グローバル「コロナ禍」で顕在化した「機能しない」WHO「連携弱体化」G7

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 ドナルド・トランプ米大統領は2年前にスイスのダボス会議で、グローバル化がもはや機能しない枠組みである、と明言した。

 それに対して中国の習近平国家主席は、グローバル化こそ世界の平和と繁栄に貢献している、と反論した。

 しかし、目下の「新型コロナウイルス危機」によって、グローバリズムが試練に晒されているのは間違いない。

 まず、ウイルス感染の拡大を防ぐ防波堤の役割を果たすはずの世界保健機関(WHO)が、ほとんど機能していない。そして、新型コロナが猛威を振るうなかで、世界各国の対処法はバラバラであり、情報の共有すらなされていない。

 なによりも、人類は宇宙にまで行けるような時代であるにもかかわらず、世界各国で医療用マスクと防護服が極端に不足している。

 これは明らかに生産能力の問題ではなく、ウイルス感染に対処するグローバルな協力体制が整備されていないからである。

「夫婦関係」の米中だが

 新型コロナ危機の震源地は中国の武漢市だったが、習政権は強国復権の夢を人民に語り、「一帯一路」プロジェクトの建設を進めている中で、自国内では、感染者を受け入れる十分な医療施設すら整備されていなかったことが世界中に知れ渡った。これでは、中国が強国になれるはずがない。

 こうした状況下で、世界1位と2位の経済大国の関係、すなわち米中関係に焦点を当ててみると、両国は極端な相互不信に陥っていることがわかる。極論すれば、米中はかつての米ソ関係に近づいていると言えるかもしれない。

 米中貿易戦争が勃発した当時、アメリカの政治学者の多くは、米中が新たな冷戦に突入しつつあり、米中のディカップリング(分離)が不可避であると指摘していた。

 中国の汪洋前副首相は、米中関係は夫婦関係のようなものである、と述べたことがある。この喩えに即せば、米中のディカップリングは夫婦の離婚に似ていると言える。

 目下の米中関係は、米プリンストン大学visiting scholar(客員研究員)の中国人国際政治学者・馮勝平(習政権の理論的支柱である王滬寧常務委員の、復旦大学時代の同窓)は、

「米中は互いに相手を倒せず、相手から離れず、相手を信じず」

 の関係と総括している。馮が言おうとしているのは、米中関係はよくないが、戦争に突入する可能性は低い、ということである。

 米中が軍事衝突するとすれば、もっとも可能性が高い場所は、南シナ海と台湾海峡である。新型コロナの感染が拡大するなかの2020年1月17日、アメリカの艦船が台湾海峡を通過するなど、緊張関係が続いている。こうした行為は、中国は自国への警告と受け止める。

 中国国内の研究者の中には、欧米諸国が新型コロナ危機への対応に奔走している今こそ台湾を統一する好機、との提言をインターネットにアップしている者もいる。まるで一触即発の状況のように見える。

 国際政治学的に見れば、中国にとって台湾は核心的な利益であるが、アメリカにとって台湾は、国家安全保障と外交上のカードであり、核心的な利益ではない。

 馮によれば、いざ台湾海峡で有事になったとき、アメリカは台湾を守るために武力介入するのか、それとも台湾を見捨てるか、というオプションを考えた場合、アメリカは計り知れない犠牲を払ってまで武力介入して台湾を守る可能性は高くないはずだ、という。

 現在アメリカが保有する核弾頭は7000個に上るといわれているのに対し、中国は600個の核弾頭を保有していると推計されている。米中が核戦争に突入すると、人類は地球から消滅する計算になる。現状では、その可能性は限りなく低いと判断される。

