「新型コロナ禍」は韓国「4.15総選挙」をどう動かすか(上)

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 韓国で最初の「新型コロナウイルス」感染者が確認されたのは1月20日だった。

 その後、信者数が20万人を超える新興宗教「新天地イエス教会」での集団感染が発生し、韓国は一時、中国に次ぐ感染者数を抱える国となり、国を挙げての新型コロナとの闘いが続いている。

 一方、韓国では4月15日に総選挙が予定されている。この総選挙は文在寅(ムン・ジェイン)政権への「中間評価」でもあり、与党が敗北すれば文政権のレームダック化が急速に進むとみられている。

 2022年春に予定されている大統領選挙の前哨戦でもあり、韓国の進歩政権が続くのか、保守が政権を奪還するのかを占う選挙にもなる。

 新型コロナの感染拡大で総選挙延期の声も少しは出たが、朝鮮戦争(1950~53年)の最中でも大統領選挙をやった(1952年)国だけに、4月15日投票のスケジュールは動きそうにない。

 この4月総選挙の行方を決定する重要な「変数」となっているのが、新型コロナ対策だ。

 韓国民が文政権の対策を失敗と判断すれば与党は敗北し、成功と評価すれば与党は勝利するだろう。

 韓国の「コロナ事態」の推移と、4月総選挙に向けた流れを検証した。

広がった「嫌中感情」

 文大統領が最初に「新型コロナ緊急対策会議」を招集したのは、最初の感染確認から1週間後の1月27日だった。大統領はそこで武漢からの入国者に対する全数調査を指示した。

 問題となったのは、中国との関係だった。

 与党「共に民主党」の李仁栄(イ・インヨン)院内代表は、「困った時の友人が本当の友人だ。このような時ほど韓中両国は国民の嫌悪感を煽るような行動は控えるべきだ」と訴えた。

 だが、野党や保守陣営からは文政権の対中姿勢を問う声が高まった。青瓦台ホームページの国民請願掲示板に1月23日に上がった「中国人の入国禁止」を求める書き込みへの賛同者は、5日間で50万人を突破した。同時に、文政権への「弱腰外交」との批判が高まった。

 こうした状況を受けて、韓国政府は2月2日に丁世均(チョン・セギュン)首相主催で対応会議を開き、同4日から過去2週間以内に湖北省に滞在した外国人の入国を禁止することを決めた。日本は2月1日から同様の措置を取っており、これと同じ水準の対応だった。済州島への中国人のノービザ入国制度も一時中断した。

 またこれまでは、湖北省からの入国者以外は肺炎と診断されない限り検査を受けることができなかったが、発熱、咳の症状だけで検査を受けることができるようにした。

 韓国が湖北省以外の中国からの入国を禁止しなかった背景には、韓国内で予定されている4月の総選挙や、習近平中国国家主席の訪韓問題が関係していたとみられる。

 青瓦台は昨年12月の中韓首脳会談後に、「習近平国家主席の来年上半期の訪韓が確定的」とし、3月から4月、早ければ3月中の訪中実現を目指していた。

 かつて朴槿恵(パク・クネ)政権時代、韓国が在韓米軍基地への最新鋭迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」配備を決めると、中国側はこれに激しく反発した。中国は観光客の制限、韓流文化の規制、中国内の韓国企業への圧迫、化粧品など韓国製品への不買など様々な報復措置に出た。

 文政権に交代後の2017年10月、韓国側が「ミサイル防衛(MD)、THAADの追加配備、日米韓軍事協力」をしないという「3不」を約束して中国と手打ちしたが、中国人観光客や韓流への規制などの「限韓令」が全面的に解除されたとはいえない状況が続いている。

 文政権や与党は、4月の総選挙前に習近平主席の訪韓を実現し、これらの規制を完全に解除し、景気浮揚を図ろうという思惑があった。その思いを引きずっていたため、中国人の入国全面禁止という強硬手段を取ることができなかった。

 これは、日本政府が「桜の咲く頃」の習近平訪日の計画にこだわったために、3月5日に訪日延期を決めるまで中国からの入国規制を見送っていた事情とよく似ている。

 安倍晋三首相は訪日延期の発表をした後に、中国・韓国からの入国者に指定場所で2週間待機し、国内の公共交通機関を使わないことを要請するとし、発行済みの査証(ビザ)は無効とした。事実上の入国禁止だが、これを早くできなかったのは習近平主席の訪日計画があったからだ。

