巨大「デジタルプラットフォーマー」は「独禁法」だけで監視・規制できるのか

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 IT(情報技術)は私たちの生活に浸透し、特に、日常生活の中でインターネットのサイトは大きな比重を占めるようになっている。

 その裏側には、巨大な“デジタルプラットフォーマー”と呼ばれる存在があり、今、世界中がこのデジタルプラットフォーマーに対する監視を強化し始めている。

 日本でも、今国会に「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律案」が提出され、衆議院で審議中だ。

 では、巨大なデジタルプラットフォーマーとは、どのような存在で、経済にどのような問題を投げかけているのだろうか。

続いている「楽天VS.公取委」

「楽天」が3月18日から同社の通販サイト「楽天市場」において、1つの店舗で3980円以上購入した場合、送料を出店者の負担で一律無料にする方針を発表したことが、大きな問題となった。

 以下、一連の経緯を簡単におさらいしておく。

 まず、楽天が熾烈な競争を繰り広げている「Amazon」では、基本的に2000円以上の購入で送料が無料になる。

 商品の大半を直販しているAmazonとは違い、楽天市場は通販サイトを運営しているだけで、全国の出店者が販売を行っているため、送料は出店者各々が決めている。楽天は「3980円以上購入での送料無料化」をAmazonへの対抗策として、是が非でも実施したかった。

 しかし、出店者らの任意団体「楽天ユニオン」は、楽天が出店者に対して送料無料を強制するのは独占禁止法違反だとして公正取引委員会に調査を求めた。

 これに対して公取委は2月10日、独禁法上の優越的地位の濫用の疑いで楽天に立入検査を実施、2月末に独禁法違反の疑いがあるとして、東京地裁に対して緊急停止命令を申し立てた。

 それでも楽天は強硬姿勢を崩さなかったものの、3月6日に、

「全店舗での18日からの一律導入を見送り、導入可能な一部店舗だけで送料無料化を始める」

 と発表。これを受けて、公取委は3月10日、東京地裁への緊急停止命令申し立てを取り下げた。

 これで問題は落ち着いたように見えるが、楽天は一律導入を諦めたわけではなかった。

 実は、送料無料化の導入可能な一部店舗でのスタートは、

「新型コロナウイルス感染拡大に伴う措置」

 であり、

「5月をメドに、改めて共通の送料込みラインの方針について連絡する」

 としている。

 これに対して、公取委の菅久修一事務総長も、

「独禁法上の問題があるかどうかを継続中の審査の中で判断していく」

 と述べている。

 つまりは、同問題は終結したわけではなく、表向き“一時休戦”のうえ、水面下でくすぶり続けているわけだ。

グルメサイトのカラクリ

 一方、公取委は3月18日、「飲食店ポータルサイトに関する取引実態調査報告書」を発表した。

 飲食店ポータルサイト(いわゆるグルメサイト)には、店舗評価や口コミが“正当に”評価されているのかについて、かねてから疑問の声があがっている。

 公取委は、

「飲食店ポータルサイトをめぐる取引について、独占禁止法上問題となるおそれのある又、競争政策上望ましくない取引慣行等の有無を明らかにする」

 ために実態調査を実施。その結果、グルメサイトと加盟店の間で交わされている契約やグルメサイトの掲載の仕方には、“多くの問題がある”と指摘している。

 たとえば、

(1)加盟店契約として、低額プランや高額プランなどがあり、プランによって掲載される情報や掲載順位に大きな差がある。

(2)グルメサイトが正当な理由なく、恣意的に特定の飲食店の店舗の評価(評点)を落とすことにより、自己にとって都合のよい料金プランに変更させるなどの行為が見られる。

(3)店舗情報や口コミに対する削除・修正依頼に対して、加盟店になることを強要するといった行為が見られる。

 ―――といった様々な実例を挙げ、グルメサイトの中には、独禁法上の「優越的地位の濫用」や「差別取扱い」「拘束条件付取引」「私的独占」などに抵触する例があるとしている。

