いち早い「戦時経済対策」すでに「戦後復興」も「仏コロナ対策」の充実度

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 4月7日、安倍晋三首相は「緊急事態宣言」を発令し、同時に史上最大規模となる108兆円規模の「緊急経済対策」も発表した。

 が、規模はともかく、時期については、海外からも「遅すぎる」との批判が出た。

 日本と対照的に、フランスの対応は早かった。

 3月12日、「新型コロナウイルス」禍が始まって初のテレビ演説で、エマニュエル・マクロン仏大統領は「総力戦」を訴えた。

 さらに、外出規制を発表した3月16日のテレビ演説では、

「私たちは戦時下にある。これは保健衛生戦争です。たしかに軍隊とも他国とも戦ってはいません。しかし、敵はそこにいます。見えず、とらえどころがなく、前進しています。私たちの総力を必要とします」

 と述べた。

 これをうけてブリュノ・ルメール経済財務相は「経済金融戦争」であると表明した。

 ここで言う「戦争」は、米中貿易戦争などといった比喩ではない。

 新型コロナ禍の経済への影響について、ルメール経済財務相は、

「この世界経済と実体経済にかかわる危機は、1929年の危機としか比較できない」

 と断定する。

 2008年のリーマンショックや2010~12年のユーロ危機は、金融危機が経済全体に波及したものだった。

 だが、新型コロナは人とモノの動き、社会活動そのものを直撃している。しかも、その原因は金融市場などではなく、人の命を現実に大量に奪う厄介なウイルスである。

「景気対策」ではなく「戦時政策」

 3月12日のテレビ演説でマクロン大統領は、新型コロナの蔓延を、

「ここ1世紀で最大の保健衛生危機である」

 とした。

 1世紀前というと、スペイン風邪の大流行である。このときは第1次世界大戦のために十分な対策ができず、フランス国内で24万人の死者が出た。

 もし今、伝染病対策以外のことを優先すれば、スペイン風邪同様の死者が出る。これを、“人口のたった0.4%だ、しかもその大部分は高齢者や病気持ちだ”といって無視するという道もあるだろう。しかし、フランスは、その道をとらなかった。

 この厄介な敵に対しては、総力で戦わなければならない。そこで、経済もまた長く激しい総力戦の一部とする、と割り切った。

 すなわち、もはや「景気対策」ではない。それは平時の話であって、いまは戦争中なのである。

 当然、経済は犠牲になる。

 仏国立統計経済研究所(INSEE)の発表では、1週間の外出規制で、フランスの産業は通常の能力の65%にまで落ち込んでいる。

 一方経済財務省は、観光、ホテル、レストラン、イベントといった分野の活動は通常の0から10%、自動車製造販売は15から 20%、家具、化粧品、機械、プラスチック、繊維ファッション業界も20%の稼働で、建設現場も8割が停止しているとした。

 INSEEは、さらに1カ月の外出規制はGDP(国内総生産)を年率マイナス3%にする、と予測する。

 外出規制が始まった5日後に成立した補正予算では、GDPのマイナス成長を1%と仮定しているが、これは、あくまでも予測の幅の上の方にすぎないと経済財務省も認めている。

 財政赤字も、本年度予算ではGDPの2.2%を予測していたが、補正予算ではGDP比3.9%とした。これもまたさらに増える可能性はある。しかし、

「家が火事の時、火を消すのに水が何リットルかは計算しません。今日、労働者が保健衛生危機のあとで経済社会危機を経験しないようにすべての手段を出します」(ジェラルド・ダルマナン行動公会計相)。

 この方針には、各界とも賛同している。ニコラ・サルコジ大統領時代の首相付経済分析委員だった経済学者のエリー・コーエン氏もいう。

「第2次世界大戦のときには国家債務が200%を超えましたが、それは戦争が終わってからあらためてみた結果にすぎません。いまは戦争に勝つために全力を尽くすだけです。戦争が終わってから経済回復を考えればいい」(『france info』)

 EU(欧州連合)もまたユーロの基準値(財政赤字GDP比3%、政府債務GDP比60%)の枠にはこだわらないと決めた。

実行されはじめた様々な支援策

 3月12日の大統領演説で経済支援策も示唆されたが、外出規制が始まった17日に公式発表、20日には補正予算が成立、実行にうつされた。

 その内容は、450億ユーロ(約5兆4000億円)の支援と3000億ユーロ(約36兆円)の政府保証である。

 先に政府保証について説明すると、企業の流動性支援のために、民間銀行からの新規融資を公的金融機関である「Bpifrance」が90%保証するというもの。

 融資限度はフランス国内で雇用している従業員の給与2年分または年間売上高の25%のいずれか多い方である。

 そのほかの支援策は、以下の通りだ。

■企業の直接税・社会保険料の納付猶予

■直接税の減免

■一時帰休の条件緩和(法定最低賃金の者は100%、4.5倍までの賃金は84%国家が肩代わり。派遣社員にも適用)

