風が吹きはじめた。

 スーパーチューズデーの投票の対象となるのは、実質上、サンダースとバイデン、ウォーレン、それに、スーパーチューズデーから参戦する事業家で前ニューヨーク市長のマイケル・ブルームバーグ(78)の4人となった。

 30人近い候補者からスタートした民主党の大統領候補選挙が、一気に4人までに絞られた。

選挙戦を続行したウォーレン

 ブティジェッジのバイデン支援のニュースを見た後、ウォーレンの支援者集会に向かった私は、この支援者集会で、左派のウォーレンが選挙戦の離脱を表明するのではないか、と思っていた。

 これまでの序盤州4州で一度もトップを取っていない彼女が、スーパーチューズデーで復活する可能性は低かった。それどころか、地元であるマサチューセッツ州の予備選挙の世論調査でも、苦戦が予想されていた。状況はクロブチャーに似通っている。

 私はもう一歩踏み込んで、撤退の表明の後、政策的に近いサンダースを支援することもありうるのではないか、と想像した。

 しかし、ウォーレンは選挙戦を続行し、スーパーチューズデーを闘うため3000人以上 の支援者を前に熱弁をふるった。

 1990年代にヒスパニック系の労働者が蜂起した「清掃員たちのための正義」について語った。約400人のヒスパニック系の清掃員が、劣悪な労働条件の改善を求めて立ち上がった運動だ。

 ウォーレンは言った。

「今宵は、アメリカ史においてラテンアメリカ系の無名の英雄たちをほめたたえるためにここに来ました」

 そして、抑圧され搾取されてきた労働者が団結することで、相応の賃金と待遇を手に入れる過程を語り、

「ラテンアメリカ系の労働力は、ロサンゼルスにとって、いやアメリカにとって不可欠な労働力なのです」

 とつづけた。

 支持者は、「ウォーレン」と書かれたプラカードと「PERSIST(粘り強く)」というプラカードを振りながら、ウォーレンの演説に拍手を送った。

サンダースに一票を投じた人たち

 3月3日火曜日、投票当日のロスは25度前後の気温で、快晴。

 最初に訪れたのは、高齢者用の公民館 。建物の中では手芸や体操の教室が行われていた。

 次は車で10分ほど離れたウエストチェスターのYMCA(キリスト教青年会)。

 その次はさらに車で10分ほど離れた公立レノックス図書館を経て、最初の公民館に戻ってきた。

 建設会社を経営するジョン・ハンガーフィールド(66)は、サンダースを支持すると言う。

「サンダースが40年も言い続けている、グリーンエネルギーを中心とした環境問題や国民皆保険もいい政策だ。皆保険は年間数万人の人命を救い、数千億ドルの費用削減になるという大学の調査結果も出ている。夫婦と2人の子どもがいるわが家は保険料として、年間1万2000ドル(約131万円)を払っている。この金額は大きい。国民皆保険というと、一部の人は『社会主義的』と言って拒否反応を示すが、隣国カナダではすでに行われていること。アメリカでできないわけがない。トランプをどう思うか? やつは昨年の春、ロスに来て、製薬会社のお偉いさんたちに会って、選挙資金を集めて帰った。そんな男に、現在の保険制度が変えられるとはとても思えない。トランプがこれまでしたことは、国の借金を増やして、株価を押し上げたことぐらい」

 ビジュアル・エフェクト・スーパーバイザーとしてアニメ『マッハGOGOGO(英語名Speed Racer)』 や任天堂のゲーム『スーパーマリオ』の制作にかかわったこともあるリチャード・モートン(47)も、サンダースに1票を投じた。

「サンダースに投票することは、以前から決めていた。教育や社会インフラの整備、貧困問題において、アメリカの政治はうまく対処してこなかった。資本主義では強欲(greed)がよい、とされてきたと思う。その中で、サンダースは資本主義の主役である企業側ではなく、その企業に踏みつけられてきた一般の国民のことを考えて行動してきた。私の価値観と、彼の目玉政策である国民皆保険や大学の無償化などはぴったりと一致するんだ。サンダースなら、トランプに打ち勝つだけでなく、体制派の馬鹿どもを、あっと言わせることができると思うんだ」

