5種類以上の薬の服用は要注意… 国を破綻させる「ムダな医療」
国を破綻させる「ムダな医療」(3/4)
困難な問題に取り組む際には、手近なところから着手するのが鉄則である。膨張する医療費と細る財政とのバランスをいかに保つか。遠大な課題であるが、まず隗(かい)より始めよ。医療現場は、やらなくてもいい、やるのは害という「ムダな医療」で溢れているのである。
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飢饉に苦しむアフリカで奇病が流行した。撲滅に向かった「モグリ」の医師。手塚治虫『ブラック・ジャック』の一篇である。命の危機に陥りながら、彼は病の制圧に成功。が、自問自答する。医者は人間の命を助ける。が、それで人口爆発が起こり、食糧危機で何億人もが死んでいく……。医療は何のためにあるのか。
この作品が描かれたのは、1970年代。それから半世紀を経て、医療の発展は人の寿命を延ばし、新薬は様々な難病をも克服しようとしている。しかし、それによって医療費は膨張し、公的保険は危機に。崩壊すれば、失われる命はどれほどになるのか。我々はブラック・ジャックとは違った形で、実は同じ問題のとば口に立っているのかもしれない。
最新の日本の国民医療費は約43兆円。この10年で9兆円増加している。うち4割を公費が支えているが、国の財政が赤字続きなのは周知の通りだ。点滴投与1回で2億円かかる薬も保険適用が決まるなど、医療の高度化に伴って、かかる費用は増す一方。であるからこそ、医療の無駄をなくし、高度医療に集中すべし。限りある資源を適正配置する。これが喫緊の課題であることを、(1)で述べ、この10年、アメリカの医学界に起こった「Choosing Wisely(チュージング ワイズリー)(賢い選択)」運動を基に、「無駄な医療」の具体例を挙げてきた。
そのうち、薬については、
〈風邪に抗生物質を使わない〉
〈認知症では無計画にコリンエステラーゼ阻害薬を処方しない〉
〈75歳以上の高血圧は下げすぎに留意する〉
〈高齢者にLDL(悪玉)コレステロールを下げる薬は不要〉
を紹介した。
「過剰医療」はそれ自体が無駄であるのに加え、副作用が次の病を生み、また医療費は膨張する……。
以下の例はその典型とも言えるだろう。
高齢者が不眠を訴えるのはよくある。そこで病院に赴くと睡眠薬が処方される。それがベンゾジアゼピン系と呼ばれる薬であることは珍しくないが、
「不眠治療にベンゾ系の睡眠薬を安易に用いる。これには十分注意すべきです」
と言うのは、兵庫県立ひょうご こころの医療センターの小田陽彦・認知症疾患医療センター長である。
この薬は、催眠、抗不安、鎮静などに作用する脳の「ベンゾジアゼピン受容体」に働きかける。ここを刺激することで、脳の興奮を抑え、睡眠を誘導する、といったものである。
具体的には、商品名で「デパス」「ワイパックス」「メイラックス」などの薬が挙げられる。しかし、
「この薬を毎日飲むと依存が形成されます。すなわち毎日飲み続けた後に中止すると、不眠、不安、焦燥感、頭痛、嘔吐などの禁断症状が起こるのです。そのせいで薬をやめにくくなり、通院が長期化し費用がかさみます。加えて高齢者がベンゾ系の睡眠薬を服用すると、起きながらにして夢うつつとなる『せん妄状態』に陥りやすくなります。歩行が不安定となるので、転倒し骨折する確率も5割ほど上がります。更にはこの薬で認知機能が衰え、認知症と誤診される高齢者もいます。慎重に薬を中止すれば認知機能は回復しますが、飲み続ける限り回復しません」(同)
ベンゾ系の薬は、睡眠薬としてだけでなく、抗不安薬、あるいは肩こりにも効く「万能薬」として重宝されている。厚労省のレセプト情報データベース(NDB)によれば、2017年度、ベンゾ系で最も処方された薬「デパス」は外来で約58億円分処方されている。
「わかりやすく言えば、この薬は“エクスタシー”より、有害性、依存性が高いのです」
とは、名古屋市立大学睡眠医療センター長の中山明峰氏。
エクスタシーとは「MDMA」の名でも知られる。最近では沢尻エリカが所持していたとして有罪判決を受けた合成麻薬だ。
「2007年に医学雑誌『ランセット』が公表した値によれば、ベンゾ系製剤の有害性は3段階で約1・5、依存性は約2でした。対してエクスタシーはそれぞれ約1。そんなこともあり、国連は2010年、この薬を乱用している国を発表しています。日本は世界で最上位のグループに位置し、アジアでは1位でした」(同)
その弊害ゆえ、
「厚労省はこれらを『麻薬類似薬』とし、2018年には、減薬した場合、加算されるように診療報酬を改定しています」(同)
睡眠薬が処方されたら、その薬が何かよく聞くのは必須。むろん睡眠薬には、ベンゾ系以外のものもある。
前出の「Choosing Wisely」のリストにも、睡眠薬についての項目はある。
〈高齢者の不眠等の第1選択としてベンゾジアゼピン系の薬を使用しない〉
改めてこの運動について説明すると、発祥は2012年のアメリカ。外科や内科など、約80の学会が計600項目にも亘るリストを提示し、医療界からの自浄作用として「無駄な医療」に警鐘を鳴らしている。現在では、日本を含め、世界各地に広がっている。
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