遠藤健(SOMPOケア代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】
まずは教育から
佐藤 ワタミの介護からは従業員も入居者も受け継がれました。
遠藤 ええ、すべて受け継ぎました。
佐藤 入居者はともかくとして、職員を受け継ぐのは大変でしょう。会社ごとに文化がありますし、渡邉さんも強い個性の持ち主ですから。
遠藤 そうですね。やっぱり重要なのはどのように人を受け継ぎ、育てていくかですから、社長に就任した12月から次々と現場を回りましたね。
佐藤 それはいいですね。
遠藤 これはいまも続けていますが、半年くらいで120カ所は訪ねました。そして「現場の意見や要望があったら話してほしい」とお願いしたのですが、最初はあまり話してくれない。要望があることはあるのだけど、どうせ言っても無駄ですから、みたいな冷めた反応だったんです。
佐藤 突然、トップが替わったわけですから、そこは難しいですよ。
遠藤 それでも訪ね歩いて、繰り返し尋ねていると、ようやく重い口を開き始めた。そしてまず最初に「教育をなんとかしてください」と言われたんです。
佐藤 切実な声ですね。
遠藤 当時、スタッフの教育は介護主任などリーダークラスの現場職員がOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)でやっていました。本社には10人くらいの巡回部隊がいたのですが、基本的に教育は現場任せだった。ところが人手不足もありますし、教える中堅職員が夜勤に入ったりすると、昼間に新人を見ている余裕がない。そして施設を回っていくうちに、どこも同じ事情を抱えていることがわかったんです。
佐藤 介護業界の課題といえば、まず人手不足ですね。重労働だから離職率も高いとされていますが、背景にはそういうこともある。
遠藤 そうです。私は保険会社時代、社員教育や代理店教育の専門部署にいたことがあります。またそれを非常に重視するところもありましたから、これは何とかしないといけないと、すぐ研修施設を作りました。
佐藤 それが「SOMPOケア ユニバーシティ」ですね。
遠藤 社長になって約半年後の2016年4月にオープンしました。東京・芝浦にある倉庫会社の約150坪のフロアに、バス、トイレ、ベッドなど施設そのものを再現しました。また訪問介護も事業としてありますから、普通の民家の部屋も作った。そこで新入社員はもちろん、既存の職員は介護職員に限らずケアマネジャー、看護師も含めて、職制別に年間カリキュラムを組んで研修しています。いまは大阪にも施設をオープンし、2カ所で研修をしていて、社外の方にも有償で開放しています。
佐藤 4年経って、現場はどう変わりましたか。
遠藤 効果は如実に表れています。介護職員の離職率が大きく改善されました。
佐藤 離職率はどのくらいですか。
遠藤 前は年度で20%近くあったのが、いまは12~13%くらいです。
佐藤 それはずいぶん低くなりましたね。
遠藤 育てることは採用にもつながっていきます。次は育成と採用の好循環を作り出していかなければなりません。これまではできるだけ多くの人を採用して、どんどん辞めていくという業界でした。特に2000年代初頭まではそうです。でもそれでは続かない。
佐藤 介護だけでなく、あらゆる業種で人手不足ですからね。
遠藤 今年4月には新卒約200名が入社してきますが、初めての試みとして、全員、半年間の研修を行います。10月1日までは現場に出さない。変な言い方ですが、徹底的に耳年増にして、SOMPOケア ユニバーシティで技術も学び、また心の準備といいますか、介護に向かうメンタリティも形成してもらいます。
佐藤 介護業界で働く、そのやり甲斐を作っていくわけですね。
遠藤 そうです。施設には認知症の方が多くいます。だから認知症の症状がどんなものであるかとか、どんな行動をするのかを、まずきちんと理解しなければなりません。そうした専門的な知識とともに、メンタリティ、心の態度がしっかりしていなければいけない。私たちは「介護プライド」という言葉を使っていますが、この二つをしっかり磨いてもらおうと考えています。
佐藤 労働経済学の渋谷望先生が書いた『魂の労働』という本がありますね。そこで介護は「魂の労働」だから、賃金水準は低くてもお手伝いさんとは違うと、自分を納得させて働く仕事として捉えられている。そしてそれが一種の搾取の構造になっているというわけです。かつて私の母が癌になり、要介護4だったときがあります。その時、4年制大学を卒業した若い女性のヘルパーさんがよく世話をしてくれたのですが、それを見ていて、これは継続するのが難しい仕事だなと、思ったことがあります。
遠藤 だから待遇も大切です。昨年10月、私たちは業界に先駆け、処遇改善を行いました。介護職のリーダーを担う正社員に対して年間で最大約80万円、介護福祉士相当の資格を保有する正社員には年間最大約65万円の引き上げを実施しました。ある地域のモデルでは、前者は年収で376万円から456万4千円に、後者は330万円から394万8千円になります。さらに2022年には、介護福祉士の資格を持って一定の経験を積んだ人を看護師と同等水準の処遇にします。
佐藤 どの仕事も、プライドを持つには、教育だけではなく、しかるべき待遇が必要ですからね。
遠藤 こうした職場環境の改善をしていくなかで、スタッフが自分たちの仕事について「高齢者のお世話をする仕事」という意識から少し進んで、「人生の終盤、私たちの施設で過ごすことで、生きていてよかったと高齢者に実感していただく仕事」と考えるようになっていけばいいなと思っているんです。
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