――ブティジェッジとクロブチャーが直前にバイデンを支援したことは、あなたの投票に影響しませんでしたか。

「まったく影響しなかった。僕の目から見ると、バイデンは大統領候補者にふさわしくない。バイデンの政策からは、現状を変えようという意気込みが感じられない。もちろん、トランプよりははるかにいい選択肢だとは思うけれど、オバマ時代に戻って現状維持をしようとしているように見える。アメリカが今求めているのは、新たな変化なんだ」

 エルサルバドル出身者たちの協会の会長で、X線技師のラール・マリオナ (55)も、サンダースに投票した。

「僕は21歳の時、アメリカに渡ってきて、22年前に市民権をとって以来、ずっと民主党の支持者なんだ。医療の現場に身を置いていると、病院が患者の持っている保険で診察するかどうかを判断して、保険がなかったり、保険の内容が不十分であったりしたために治療を受けられず、病気が悪化していく患者の様子を目撃する。この国の保険制度は大きな改革が必要だと日々感じている。サンダースの唱える国民皆保険は中南米出身の移民の多くを救うと思っているんだ」

 ウォーレンに投票したというのは、会社員を引退したウォレン・フィン(80)と、妻のグレンダだ。

「はじめからウォーレンに投票しようと決めていたんだ。彼女ならいい大統領になると思うからだよ。テレビ討論会でのディベートも冴えているだろう。彼女は高校時代からディベートの腕前では知られていて、それで奨学金をもらって大学に行ったぐらいだから。政策では環境問題や銃規制、国民皆保険などを高く評価しているよ」

――政策が近いと言われるサンダースに投票することは考えなかったのか。

「サンダースも悪くはないけれど、民主社会主義者という立場と、ユダヤ人であるということが、大統領になるにはネックになるんじゃないかと思っているよ」

投票システムの誤作動で長時間待ち

 投票所での取材は、これまでで一番時間がかかった。サウスカロライナ州と比べると、2倍以上の労力がかかった感じだ。

 投票所から出てくる人の雰囲気がとげとげしく、取材をお願いすると、大半は「急いでいるから」と言って断られた。

 その理由は、今年から刷新した投票システムがうまく作動せず、1時間待ちはざらで、2時間近く待つこともあったからだ。初夏のような太陽の下、それだけ長時間待たされると、人の心はくさくさしてくるのだろう。投票後は一刻も早く帰りたいという人が多く、取材に応じてくれる人を見つけるのに時間がかかったのだ。

 翌日の『ロサンゼルス・タイムズ』は1面で、

「新しい投票システムが、長時間の待ち時間を作りだし、(投票機械の)誤操作を引き起こした」

  という記事を掲載した。私が2番目に訪れたYMCAでも取材しており、投票まで約1時間半待ちとなり、

「新しい機械の導入で投票がややこしくなっている」

 という有権者の怒りのコメントが載っていた。

 しかし、同日、投票が行われたテキサスでは、4時間以上待つこともあったそうで、地元紙は「悪夢だ」と書いている。もし、私が取材地をテキサスにしていたのなら、取材はさらに困難を極めただろう。

バイデンに投票した複雑な理由

 バイデンに投票したベサン・ネイル(62)は、生涯の民主党員だと言う。

「バイデンには、現在分断されているアメリカを1つにまとめる力があると思うからよ。人々を癒す言葉を持った候補者だと思っているわ。それに、ジェームズ・クライバーンが支援したことも大きいわね」

――サウスカロライナ州のクライバーン下院議員ですか。

「そうよ。彼はサウスカロライナ州選出の議員だけれど、民主党員には広く知られた存在で、非常に尊敬されているわ。その彼が支援するのなら間違いない、と思ったわけ。それ以前は、女性初の大統領になるウォーレンに投票することも考えたけれど、彼女が現実的な政策より、理想とする政策を選んだ点が、私の目には失敗に映ったのよ」

 経営コンサルタントとして働くジョン・ロス(50)も、バイデンに投票した。

「理由はちょっと複雑なんだ。心情としてはバーニー(サンダース)の方が好きで、国民皆保険には大賛成。妻と僕の2人家族のわが家は、年間2000ドル(約21万8000円)の保険料を払っているし、それとは別に眼科と歯科の保険料を支払っている。ただ、アメリカ人は、サンダースの掲げる国民皆保険を受け入れる準備ができていない、と思っている。それは民主党員も含めて。バーニーは、革命的なアウトサイダーだから、もしバーニーが大統領になれば、その反動がくると思うんだ」

