日本は「ロックダウン」より「院内感染対策」を急げ 医療崩壊(35)

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「ロックダウン」(都市封鎖)の議論が盛り上がっている。

 3月13日に成立した「改正新型インフルエンザ等対策特別措置法」(特措法)によれば、「新型コロナウイルス」が全国的に蔓延し、国民生活に甚大な影響を及ぼすおそれがあるときには、政府対策本部長(内閣総理大臣)は期間・区域を区切って、緊急事態宣言を出すことができる、とある(特措法32条)。

 具体的には、医療提供体制を崩壊させないことを目的に、検疫停留施設の使用、医師に医療等実施要請、不要不急の外出の自粛要請、学校・興行場等の使用制限要請、臨時の医療施設開設のための土地使用、緊急物資の運送、特定物資の売渡しの要請などが発動できるようになる(特措法第45条~55条)。

「緊急事態宣言」と「ロックダウン」は別物

 では日本は、特措法に基づくロックダウンを発動すべきだろうか。

 結論から申し上げると、私は反対だ。

 現状ではロックダウンはメリットよりデメリットが大きく、そのことが十分に議論されていないと考えるからだ。

 そもそもロックダウンとは何だろう。

 それは店舗の営業を停止し、外出を禁止することだ。都市の活動を抑えることで、市民の接触を減らし、感染拡大を防ぐことが目的となる。

 欧米諸国を中心に、様々なイベントが中止になり、外出の自粛・禁止措置がなされている。

 上記の表は、4月1日現在の主な措置だ。

 同日の英『BBC』の報道によれば、米国民の4人に3人は何らかのロックダウン状態にあるという。

 現在、日本でもロックダウンが検討されている。

 ただ、第2次世界大戦の苦い記憶からか、日本国民はロックダウンに対する抵抗が強い。

 新型コロナの流行により、留学先のハンガリーから緊急帰国したセンメルワイス大学医学部の吉田いづみさんは、

「欧州はロックダウンや国境封鎖に抵抗がありません。日本とは対照的です」

 と言う。

 このような事情を受けてか、3月31日、西村康稔経済再生相は、

「特措法による緊急事態宣言は欧米都市で見られるロックダウンと異なり、都道府県知事がイベントや施設の利用制限を指示するもの。強制力を持たず罰則もなく、緩やかな手法で感染症を封じ込めるもの」

 と説明している。ただ、程度の差こそあれ、やることは変わらない。

「五輪延期」で方針転向か

 ではなぜ、今頃になってロックダウンが議論されるようになったのだろうか。それは東京五輪の延期が決まったことが大きい。

 このように説明すると違和感を抱く方が多いだろう。日本政府は東京五輪を開催するため、感染者数を意図的に少なく見せていた、という陰謀論がまことしやかに語られているが、それとは正反対の対応だからだ。

 私が注目するのは、3月24日、国際オリンピック委員会(IOC)が五輪延期を決定すると、翌日には首都封鎖を念頭においた自粛要請が議論されはじめたことだ。

 この頃から感染者の増加が議論されるようになった。それまで50人程度で推移していた1日の診断数が、3月25日に65人、26日には98人に増加した。そして、その理由は感染が拡大する欧米からの帰国者が持ち込んだ、と説明された。

 確かに、そのような側面は否定できない。

 ただ、この頃の感染者数はごくわずかだ。3月26日の時点での累計患者数は1292人。欧米とは1桁違う。この程度の患者数でロックダウンを議論する国は、おそらく日本だけだろう。

 勿論、安倍政権がこのように判断したのは、厚生労働省がPCR検査を制限しているため、診断される患者は氷山の一角という認識もあっただろう。実数より増加傾向を重視した側面もある。

 ただ、それならもう少し様子を見てもいいはずだ。3月29日に194人、30日に173人の感染が確認された際には、特に問題視しなかった。多くが後述する院内感染のためだろうが、院内感染は患者の命に関わる。国民への影響という観点から考えれば、こちらの方が重大だ。