 逆の見方をすれば、中国は習近平主席の訪日、訪韓を「カード」に中国人の入国禁止をしないように、日韓それぞれに圧力を掛けることに成功したといえる。

 むしろ韓国では、新型コロナのために「嫌中感情」が広がり、感染拡大で、習近平主席訪韓は総選挙前にはむしろマイナスになった。

鍾路区での「ビッグマッチ」

 こうした状況でも、韓国の4月総選挙に向けた動きは活発になっていった。

 総選挙は2年後の大統領選挙の前哨戦でもあるが、その象徴となる選挙がソウルの「政治1番地」といわれる選挙区・鍾路で実現することになった。

 与党「共に民主党」は早くから李洛淵(イ・ナギョン)前首相の立候補を決めた。これに対し、野党「自由韓国党」では、黄教安(ファン・ギョアン)代表の立候補を求める声が強かったが、当初黄代表は立候補表明をためらっていた。

 理由は簡単だ。

 負ければ、「自由韓国党」の大統領候補となる可能性が消えるばかりか、党代表の座も去らなければならないからだ。保守が強いソウル市江南区周辺や、比例区からの立候補も考えたようだが、結局はこの「難関」を通らずには「大権(大統領)」への挑戦は不可能だ、と出馬の覚悟を決めたようだ。

 世論調査会社「韓国ギャラップ」が1月14~16日に実施して1月17日に発表した世論調査では、次期大統領として誰がよいかという設問に対し、第1位は李洛淵前首相で24%、第2位は黄教安「自由韓国党」代表で9%、第3位は安哲秀(アン・チョルス)元議員で4%、第4位は李在明(イ・ジェミョン)京畿道知事で3%、第5位が朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長で2%、という情勢だった。

 つまり、世論調査で第1位と第2位の政治家が同じ選挙区で対決することになったのである。

 保守政党の中でも、黄教安代表を鍾路に立候補させることには様々な思惑があった。

 保守の中は、今でも朴槿恵大統領への評価をめぐり分裂状態だ。

 前回の総選挙は、朴政権下の2016年4月で行われた。このときは当時の野党「共に民主党」がソウルなど首都圏で圧勝、123議席の第1党になって予想外の勝利を手にし、与党「自由韓国党」は1議席差の122議席で第2党に転落した。

 ただ「自由韓国党」は最終的に無所属で当選した議員を入党させて第1党の座を確保するが、2017年の朴大統領の知人女性による国政壟断事件で大統領が弾劾され、このとき「自由韓国党」も分裂した。

 黄教安代表は朴政権下の最後の首相であり、どうしても朴大統領のカラーを脱することができない。

 韓国国会は解散がないため、朴大統領は弾劾で辞職したが、国家議員は朴槿恵派が多数のまま温存された。

 黄教安元首相は2019年2月の「自由韓国党」代表選で代表に選出された。しかし「自由韓国党」内でも、公安検事出身で守旧的保守のイメージの強い黄代表では大統領選は勝てない、とみる人々が多い。

「脱・朴槿恵」を目指す保守勢力からすれば、黄教安代表を総選挙で早く葬り去り、李洛淵前首相と互角に戦える候補を擁立しなければならない。そのために、黄教安氏の鍾路立候補への圧力を加え続けたわけだ。脱・朴槿恵勢力は、総選挙に勝って黄教安氏が落選する、というシナリオが最も理想的なわけである。

 黄教安代表にとっては、政治生命を賭けた総選挙となる。

 世論調査では圧倒的に李洛淵前首相が有利だが、新型コロナ対応などで文政権が失敗をすれば、この煽りで負ける可能性がないわけではない。

保守の1本化

 韓国ではこれまで4月総選挙に向けて政界再編が進んでいたが、2月17日、第1野党の「自由韓国党」(105議席)、保守系野党第3党の「新しい保守党」(7議席)、前進党(1議席)3党が保守系政党の1本化を実現させ、「未来統合党」(113議席)を発足させた。