 なんだか聞いたことのある主張だなぁ。

 サウスカロライナ州で取材した早稲田大学に留学経験がある男性が語っていた、オバマ大統領の誕生が早すぎて、それが回りまわってトランプ大統領の誕生につながったという論理だろうか。

「そうだね。何事にもタイミングがあって、早すぎても遅すぎてもいけない。オバマ大統領誕生も、それに対して心の準備ができていない国民がたくさんいたことが、トランプ大統領を生み出したとも言える。だから今回は、民主党支持者や無党派だけでなく、トランプに嫌気がさしている共和党員も取り込めるバイデンに投票することにしたよ」

目の当たりにした経済格差

 この日、取材していて驚いたのは、同じ地域内にある経済格差の大きさを目の当たりにしたことだ。

 高級住宅街にあるYMCAからレノックス図書館までは、距離にして7マイル(11キロ強)しか離れていない。しかし、レノックス図書館の周りがヒスパニック系の住民が暮らす地域であることは、周りの看板がほとんどスペイン語で書かれていることからもわかる。

 所得格差の簡単な目安は、マクドナルドやバーガーキング、スターバックスといったどこにでもある全国チェーン店があるかないか、である。レノックス図書館の周りには、そうした全国チェーン店がほとんど見当たらない。

 私が昼食をとったピザ屋では、クレジットカードを使う手数料として0.45(約49円)ドル取られた。この地域では現金払いが多いのだろう。

 アメリカでは、学区によって公立教育の水準が大きく異なり、それが不動産価格をも左右するのだが、それも十分に納得できる、と思うほどの所得の格差が見て取れた。

 ネットで調べてみると、ロサンゼルス郡の平均的な家族の年収は約6万5000ドル(約708万円)だが、レノックスが4万5000ドル(約490万円)であるのに対し、ウエストチェスターは9万5000 ドル(約1035万円)と、2倍以上の開きがあった。

 収入格差と関係があるのか、レノックス図書館の隣にはストリップ劇場があり、投票が行われていた昼間から営業していた。ピューリタンが作ったお堅い国であるアメリカでは、非常に珍しい。

「ブルームバーグには実績がある」

 この日から選挙戦に参戦したブルームバーグに投票した人の声も紹介しよう。

 人事採用のコンサルタントをしているオーエン・ウィリアムズ(37)は、ブルームバーグに投票した。

「バーニーではトランプに勝てないと思うし、バイデンはテレビ討論会で何をしゃべっているのかわからないことが少なくない。バイデンでもトランプに勝てないと考えている。その点、ブルームバーグには、経営者としても、政治家としても実績がある。9・11後のニューヨーク市長としての手腕も高く買っている。事業家として何度も破産したトランプと違って、経営者の手腕もたしかだ。ブルームバーグなら、共和党の支持者までも取り込めるんじゃないか、と思っているよ」

――ニューヨーク市長時代に行った「ストップ&フリスク(警察官が路上で疑わしいと判断した人物を呼び止め、身体検査を行い、武器などを所持していないか調査する行為)」の対象が、アフリカ系やヒスパニック系に偏っており、人種差別的な政策だったとの批判があるが。

「それだって、トランプの人種差別主義や女性蔑視、政権運営の腐敗に比べると、全然ましだろう。それより30年間もビジネスと政治の世界で成功してきたブルームバーグの実力に期待したいよ。テレビの討論会でうまく立ち振る舞うより、実務をこなせる候補者に投票したんだ」

爪痕を残すことなく選挙戦から去った

 この日、ブルームバーグに投票したという何人かの有権者の話を聞いた。しかし、私には彼の出馬が悪い冗談にしか思えなかった。ブルームバーグが参加した最初のテレビ討論会が2月に行われたが、そこで彼が他の候補者たちから袋叩きに近い質問攻めにあうのを見たからだ。

 ブルームバーグをめぐる論点は2つ。1つは、ニューヨーク市長時代、同市の警察の「ストップ・アンド・フリスク」政策を支持したこと。サンダースは、「乱暴な方法でアフリカ系やラテン系の人々を追った」と非難した。