 それだけに奇妙な対応である。私は東京五輪が1年後に延期され、政府が方針を転向した可能性が高い、と考えている。

 このことを議論する前に、日本と欧米の新型コロナ対策についてご説明しよう。

 日本の特徴は、日常生活に対して極端な規制を課してこなかったことだ。

 政府の専門家会議が、換気の悪い閉鎖空間で人が近距離で会話や発語を続ける環境――例えば屋形船、居酒屋、スポーツクラブなど――が感染のリスクが高いと警告し、このような施設の利用を自粛するように呼び掛けていたが、欧米で見られるような強硬手段は採らなかった。

 IT企業に勤めている米ボストン在住の王洋氏は、

「3月24日から外出禁止で、レストランも出前かテイクアウトしかできないです。病院やスーパーマーケットなど必要な機関以外は、すべて閉まっています」

 と言う。彼女は3月1日から在宅勤務を続けている。

 一方、日本ではまだ多くの人が普段通り電車で通勤し、普段通り職場で働き、近所のレストランで食事をしている。ドイツのメディア関係者は、

「日本社会は欧米と比べて、はるかに明るい」

 と評した。

 実は韓国も同じ状況で、

「ソウルの生活は平素と変わらない」(韓国人新聞記者)

 という。そして4月15日には、国会議員の総選挙を控えている。

東アジアでは低致死率

 なぜ、こんなに差があるのだろうか。

 東アジアと欧米での対応の違いは、新型コロナの致死率の違いに負うところが大きい。

 欧米で新型コロナは猛威を奮っている。

 3月29日現在、感染者は米国10万3321人、イタリア9万2472人、スペイン7万2248人、ドイツ5万2547人、フランス3万7145人、英国1万4547人だ。

 致死率は米国1.6%、イタリア10.8%、スペイン7.8%、ドイツ0.7%、フランス6.2%、英国5.9%だ。米独を除き、概して高い。

 エボラ出血熱(致死率50%)、中東呼吸器症候群(MERS、同34%)には及ばないものの、重症急性呼吸器症候群(SARS、同9.6%)と大差なく、季節性インフルエンザ(0.1%)とは比べものにならない。

 では、日本はどうだろう。

 4月2日現在、感染者数は2675人(クルーズ船を除く)で71人が亡くなっている。致死率は2.7%だ。看過できない数字だ。

 ただ、これは我々の実感とは違う。注目すべきはクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」号の経験だ。

 国立感染症研究所によれば、2月26日現在、乗客・乗員3711人中619人(16.7%)が感染したことがわかっている。このうち、死亡したのは8人で致死率は1.3%だ。

 新型コロナウイルスは、持病を有する高齢者で死亡率が高いとされているが、「ダイヤモンド・プリンセス」号の場合、70代以上の致死率は高く見ても2.7%だ。

 実は死亡率が低いのは、アジアでは共通の傾向だ。下記の図をご覧いただきたい。

 都市機能が崩壊した湖北省の死亡率は4.0%と高いものの、湖北省以外の致死率は0.8%、韓国は1.5%である。台湾は0.7%だ。欧米とは全く違う。

 このことが、中国を除く東アジア諸国でロックダウンを選択せずに済んだ理由だ。致死率10%を超える感染症が流行していれば、こうはいかなかったろう。

 現時点では、欧米と東アジアで致死率が違うことのはっきりした理由はわかっていない。

「集団免疫」の是非

 ただ言えるのは、日本政府は明確な意図はなかったにせよ、結果的に「集団免疫」を追求してきた、ということだ。

 集団免疫とは、住民の多くが軽症あるいは無症状で病原体に感染し、免疫を持つことで、その地域に再び病原体が侵入しても、彼らが盾となって大流行を防ぐという戦略だ。

 免疫を持たない高齢者、乳幼児、あるいはがん患者のような免疫抑制患者がいても、感染せずに守られることになる。太古の昔から、人類はインフルエンザをはじめ、多くの感染症をこの方法で克服してきた。

