「東京五輪」は来年も開催できない!

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“子や孫のためなら”

〈前出の『サリエルの命題』ではそのことがはっきりと記されている。

 感染爆発が広がる中、薬「トレドール」が効果抜群だということが判明。しかし、国には150万人分しか備蓄がない。まず誰に投与すべきか――。政府が想定していた「順位」は、妊婦や子ども、若者を優先し、高齢者は道を譲るというもの。「我が国の将来を守るため」という観点からの選択だが、これを表明した途端、世論は二分され、大激論が巻き起こる……。〉

 現状、新型コロナには「アビガン」という新型インフル薬が効き目ありとされています。仮にこれが特効薬になるとして、しかし、現在の日本には備蓄は200万人分しかない。とてつもない爆発が起こった時、全国民にそれは行き届かないことになるんです。

 その場合、当然、「優先順位」が付けられるのですが、実はそれは既に決まっていると思います。

 国は現在、新型インフルの発生に備え、「プレパンデミックワクチン」を備蓄していますが、その量は1株1千万人分。大量に発生した場合、全員に行き届かないため、「新型インフル対策特措法」の中で、「医療従事者」「対策に従事する公務員」といった人々にまず「特定接種」を行い、続いて一般住民に「住民接種」を行う。その際の順位については、国民を「(妊婦を含む)医学的ハイリスク者」「小児」「成人・若年者」「高齢者」の4分類に分け、「我が国の将来を守ること」に重点を置いた場合、若者を先、高齢者を最後にするという考え方を提示しているのです。

 これを議論した途端にとんでもないことになりますからあまり報じられていませんが、新型コロナの特効薬の処方についてもこの考え方が踏襲される可能性があります。つまり、あなたが高齢者だとして、新型コロナで重症化した場合、特効薬が使えるとは限らない。既に「優先順位」はつけられていて、若者が優先されるだろう。そしてこれは薬だけではなく、治療の場面でも同じで、感染者数が爆発し、治療できる病床が不足した場合、やはり優先してベッドに入るのは若者となるのではないでしょうか。しかし、果たしてどれだけの人がそのことを知っていますか。そして、それを受け入れる覚悟はどれだけあるのでしょうか。ほとんどの人はそれを意識すらしていない。が、意識しなければ“その時”大混乱を招く。それを問う意味もあって、私は『サリエルの命題』を著しました。

 実は、世界では既にこの問題が顕在化しています。

 新型コロナで医療崩壊の危機に瀕しているイタリアのある州では、これ以上、病床数の不足が深刻化した場合、80歳以上の患者には集中治療を受けさせない、というガイドラインが検討されています。

 更には、アメリカのテキサス州では、副知事のダン・パトリックが、「私のような高齢者を救うために経済を崩壊させないでほしい。子や孫のためだったら喜んで死ぬ。コロナのために国の将来を犠牲にしないでくれ」と声明を出している。

 昔から沈む船から逃がすのは、まず「女子どもが先」と決まっていました。社会の維持、再生産のためになくてはならないからです。しかし、今の日本人、とりわけ高齢者にその覚悟があるかと言えばまったく心もとない。私も現在、62歳とそのとば口にいますが、どうかこの事実とその是非を深く考えてほしいものです。

 でも、今、映画「三島由紀夫vs東大全共闘」に高齢者が行列を作っているんですって? ハイリスクな彼らがこの程度の自覚では、いずれ最悪の事態が日本を襲っても、何の不思議もありませんが……。

 コロナとの戦いはまだ緒に就いたばかり。

 メディアも政府の対策について盛んに論評していますが、解決策を国に求めてばかりではダメ。感染を封じ込めるためには人やモノの流れを断てば良いのですが、すると経済がダメになる。逆に経済を優先すれば、感染のリスクを高める。どちらに転んでも批判が出る以上、国の対策は中途半端になりかねない。

 それよりも問うべきは個人個人の行動です。うかつに人の密集する場所に行かない。閉鎖空間を訪れない。手洗い、うがいを徹底する。これを行えば、感染爆発は防げるはず。政府にああだこうだ言う前に、己が自重する。それこそが最大の解決策だと思いませんか。

 コロナは我々に様々な問いを突き付けているのです。

楡周平(にれしゅうへい)
作家。1957年生まれ。慶應義塾大学大学院修了。96年、米国企業在職中に著した『Cの福音』で作家デビュー。以後は執筆に専念し、『再生巨流』『鉄の楽園』など、時代を先取りしたテーマで話題作を発表し続けている。

週刊新潮 2020年4月9日号掲載

特集「『東京五輪』は来年も開催できない!」より

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