 これに対しブルームバーグは、恥ずべきことだと認め、すでに謝罪している、と答えた。

 2つ目は、経営者時代に女性に対し差別的発言があった、とウォーレンに指摘されたこと。

 彼女はこう追及した。

「われわれは女性を『デブ女』や『馬面をしたレズビアン』と呼ぶ富豪と戦っている。いいえ、私はドナルド・トランプのことを言っているのではありません。ブルームバーグ前市長のことです」

 これらの点はテレビ討論会以前から、マスコミで繰り返し指摘されていた。いわば想定内の質問である。しかし、ブルームバーグは質問に驚き、及び腰で答えた。

 その姿に、大統領の器を見出すことは難しかった。

『ニューヨーク・タイムズ』は毎回、テレビ討論会での言動に、20人近い識者からの得点によって順位をつけている。この日のブルームバーグの順位は最下位で、10点満点中2.9点という惨憺たる結果に終わった。

 しかも、ブルームバーグはスーパーチューズデーが終わると、そそくさと選挙から降り、バイデン支持に回った。広告費だけで5.5億ドル(約600億円)超という史上最高額の私費を注ぎ込んだブルームバーグは、ほとんど爪痕を残すことなく選挙戦から去った。

不死鳥のようによみがえったバイデン

 スーパーチューズデーの夜、各州の開票速報をテレビで見ていた私は、バイデンがほとんど選挙活動をしていなかったミネソタ州やマサチューセッツ州でトップが確定していく経過を見ながら、3日前のサウスカロライナ州での地滑り的大勝の後、ライバルの選挙戦離脱とその支援を得て、選挙の勢力図が塗り替わったことを知った。

ほとんどの人が見切りをつけていたバイデンが不死鳥のようによみがえった1日だった。

 最大の代議員数を持つカリフォルニア州ではサンダースが勝った。ほかに、地元バーモント州やコロラド州など4州で勝利した。

 しかし、テキサスを含む10州ではバイデンが勝利を収めた。

 獲得した累計代議員数の合計みると、

1位:バイデン 706人

2位:サンダース 627人

3位:ウォーレン 81人

4位:ブルームバーグ 55人

 スーパーチューズデーの夜、ロスで勝利宣言をしたバイデンは、顔を紅潮させて、こう叫んだ。

「今日はいい1日だ。これから(夜が更けるにつれ)もっとよくなりそうだ。〈中略〉数日前、スーパーチューズデーになれば、(バイデンのキャンペーンは)終わるだろう、とメディアや評論家は言った。けれど、今日はもう1人の男(のキャンペーン) が終わったのかもしれない」

 と語り、サンダースに勝利したことを告げた。私はこの日ほど、エネルギッシュなバイデンの姿を見たことはなかった。

決着は「ミニスーパーチューズデー」へ

 同夜、地元バーモントで支援者集会を開いたサンダースは、

「大統領選挙を始めたとき、誰もが無理だ、と言った。けれど、今夜、絶対的な自信をもって言おう。われわれは、民主党の大統領候補となり、われわれの国で最も危険な(トランプ)大統領を倒す」

と語り、まだ選挙戦を続行すると表明した。

 ウォーレンはスーパーチューズデーの翌々日に選挙戦から撤退することを表明したが、誰を支持するのかは態度を保留した。

これによって、選挙戦に残る候補者は、実質的にバイデンとサンダースの2人となった。

 サウスカロライナ州の予備選以前は、スーパーチューズデーでサンダースが勝利を収め、大統領候補者への切符に近づくだろうと予想されていたが、この逆転劇により、決着は1週間後の3月10日、6州で同時に選挙が行われる「ミニスーパーチューズデー」に持ち越されることになった。

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横田増生
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。関西学院大学を卒業後、予備校講師を経て米アイオワ大学ジャーナリズムスクールで修士号を取得。1993年に帰国後、物流業界紙『輸送経済』の記者、編集長を務め、1999年よりフリーランスに。2017年、『週刊文春』に連載された「ユニクロ潜入一年」で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞(後に単行本化)。著書に『アメリカ「対日感情」紀行』(情報センター出版局)、『ユニクロ帝国の光と影』(文藝春秋)、『仁義なき宅配: ヤマトVS佐川VS日本郵便VSアマゾン』(小学館)、『ユニクロ潜入一年』(文藝春秋)、『潜入ルポ amazon帝国』(小学館)など多数。

Foresight 2020年4月11日掲載

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