 これは感染対策としては合理的な方法で、当初、英国、ドイツ、オランダ、スウェーデンなどが、この戦略を採ろうとした。

 ところが、3月半ば以降、欧州では新型コロナの感染が急拡大した。しかも致死率が高かった。

 集団免疫対策は数年にわたる息の長い施策だ。反対論も出てくる。欧米では、

「集団免疫策は人殺し政策だ」

「人命を尊重せず倫理的に問題だ」

「国民にロシアンルーレットを強いている」

 という批判が噴出し、英国は集団免疫政策を打ち出した5日後に方針転換に追い込まれ、現在、ロックダウン中だ。

 現在も日常生活を継続しているのはスウェーデンだけだ。

このあたり、ジャーナリスト田中宇氏の『集団免疫でウイルス危機を乗り越える』に詳しく書かれている。ご興味のある方は一読をお奨めしたい。

 ただ、英国は集団免疫戦略を完全に捨てたわけではなく、大規模な抗体検査を準備中だ。彼らは、抗体を保有していればある程度の防御力がある、という前提に立ち、簡易抗体検査キットの検証を進めている。

 もし有効と判断すれば、英国政府が350万人分を発注し、薬局や「アマゾン」を介して医療従事者、一般国民向けに提供されることになっている。

 抗体陽性者は職場復帰が可能になって経済活動が再開できるから、経済的効果は大きい。また医療現場では、感染リスクが低いため、重要な戦力となる。

 もちろん、このやり方には異論もある。抗体があることが必ずしも免疫を有することを意味しないからだ。HIV(ヒト免疫不全ウイルス)やピロリ菌では抗体があっても、病原体を攻撃するわけではない。

 ただ、この点についても研究が進んでいる。

 中国・深圳の「南方科技大学」の研究者は、新型コロナ感染から治癒した患者の血漿(血液の一部)を、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)という重症肺疾患を合併した5人の患者に投与したところ、3人は回復して退院、2人は安定した状態を維持したと報告している。

 この事実は、新型コロナから回復した患者には、何らかの免疫物質が含まれていることを意味する。

「武田薬品工業」が治癒した患者の血液を原材料に、新型コロナウイルス特異的抗体を濃縮して作るポリクローナル抗体(TAK-888)の開発に着手していることなども、このような流れに沿うものだ。

医療を守る「抗体検査」

 英国政府などが進めている抗体検査は、魅力的だ。日本でも進めればいい。

 ところが、厚労省や専門家会議は否定的だ。

 専門家会議の委員を務める西浦博・北海道大学教授(理論疫学)は、記者会見で記者の「抗体調査はしないのですか」という質問に対し、

「抗体調査は人口の何%が感染しているのかを、リアルタイムを含めて人口レベルで割合をある程度で理解するためのもので、今警戒すべきは、倍々で2~3日ごとに感染者が増えていないことを確認すること」

「それをするためには、わかりやすいものであると、たとえば、帰国者・接触者相談センターを通じて、受診した外来患者数。発熱した上で、電話相談をして、受診した人の数が診断される前の段階で見られますので、それが増加傾向にあるかどうかが見られます」

「他にもSNSを利用した発熱者の集積が東京にないかどうか、多角的なデータ、クラスター対策班で、いま増加傾向にあるけど、爆発的ではないことを確認しつつ、報告をさせていただいている」

 と回答した。

 抗体検査が感染状況をリアルタイムに把握するためのものではないことは、西浦教授の指摘の通りだ。

 ただ、記者は、そのようなつもりで質問したのではないだろう。質問の主旨が理解できなかったのか、あえてはぐらかしたのかはわからない。いずれにせよ、抗体検査には関心がなさそうだ。

 彼らの関心は、

「倍々で2~3日ごとに感染者が増えていないことを確認すること」

 で、そのためには帰国者・接触者相談センターを介したクラスター解析やSNSでの分析を進めるべき、という主張のようだ。

 後者は、3月31日に「LINE」が始めた「新型コロナ対策のための全国調査」のことを指すのだろう。「LINE」ユーザーの方々には調査協力依頼が送られてきたはずだ。

 この調査は、学問的には興味深い。ただ、これはあくまで学説レベルだ。彼らの主張の肝は、一部が多くの人に感染させるため、そのような人を見つけて隔離することで感染拡大を防ぐ、というものだ。