■スタートアップ企業向け措置(企業が転換社債を発行しBpiFranceと民間投資家が同額引き受ける。付加価値税の還付と法人税=会社税=研究開発投資の税還付の前倒し)

■「連帯基金」を創設し、打撃の大きな業種の零細企業個人事業主等に1500ユーロ(約18万円)助成

■困難に陥った零細企業の水道・ガス・電気料金、事務所賃貸料などの支払いの猶予

■銀行融資の返済済条件変更についての、国とフランス銀行による仲裁

■「企業仲裁者」(既存の公共機関)による顧客や納入業者とのトラブル処理支援

■公共調達において新型コロナを不可抗力と認め、遅延ペナルティの対象としない

 なお、経済対策ではないが、この緊急対策費のうち20億ユーロ(2400億円)は病気による欠勤手当、マスク、医療関係者報酬にあてられている。

 一時帰休については、通常の給料日に企業が支払い、そのあとで、企業に助成が出る。不正受給は総額の返済、5年間のあらゆる助成金受給禁止、2年以下の禁錮と3万ユーロ(約360万円)以下の罰金となる。ただし、従業員は給料を返還する必要はない。

「連帯基金」は、3月現在12億ユーロ(1440億円)で、そのうち63%は国、21%は州、17%は保険会社からの拠出である。

 対象は、給与従業員10人以下の企業、非営利社団、個人事業主、アーチスト・作家などで、前期の年収が100万ユーロ(1億2000万円)未満で売上が減ったものである。

 さらに一定条件のもとで2000ユーロ(約24万円)が追加される。売上減は当初、前年比70%とされていたが、ハードルが高すぎるというので、あらためて50%に下げた。

 3月前半は普通に開店していたが、昨年の「黄色いベスト運動」のためにすでに売上が減っていたため、大部分の売上減少は30%から60%だ、という抗議の声にこたえたものである。

 この他、もともと従業員に1000ユーロ(約12万円)の追加手当を無課税、社会保障費免除で支払える制度があったが、使用条件を緩和して中小零細企業でも使えるようにし、さらに2000ユーロまでに上げた。

 休校の子供の世話のため会社を休まなければならないときには、有給休暇とは別扱いで健康保険から給与の50%が日割りで出される。隔離や入院のときも同様である。

 フランス金融市場庁(AMF)は、3月18日から4月16日まで792銘柄について新規の空売り、および空売りを現在のポジションよりも増やすことを禁止している。

 一時帰休助成の対象者を、政府は360万人と見込んでいたが、4月7日現在で580万人を数える。

 また、零細企業などを支援する連帯基金からの助成も基準がかわった。当然、450億ユーロからさらに膨れ上がり、医療関係費も増えている。今後あらためて第2次補正予算が組まれる予定である。

「戦後復興」はどうする

 日本の「緊急経済対策」にはコロナ禍終息後の経済回復の予算も入っているが、今まで述べた経済対策は、あくまで「戦時中」のものである。

 ひとたび新型コロナ禍を克服したら、今度は戦後復興だ。その時にはEUと協調して現代版マーシャルプランを実行する。

 だが、ただ公共投資やばら撒きをしてもだめだ。その段階で、産業が大企業からすそ野の中小零細企業まで残っているのか、雇用は守られているのかがカギとなる。

 ルメール経済財務相は、補正予算案の議決を前に『フィガロ』紙にこう語っている。

「フランスは、解雇の安易さではなくスキルを保持することを選びました。それには費用が掛かります。しかしこの費用は私たちがより速くより強く再出発することを助ける投資なのです」(3月21日)

 挙国一致を求め、国民に忍耐を強いながら、一部だけを優遇することはできなない。それゆえ一連の政策は、大企業の経営者や正社員はもちろん、中小企業、零細企業、派遣社員、フリーランスにも一様に配慮している。 

 もちろん、理念だけでこの選択となったわけではない。経済財務省の補佐官は言う。

「中小企業の織りなす組織を崩壊させるほうが高くつく。彼らが現在の乱気流を乗り越えるのを手伝う方が良い」(『フィガロ』3月28日)

 ちなみに、マクロン大統領が総力戦を語り、経済の方針も明らかにした3月12日、フランスの感染者数は累計2876人、検査数は約3500件で陽性判定は700人と、地域的にも偏りがあり、まだ感染爆発ではないとされていたのだ――。

広岡裕児
1954年、川崎市生まれ。大阪外国語大学フランス語科卒。パリ第三大学(ソルボンヌ・ヌーベル)留学後、フランス在住。フリージャーナリストおよびシンクタンクの一員として、パリ郊外の自治体プロジェクトをはじめ、さまざまな業務・研究報告・通訳・翻訳に携わる。代表作に『エコノミストには絶対分からないEU危機』(文藝春秋社)、『皇族』(中央公論新社)、『EU騒乱―テロと右傾化の次に来るもの―』(新潮選書)ほか。

Foresight 2020年4月9日掲載

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