 こうしたサイトを巡る商取引では、これまでにも独禁法に抵触するような問題が数多く指摘されている。

「楽天市場」の送料無料化問題では、楽天の出店者に対する独禁法上の優越的地位の濫用が問題となったが、実は、楽天は2019年12月、公取委に対して一律送料無料化について事前相談を行っており、その際、独禁法違反になる可能性を指摘されていたのである。

 それでも、楽天は一律送料無料化に踏み切ろうとした。それは何故なのか。

新「規制法案」の中身

 その答えは、2月25日付の『毎日新聞』とのインタビューでの楽天・三木谷浩史会長兼社長の、

「でもそれ(無料化)をやらないと、(楽天の)店舗はビジネスがどんどん縮小して、最後はGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)に食われてしまいますよ」

 という言葉に垣間見える。

 そこには、出店者に対する優越的地位の濫用が疑われた楽天すらも、GAFAといった巨大なデジタルプラットフォーマーから見れば“一介の利用者”に過ぎないという“危機感”が現れている。

 基礎的なことだが、プラットフォームとは、「異なる要素やグループを結びつけてネットワークを構築する基盤」という意味だ。

 そして、プラットフォームを提供・運営するのがプラットフォーマーで、ITを基盤・媒介としてプラットフォームを提供・運営するのがデジタルプラットフォーマーということになる。

 このデジタルプラットフォーマーの巨大化が世界各国で問題視され、監視・規制強化が始まっているわけだ。

 たとえば、ショッピングモールでは、様々なテナントと買い物客を結び付けている。つまり、ショッピングモールもプラットフォームであり、提供・運営者はプラットフォーマーとなる。

 だが、デジタルプラットフォームが“厄介”なのは、そうした従来型のリアルなプラットフォームとは違い、場所や時間、参加者などにほとんど制約がないことだ。このため、現在の商取引関連法では、取り締まれない様々な問題が発生している。

 デジタルプラットフォームでは、ユーザーが増えれば増えるほど多くのサービスが提供でき、その結果、相乗的に多くのユーザーが集まる。

 実際、「楽天市場」のような通販サイトでは、ユーザーが多ければ出店者が増え、商品種類が多くなる。商品が多くなればユーザーがより集まり、さらに出店者が増える。こうして、強いデジタルプラットフォームは一層強くなっていく。

 その上、多くのデジタルプラットフォームでは、サービスの利用などに対して個人情報の提供を求める。こうして集まった膨大な個人情報は「ビッグデータ」として解析され、ユーザーの好みに合わせたマッチング広告に使われるなど、サービスの改善に役立てられる。

 そしてサービスの改善はさらに多くのユーザーを呼び込み、市場の独占・寡占状態に突き進んでいく。

 やがて市場が独占・寡占状態になると、そのデジタルプラットフォーマーは、プラットフォームの利用者(「楽天市場」で言えば出店者)に対して、支配的な地位を持つことになるわけだ。

 そこで、独禁法では規制できないデジタルプラットフォーマーを新たな枠組みで規制するための手段として策定されたのが、冒頭で触れた「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律案」なのである。

 主管は、経済産業省となる。

 同法案では、取引条件等の情報の開示、運営における公正性確保、運営状況の報告と評価・評価結果の公表等を定めている。

 最大の特徴は、特に取引の透明性・公正性を高める必要性が強い事業者を「特定デジタルプラットフォーム提供者」として絞り込み、規制の対象とする点だ。

 規制対象の基準は今後、政令で詳細を示すことになっているが、当面は大規模なオンラインモール・ アプリストアを対象としている。

 具体的対象には、

「ネット通販ではAmazon、Yahoo、楽天、アプリストアではGoogle、Apple」(経産省関係者)