 だが、この学説を主張する押谷仁東北大学教授自身、

「多くの人は誰にも感染させないが、一部に1人が多くの人に感染させていると考えないと流行が起きている理由が説明できない」

 と認めている。

 しかも、

「多くの人は誰にも感染させないが、一部に1人が多くの人に感染させている」

 という前提すら、9人の感染者と110人の感染者を対象とした小規模の研究に過ぎず、根拠薄弱と言わざるを得ない。現時点で抗体検査より優先して取り組むべき課題ではない。

 また、帰国者・接触者相談センターの利用数や「LINE」での回答は、感染拡大の間接的証拠に過ぎず、PCR検査や抗体検査のような「確定診断」とは重要度が異なる。

 抗体検査のニーズは高い。外来診療をしていると、「抗体検査を受けたい」という患者が大勢くる。英国のニュースなどを見たらしい。

 日本でも、独自に抗体検査を進める医師がいる。「ナビタスクリニック」の久住英二理事長だ。ナビタスクリニックは、私も毎週月曜日の午前に診療している。

 久住医師は自らの「フェイスブック」上で、以下のように呼び掛けた。

〈医療機関にお勤めのスタッフを対象に、新型コロナウイルスのIgG検査を実施して、経時的に変化を記録しませんか? 実施したい、という方、こちらまでご連絡いただきたく。

[email protected]

 現在、この「調査」に参画したいという医療機関が殺到している。また、「自分も検査してほしい」という患者からの問い合わせも多い。

 抗体検査は、日本の医療を守るためにも重要だ。院内感染対策、医療従事者への感染対策の観点からも有用だ。

最も重視すべきは「院内感染対策」

 私は、日本の新型コロナ対策の最大の問題は、院内感染対策を軽視してきたことだと考えている。すでに多くの病院や介護施設で集団感染が確認されている。

 東京都台東区の基幹病院である「永寿総合病院」は、3月30日までに入院患者とスタッフ計96人の感染が判明した。外来および入院患者の受け入れは停止し、入院患者の転院を進めている。

 永寿総合病院は慶應義塾大学病院の「系列病院」だ。慶應病院は患者を受け入れた。感染は慶應病院にも拡大し、4月1日現在、医療スタッフ・患者あわせて8人の感染が確認されている。

 これ以外にも、多くの病院で院内感染が確認されている。

 私が主宰する「医療ガバナンス研究所」スタッフの山下えりかが調べた、現時点で判明している院内感染事例を下記の表に示す。

 4月1日現在、196人の院内感染が報告されており、国内の感染者の9.3%を占める。

 千葉県で58人の集団感染が報告されたように、障害者施設や介護施設でも同様の事態が生じている。病院や介護・障害者施設の院内感染対策は重要だ。

 話を医療機関に戻そう。

 なぜ、こんなに院内感染が生じるのだろうか。

 それは、病院には多くの「発熱患者」が受診するからだ。通常の風邪と新型コロナは区別できない。

 米国ロサンゼルスの医師たちが3月中旬に、発熱を主訴に外来を受診した患者を対象に新型コロナの検査を実施したところ、131人中7人(5.3%)が陽性だった。

 ニューヨークで新型コロナが蔓延する中、カリフォルニアは比較的持ちこたえている。3月31日現在、人口2000万人のニューヨーク州の感染者が約6万7000人であるのに対し、人口4000万人のカリフォルニア州は約7000人に抑えている。そのカリフォルニアでも、この程度の「隠れコロナ患者」がいる。

 日本では厚労省がPCR検査を厳しく制限しているため、実態は不明だが、日本にも相当数の「隠れコロナ患者」がいると考えていいだろう。

 厚労省や専門家会議はクラスター対策を重視してきたものの、院内感染対策には無頓着だった。感染対策の基本は「診断と隔離」だが、PCR検査ができず、診断ができなかった。

 また、病院はマスクや防護服も不足している。都内の勤務医からは、

「ついに病院のマスクが底をついた。予防衣もなくて、ゴミ袋をかぶって診察している。この上、コロナの患者が増えたら診ろって言われても無理」

 という連絡がきた。

 政府は新型コロナの感染者が急増していると言う。確かに感染者の累計は3月24日の1128人から3月30日には1866人に増えた。738人の増加だ。ただ、3月24日に最初の感染を報告した永寿総合病院だけで、感染者は96人だ。都内の感染者527人中115人は院内感染であり、感染爆発の一端は院内感染に負うものだ。