 与党「共に民主党」はこの時点で129議席だが、「未来統合党」は、比例区用につくった「衛星政党」である「未来韓国党」の5議席を合わせれば118議席になる。

「自由韓国党」の黄教安代表や沈在哲(シム・ジェチョル)院内代表などはそのまま職責に残り、「朴大統領弾劾」で離党し無所属だった元喜龍(ウォン・ヒリョン)済州島知事や金栄煥(キム・ヨンファン)議員などが執行部入りした。

 保守勢力では、「朴大統領弾劾」で「ハンナラ党」から劉承旼(ユ・スンミン)議員らが脱党分裂し、2017年12月に「正しい政党」を結成した。

 さらに劉承旼議員らは中道の安哲秀氏の「国民の党」と一緒になり、2018年2月に「正しい未来党」を結成していた。

 だが、この「正しい未来党」は総選挙を前に今年1月に分裂。劉承旼議員ら保守系は「新しい保守党」を、安哲秀氏ら中道系は「国民の党」を結成した。

 全羅道を基盤にした「正しい未来党」、「代案新党」、「民主平和党」の3党も一本化し「民生党」を結成した。

 これで4月総選挙は進歩派の「共に民主党」、保守派の「未来統合党」、中道派の「国民の党」に加え、全羅道基盤の「民生党」、左派の「正義党」の5党で争われることになったが、これから各党ともに公認候補をめぐる内部調整で混乱が予想された。

効を奏した「国民性」

 韓国の「コロナ禍」状況が急変したのは、2月18日に大邱に住む61歳の女性の感染が判明した時からだった。31番目の感染者だった。

 当初は、この女性がどこで感染したか不明だった。

 ところが2月20日、中央防疫対策本部が、この女性患者の通っていた大邱市内の新興宗教「新天地イエス教会」の大邱教会で、37人の感染が確認されたと発表した。

 しかも女性がこの教会に通った2月9日と16日には約1000人以上の信者がいたと推計され、爆発的な集団感染が危惧される事態となり、それが現実になった。

 文大統領は2月23日、感染危機レベルを「警戒」から最高レベルの「深刻」に引き上げた。韓国で「深刻」が出るのは2009年の新型インフルエンザ以来2回目だ。

 だが、韓国は積極的な検査や感染者の行動を公開する情報公開である程度の押さえ込みを維持している。

 フランスの通信社『AFP』は3月11日、韓国が一時、中国に次いで感染者が多い国になったが、その後の対応で感染率を大きく下げ、死亡率が最も低い国になったと評価し、その理由として大規模な検査能力を、次のように指摘した。

〈韓国は1日に1万5000件以上の検査を行う能力を持ち、既に22万件の検査を実施した。指摘された検査施設が500カ所を超え、この中には感染者と医療スタッフの接触を最小化するドライブスルー施設もある〉

『ルモンド』や『フィガロ』も同様の記事を掲載している。

 韓国では2015年、中東呼吸器症候群(MERS)で38人の死者を出し、診断キットの不足や情報の非公開がその原因と批判された。

 しかし今回、その批判を受けて予め大規模な検査能力を持っていたわけではない。むしろ1月20日に最初の患者が発生した当時は、検査結果が出るまでに24時間を必要とし、検査キットの数も多くなかった。

 ただ、武漢での新型コロナ感染拡大ニュースを見て、韓国のベンチャー企業の一部が検査キットの必要性を判断し、早くも1月中旬ごろから開発を進めていた。

 そして政府も、鄭銀敬(チョン・ウンギョン)疾病対策本部長が1月27日の対策会議の時点で、新型コロナだけを検出する検査キットを31日までに全国の市郡の保健環境研究院に、2月5日までに民間の医療機関に約6時間で検査できる検査法を導入することを目指していると、時間を切った対応を語っていた。それを裏付ける準備があったからだ。

 MERSを経験した韓国では2017年3月、新型感染症発生時に新規診断試薬と検査法を即時に利用できる「緊急使用承認制度」を整えていた。緊急時に臨床実験などを省略し、新しい診断法をすぐに使えるようにしたのだ。