 が想定されている。

 そして具体的規制としては、特定デジタルプラットフォーム提供者に、

(1)契約条件の開示や変更時の事前通知等を義務付ける。

(2)経産大臣が定める指針を踏まえた手続・体制の整備。

(3)(1)、(2)の状況と自己評価を報告書にして毎年度提出。経産大臣は報告書に基づき評価を行い、結果を公表する。

 ――といったことを義務付ける。

 また、独禁法違反のおそれがある場合には、公取委に対処を要請する。

 もちろん、違反の場合の罰則規定も設けられている。

 たとえば、契約条件の開示等に違反した場合には勧告の上で公表し、それでも是正されない場合には、その行為の撤回と再発防止を命じる法的拘束力をもった行政処分である「措置命令」が下される。

 また、手続・体制の整備の違反に対しても、勧告の上で公表する。

 いずれも勧告に従わなかった場合には100万円以下の罰金を、そして届出違反や虚偽の届出、報告書の不提出や虚偽の報告書に対しては50万円以下の罰金が科せられる。

 さらに、措置命令にも違反した場合は、2年以下の懲役刑または300万円以下の罰金刑が科せられる。

 このように、同法案が成立すれば、社会的な影響が大きい大規模なオンラインモール・ アプリストアを対象に絞り込み、これまで独禁法では規制できなかったデジタルプラットフォームの規制が可能になるのではと期待されているのだ。

あまりにも“陳腐”

 とは言え、当初は「禁止事項」として法律上明記する方針だった「事業運営に支障を生じさせるほどの一方的な不利益変更」などの行為を明記することを見送るなど、厳格さに欠けた部分もある。

 特に罰金規定は、極めて甘い。

 2019年3月20日、検索エンジン市場での支配的地位を使って様々な競争制限的な行為を行い、他社の市場参入を阻害したなどとして、EU(欧州連合)の欧州委員会はGoogleに、総額約1900億円の制裁金を科した。

 しかもGoogleは過去にも2度、2017年に約3100億円、2018年には約5500億円もの制裁金を科されている。

 こうした巨額な“制裁”と比べて300万円だの100万円だのは、あまりにも“陳腐”と言わざるを得ない。

 筆者が最も危惧するのは、デジタルプラットフォーマーによる企業買収だ。

 2006年にはGoogleが「YouTube」を、2012年にはFacebookが「Instagram」を、2014年には「WhatsApp」を買収した。

 GoogleやFacebookにとっては事業多角化の一環だが、YouTubeやInstagramは画期的なアイデアや技術を持った将来の高い成長性が見込まれるベンチャー企業だ。ひょっとすると、GAFAのライバル企業に成長するかもしれない。

 こうした潜在的な競争相手を買収することで事前に排除する行為を「抹殺買収」と呼ぶ。

 この抹殺買収は、将来の競争を排除するだけではなく、技術革新やイノベーションを阻害するとされる。

 実際、米連邦議会はGAFAなどによる抹殺買収行為を問題視し、連邦取引委員会ではFacebookの過去の企業買収案件について調査を行っている。

 だが、残念なことに、今回の「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律案」には、「抹殺買収」に関する事項は含まれていない。

 今後、デジタルプラットフォームは経済の中で、より重要な役割を担っていくことになるだろう。デジタルプラットフォームが公正で適正に活用できることは、経済の発展・拡大の重要な条件の1つだ。

 同法案は、施行3年後に見直しを行うことになっている。見直しにあたっては、「禁止事項」を明記するとともに、違反行為を抑止するためにも罰金額を思い切って引き上げる、あるいは別途、相当額の制裁金制度を取り入れるといった改正を行うべきだろう。そうでなければ、実効性に不安を残したままになる。

 そして何よりも、「抹殺買収」に関する規定を盛り込み、技術革新やイノベーションが健全に発展できる環境作りに資する法体制にすべきであろう。

鷲尾香一
金融ジャーナリスト。本名は鈴木透。元ロイター通信編集委員。外国為替、債券、短期金融、株式の各市場を担当後、財務省、経済産業省、国土交通省、金融庁、検察庁、日本銀行、東京証券取引所などを担当。マクロ経済政策から企業ニュース、政治問題から社会問題まで様々な分野で取材・執筆活動を行っている。

Foresight 2020年4月1日掲載

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