容易に増幅する「対立」

 問題は、米中の不信が世界を新たな冷戦へと導く可能性である。

 新型コロナの感染がまだ終息していないなかで、米中の対立はすでに増幅している。中国外交部スポークスマンの趙立堅氏はツイッターで、

「新型コロナは米軍によって中国に持ち込まれた可能性がある」

 とつぶやいた(中国では、一般的にツイッターへのアクセスが禁止されている。趙氏がどのようにしてツイッターにアクセスしつぶやいているかは不明)。

 少なくとも、外交部のスポークスマンである趙氏は、このつぶやきのなかでその科学的な根拠を示さず、可能性だけ主張した。

 その後、崔天凱駐米中国大使は米国務省に呼び出されて抗議を受けたとき、

「ウイルスがどこから来たかは科学者が立証する仕事であり、外交部の人が云々することではない」

 と釈明した。冷静かつ常識的な見解と言える。

 だが不可解なのは、外交部のスポークスマンはなぜ喧嘩を売るように、好戦的な姿勢を示さないといけないのか、ということだ。

 むろん、アメリカ政府も黙っていない。トランプ大統領は新型コロナを「中国ウイルス」と呼んだ。これは中国政府にとってもっとも気持ちの悪いことの1つである。売られた喧嘩をトランプ大統領が買った格好である。

 その後、中国外交部スポークスマンは記者会見で、繰り返して「中国を汚名化しないでほしい」と反論した。

 こうして見ると、米中は些細なことでも、すぐに大喧嘩に発展しがちになっており、関係修復は簡単ではない。米中のいずれも歩み寄る姿勢を示さないのは問題である。今後、米中はあらゆる局面において対立し、しかも増幅していく可能性が高い。

試される「G7」の連携と協調

 こうしたなかで、日本の国際戦略は依然として、外交安全保障はアメリカに依存しながら、経済的には中国に依存する構図になっている。主体性を欠いた国際戦略により、日本は国際社会における存在感を失ってしまっている。

 新型コロナの感染が拡大するなかで、G7(主要7カ国)において日本は少なくとも4月6日までは唯一「緊急事態宣言」を行っていなかった国であり(7日夕発令)、しかも、現在でもPCRの全数検査を実施していない。アメリカの駐日大使館は、日本在住のアメリカ人の早期帰国を促す羽目になっている。

 日本人、とりわけ若い人たちの危機感のなさが際立っている。海外からは、日本はまるで国際社会からかけ離れている孤島のような存在に見える。

 ウイルス感染はすでに市中感染のステージになっているにもかかわらず、安倍晋三政権は依然として水際作戦の効果を信奉している。

 また、住民に対する外出自粛要請も性善説に立脚するものであり、その効果は疑わしい。

 ウイルス感染症に対処するやり方について、中国の熟語に「長痛不如短痛」という言い方がある。その意味は、

「長期にわたって痛みを耐えるよりも、短期のうちに痛みを鎮めるべき」

 ということである。しかし、安倍政権は経済への影響を心配するあまり、緊急事態宣言に躊躇しつづけた。

 新型コロナ危機はグローバル社会を大きく変えようとしている。米中の新冷戦構造が確立しつつあるなかで、G7の連携と協調が試されている。「アメリカファースト」を唱えるトランプ大統領は、グローバル社会を束ねていくコストをこれ以上払うつもりがないと明言している。

 新型コロナ危機に対処する、G7をはじめとするグローバル社会の無力さは、これからの国際協調の危うさを物語っていると受け止められる。

 国際政治において仮想敵を見つけるのは、パワーゲームを終わらせて新たな均衡に達するための方法であるが、目下の新型コロナは目に見えない敵である。先に述べたように、WHOは十分に機能していない。G7の連携も弱体化している。

 中国はイデオロギーと価値観の異なる国であり、これからどのような枠組みを構築して中国と向き合っていくかが、G7の首脳に課されている宿題である。

柯隆
公益財団法人東京財団政策研究所主席研究員、静岡県立大学グローバル地域センター特任教授、株式会社富士通総研経済研究所客員研究員。1963年、中国南京市生まれ。88年留学のため来日し、92年愛知大学法経学部卒業、94年名古屋大学大学院修士取得(経済学)。同年 長銀総合研究所国際調査部研究員、98年富士通総研経済研究所主任研究員、2006年富士通総研経済研究所主席研究員を経て、2018年より現職。主な著書に『中国「強国復権」の条件:「一帯一路」の大望とリスク』(慶応大学出版会、2018年)、『爆買いと反日、中国人の行動原理』(時事通信出版、2015年)、『チャイナクライシスへの警鐘』(日本実業出版社、2010年)、『中国の不良債権問題』(日本経済出版社、2007年)などがある。

Foresight 2020年4月8日掲載

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