 これが効を奏した。

 食品医薬品安全処と疾病管理本部はこの緊急使用承認制度を使い、1月20日に感染者を確認すると、すぐに診断試薬の公募を行った。

 そしてベンチャー企業側の準備があったこともあり、その後約1週間で検査キットを現場に提供できた。

 加えて、もともと診断検査医学科医師制度があり、約1200人の診断検査医学科専門医がいたことも大きな支えになった。

 また、疾病管理本部は2015年のMERSの経験を経て、本部内に感染症分析センターと診断管理科を設置した。

 疾病管理本部は今回、新型コロナウイルス検体サンプル(陽性4件、陰性3件)を全国の検査機関に送り、これをすべて当てた46検査機関を選び、2月7日から検査を開始した。

 その後、さらに検査機関の数を増やしていった。

 韓国の国民性に「パッリ、パッリ(早く、早く)」があるとよくいわれる。

 早く方針を決め、早く実行するという「即断即決」の国民性が、今回はうまく作用した形だ。

 しかし何より、2015年のMERSの経験から、行政と医療界の協力を迅速に動かすシステムを早くからつくっておいたことが、効果を発揮したというべきだろう。

 試験薬の認証をだらだらと行政の中で持ち回るのではなく、すぐに現場に使えるようなシステムの準備があったということだ。

軽症者は「生活治療センター」へ

 もう1点、韓国の対応で特筆すべきは、検査で感染者が発見されると、感染者の約8割は軽症者なので、病院へ入院させずに、急きょ設置した「生活治療センター」で診断を受けられるようにしたことだろう。

 医療陣で構成された市道別の患者管理班が感染者を軽症、中等度、重症、最重症の4段階に分類し、軽症者は生活治療センターに隔離し、中等度以上を病院へ入院させる方法を取った。

 病院へ入院する患者は重症度に応じて「陰圧隔離病室」や感染症専門病院、国指定の入院治療病床に入院させ、病床が足りない場合や市道間の転院が必要な場合は、「国立中央医療院」の「転院支援状況室」が病床の割り当てを行った。

 軽症感染者は、地域別の生活治療センターの1人部屋へ入所させた。

 この生活治療センターには、国や自治体の運営する各種施設や宿泊施設を活用した。

 感染者が大量に出た大邱市では、「教育部中央教育研修院」を生活治療センターとして利用した。生活医療センターには専門医が常駐し、患者の健康状態を管理し、入院治療が必要になれば迅速に病院へ移送した。

医師が出向いて検査

 韓国の4月2日時点での感染者は9976人だが、その7割以上を占めるのが大邱市で、すでに6600人を超えている。

 大邱市のようにその地区全体が感染したような状況では、健康に異常を感じた人だけを検査していていても感染は収まらない。そこで効果を発揮したのが、公衆保健医師による「移動検査」だ。

 保健福祉部は大邱市で爆発的な感染が確認されると、今年新規採用予定の742人の公衆保険医を繰り上げ採用し、各地の現場に配置した。大邱市では移動検査だけで385人の公衆衛生医が投入された。

 何しろ、大邱市では約1万人以上と推定される「新天地イエス教会」の信者、さらに療養施設を含めた社会福祉施設にいる市民3万人以上を全数調査する必要があった。そのため、医師が直接、信者の自宅や福祉施設を訪問して検体の採取を行った。すでに「新天地イエス教会」への批判が高まっており、信者はなかなか信者であることを明らかにしない。医師が自宅へ出向くことで全数調査が可能になった。

 大邱市では3月23日時点で約6万8000件の検査が行われたが、このうち3万7000件余が公衆保健医師による「移動検査」だった。診療所の1万9000件、ドライブスルーの1万1000件より多かった。

 この「ドライブスルー」では、車を降りることはないので、病院などでの院内感染の危険性もない。検査結果は後にSMSなどを通じて本人に通知される。

 これが好評になると、車を利用しない人たちや高齢者のために電話ボックスのような仕切りの中に検査対象者が入り、仕切り外から医療関係者が手をいれて検体を取る「ウォーキングスルー」まで登場した。

