再審無罪確定の西山美香さん 大西裁判長の「説諭」と「判決文」に涙が出た
アラームの矛盾
とはいえ、捜査陣は、呼吸器を外したのにアラーム音が鳴っていないという矛盾を解決しなくてはならなかった。調べるうちに消音機能に目を付けた。押せば音が止まるが1分後には再び鳴る。だが1分経たないうちに押せば鳴らない。それを知った山本刑事は西山さんが「頭の中で秒を数えて60になる前に押した。男性が死ぬまで繰り返した」と供述したという調書をねつ造する。だが元来、看護助手には呼吸器を扱う資格はなく、西山さんがそんな仕組みを知っていたはずもなかった。すべて山本刑事の捏造だった。
主任弁護人の井戸謙一氏(66)は元裁判官。裁判資料を緻密に読み込むうち、不自然な西山美香さんの供述の変遷に気づき、「おかしい、取り調べ刑事に誘導されている」と感じた。男性患者の血中カリウム値が極端に低かったことなどから、再鑑定の結果、致死性の不整脈で患者さんが自然死した可能性の高いこと。さらに山本刑事の不正な誘導やインチキの調書づくりなどが判明した。
大津地検は4月2日、早々と控訴を断念し、西山さんの無罪が確定した。
再審公判二回目の結審時に検察は「確定審まで通りの主張はするが新たな有罪立証はしない」とし論告求刑も放棄した。再審裁判では検察が完全に白旗を挙げる無罪論告もあるが、それはしない。無罪を認めないのなら有罪を主張して懲役何年とか論告求刑すればいいはずだ。検察は当初は争う姿勢も見せたが、県警が患者が酸欠による窒息死以外の可能性を示唆する鑑定など不利な証拠を検察にあげていなかったことがわかると、事実上、白旗を挙げたのだ。大津地検で「出鱈目調書」を作成したのは現在、福島地検検事正に出世している早川幸延検事だ。優秀な井戸弁護士相手に争うと、薄々、無実とわかっていながら立件を進めてきた経緯が暴露するからだ。
若い大西直樹裁判長は「取り調べや証拠開示などが一つでも適切に行われていれば、逮捕起訴はなかったかもしれません」「西山さんの15年を無駄にしてはならない。刑事司法に関わる関係者が自分のこととして考え、改善に結びつけなくてはならない」と語った。再審無罪の判決でもこのような言質は異例だ。
不正な捜査に触れずに「自然死であり殺人ではないから無罪」だけでも判決文を書けた。しかし大西裁判長は警察、検察、そして裁判所の在り方について勇気をもって問いかけたのだ。「西山さんが否認しても供述調書にされず、その一方で大量の自白調書が積み重ねられました」「15年の歳月を経て初めて開示された証拠が多数ありました。一つでも適切に開示されていれば本件は起訴されなかったかもしれません」「警察、検察、弁護士、すべての裁判官が今回の事件を人ごとに考えず、自分のこととして考え、改善に結び付けなくてはなりません。西山さんの15年を無駄にしてはなりません」などと指摘した。これは裁判所の記録としては残らないが、永遠に残すべき発言だ。
「ヒラメ(上ばかり見ている)裁判官」だらけの裁判所にあって、若い裁判官たちが大西裁判長のように変わってほしい。
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