 おそらく、これまでに報告された院内感染は氷山の一角だろう。

 院内感染を公表した病院の多くは、国公立かJAなどの大規模病院グループだ。いずれも、赤字を出しても税金で補填してくれるか、経営に余裕がある。このようなグループは、医療界では例外的な存在だ。

 診療報酬の抑制が長引き、多くの医療機関が経営難に直面している。さらに、新型コロナの流行が始まり、多くの病院は患者が激減している。この上集団感染が発覚すると、長期にわたって診療停止となり、倒産してもおかしくない。

 疑わしい患者や職員がいても、厚労省の方針でPCR検査はしないですむ。積極的に検査をせず、問題を後送りする経営者がいてもおかしくない。

 これを放置すれば、病院で新型コロナが蔓延する。これまでに発覚している院内感染は氷山の一角と考えた方がいい。

 これは危険だ。

 病院は、持病を抱えた高齢者が集まる場所だ。新型コロナに罹ると致命的になる可能性が高い。

 現在、早急にやるべきは院内感染対策を重視することなのだ。ロックダウンは、ゆっくりと考えてからでいい。

「五輪開催」のためにロックダウン!?

 現在の欧米のように致死率が高い感染症なら、ロックダウンはやむを得ない。

 一方で、致死率が1%を切るような、比較的毒性が弱い病原体の場合はどうだろうか。

 ロックダウンは大きな経済的ダメージを与える上、高齢者の健康を害する懸念もある。

 東京電力福島第1原子力発電所事故後の福島県浜通り地方は、ロックダウンに近い状況となり、多くの高齢者が持病の悪化などにより亡くなった。

 都市の活動を抑制することなく、感染爆発を避けながら、介護施設や病院を重点的に守るという戦術もあるはずだ。

 これはまさに、これまで日本がやってきた方法だ。

 院内感染対策をしっかりやっておけば、日本は大急ぎでロックダウンする必要はない。

 ところが、そんな悠長なことは言っていられなくなった。それは、冒頭にご紹介したように、東京五輪が来年7月に延期されたからだ。2年後、あるいは4年後でなく、1年後の延期となったことが効いている。

 どういうことか。

 新型コロナの流行をロックダウンで対応しようとしている欧米や中国は、東京五輪の開催の条件として、流行がコントロールされていることを求めるはずだ。

 それは、ロックダウンは大きな問題点を抱えるからだ。

 都市封鎖により武漢での流行が3カ月程度で収束したように、ロックダウンは強力な感染対策だ。ただ、ロックダウンでは集団免疫が獲得されないため、ワクチンが開発されない限り、一時的に流行が抑制されても、外部からの再流入に怯えねばならない。

 日本が1年後に東京五輪を開催したければ、流行が抑制されていなければならない。そうでなければ、東京五輪に参加する選手たちが、母国に新型コロナを持ち帰りかねない。

 ところが、五輪開催までにワクチンが開発され、国民の多くが接種できるとは期待できない。

 しかも、集団免疫の獲得には通常、数年かかる。今年の冬に再流行し、来年春まで感染が拡大していれば、再びの延期はないまま東京五輪は中止に追い込まれるだろう。

 この問題を回避するには、やはり東京でロックダウンを強行するしかない、という声がより強くなることもあり得る。

 ただその場合、どのくらい規制を継続すればよいのか、現状では説得力ある実証データもないのでわからない。

 もちろん、経済的な損失は甚大となる。

 1年後に東京五輪を開催するために、どこまで経済的な損失を受け入れるのか、今のところ国民的なコンセンサスはない。

 新型コロナが欧米に拡大し、多くの人々が亡くなった現在、このウイルスを抑制し、東京五輪を無事に開催するのは至難の業だ。

 五輪開催の是非も含めて、国民視点に立って考え直す必要がある。

上昌広
特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。 1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。

Foresight 2020年4月3日掲載

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