 こうした検査を用意し、できるだけ多くの人が検査を受ける態勢作りのためのアイデアが出たことも、大規模検査が実現した背景にある。

「コロナ・マップ」が寄与

 さらに効果を発揮したのは、「情報公開」だ。

 2015年のMERSの時、感染の舞台になった病院を公表せず、これで不確かな噂が飛び交い、社会的な混乱を生んだ。当時の朴大統領は、

「最も重要なことは正確な情報の透明な公表」

 としたが、韓国政府は病院名などを公表しなかった。

 不都合なことは公表しないという姿勢が混乱を増幅させ、ようやく関連病院24カ所の名前がすべて公表されたのは感染発見から19日後だった。

 この反省から、今回は感染者の情報を最大限に公表した。

 ただし、それは感染者がどういう人物であるかというような「人物情報」ではなく、感染者がどう動いたかという「動線情報」の公開だ。

 すると、ソウルのある大学4年生が1月30日、感染者の行動をマップの上に落としたサイト「コロナ・マップ」をつくって公開した。「コロナ・マップ」は疾病管理本部が発表した感染者の隔離場所や立ち寄り先を地図に落としたもので、人々の行動の参考にされた。

 このサイトは韓国の大手インターネット企業「NAVER」の地図を利用しており、アクセスが月1000万ビューまでは無料だが、それを超えるとこの大学生に課金されることになっていた。しかしNAVER側は現在、1億ビューまでは課金せずに支援すると表明した。

 なお、この「コロナ・マップ」については、フォーサイトで大野ゆり子氏が『「感染爆発」韓国で見た「ウイルス対策」』(2020年3月5日)で紹介している。

 疾病管理本部の情報公開と、政府ではない1人の大学生のアイデアが、韓国民の不安解消に寄与したということだ。

政治指導者の「希望拷問」

 文政権を厳しく批判している保守系大手紙『朝鮮日報』は、文政権の様々な対応を「希望拷問」だと批判している。「希望拷問」とは、相手に希望を与えた後に苦痛を与える、という意味らしい。

 その『朝鮮日報』の2月25日のコラムでは、感染者が3日連続でゼロだった2月13日、財界幹部との新型コロナ対応に関する懇談会で、文大統領が「コロナは間もなく終息するだろう」と発言したことを「希望拷問」だと批判した。

 その発言後に大邱市の「新天地イエス教会」で爆発的な感染拡大があった。2月23日に政府がコロナの警戒レベルを「警戒」から「深刻」に格上げしたが、その2日前に朴凌厚保健福祉部長官が「状況を管理し、統制できる」と発言したことなども、「希望拷問」だと批判した。

 さらに3月10日付の『朝鮮日報』は、マスク不足をめぐる大統領、首相、与党代表の発言も「希望拷問」だと批判した。

 この「希望拷問」という言葉に興味を抱いて調べてみると、Kポップスに『希望拷問』というタイトルの歌があることがわかった。

 この歌は歌手の宋智恩(ソン・ジウン)さんが歌っているが、内容は男女の感情を歌ったもので、相手は、本当は自分を愛していないと分かっているが、相手を愛している自分は、相手が近寄ってくると希望を抱いて苦しんでしまう、というものだ。ここでは「希望拷問」という言葉を「False Hope」としていた。つまり「根拠のない偽りの希望」ということのようだ。

 政治指導者が「まもなく終息するだろう」と語り、その直後に事態が悪化すれば、政治は結果だけに、やはり「希望拷問」になろう。

 しかし、これは文大統領だけではないように思う。

 たとえばドナルド・トランプ米大統領は、2月26日時点は、「米国民のリスクは低いまま保たれている」と強調し、流行について、「米国は完璧に準備できている。十分に制御できる」と自信を示していた。その後も「春にはウイルスは消える」と呑気に語っていたが、3月18日には、「私はある意味、自分のことを戦時下の大統領だとみなしている」と豹変した。

 安倍晋三首相も3月14日の会見では、東京五輪は「予定通り開催したい」と語り、16日夜の史上初のテレビ電話による先進7カ国(G7)首脳会議では、

「東京五輪は人類が新型コロナに打ち勝った証として、完全な形で実施したい」

 と語った。しかし結局は3月24日夜、国際オリンピック委員会(IOC)へ1年の延期を提案し、承認された。

 トランプ大統領や安倍首相の当初の楽観論も「希望拷問」と見えるが、どうだろうか。(つづく)

平井久志
ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

Foresight 2020年4月5日掲載

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