4月から小学校で必修化も… 日本の子供に身につけさせるべきは「英語」ではない

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幼少期の英会話が招く学力崩壊――榎本博明(2/2)

 2020年4月から小学校で英語が必修科目となり、親の関心がますます高まる、英語早期教育。が、早く教育を始めたほうが英語ができるようになるというのは、幻想に過ぎないという。むしろ、第一言語(母語)が十分に発達しないまま英語偏重教育を受けることによって、どちらの言語も中途半端な「セミリンガル」になってしまう恐れがあるというのだ。

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 私たち日本人は、日本語でものを考えます。ゆえに思考力や想像力を高めるには、日本語を単なるコミュニケーション言語のみならず学習言語にしていくべく、日本語の本を読み、国語力を磨く必要があります。その意味で、日本語で書かれた教科書を理解できない中学生が5割ほどいるというデータは相当深刻です。まずは国語の読解力を鍛えることを考えるべきでしょう。

 実際、日本の大学では、英語の論文どころか、日本語で書かれた本すらまともに読みこなせない学生が増えているのです。私のところに、「どうしたら本を読めるようになりますか?」と相談に来る学生も珍しくありません。日本で学問をする上で、いちばん基礎的な能力は日本語の読解力です。日本で生まれ育ったのに、日本語の本が読めない。日本にもセミリンガルに近い状態の若者が出てきているといえるかもしれません。

 こうした事態への対応なのか、2022年度から実施される高校の新学習指導要領において、国語教育の内容が、小説などの文芸作品から実用文重視へとシフトされることになりました。それに先行して21年から始まる大学入学共通テストで、今後の高校教育を方向づけようというわけですが、そのモデル問題として示されたのが、生徒会の規約、自治体の広報文、駐車場の契約書といった実用文でした。これには唖然としました。今やエリート校に通う子どもたち以外は、この程度の実用文の意味を理解できる読解力があれば十分だというのでしょうか。

 いくら今の子どもたちの読解力の低下が著しいとはいえ、これでは小説や評論を読んで想像力や論理能力を鍛えながら教養を身につけていた世代と比べて、ますます国語力が低下し、日本の学力崩壊が進行してしまうでしょう。

 私たちは、日本の子どもたちにどのような能力を身につけさせるべきなのでしょう。今年、東京でオリンピックが開催される予定です。そのことを引き合いに出して、「日本人も英会話くらいできないと恥ずかしい」という声もあります。でも、オリンピックなんて1、2カ月で終わってしまいます。果たして学問というものは、自国の子どもたちに外国人観光客相手の「オモテナシ」をさせるための道具なのか。私は違うと思います。

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