「感染抑え込み」強調で「反転攻勢」習近平が狙う「健康の一帯一路」戦略

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 新型コロナウイルスのパンデミックで、中国は、習近平国家主席と一党独裁体制の中国共産党の指導力があったからこそ危機を脱した、という局面を国内外で作り出そうとしていることは、前回の拙稿『「ウイルスは米軍のせい」「主席に感謝せよ」習近平の「焦燥」』(2020年3月16日)で触れた。

 習近平指導部は、東京五輪まで延期せざるを得ないほど世界が混乱、とりわけ欧米に感染の中心が移った今こそ、悪化した中国の対外イメージを変え、さらには中国の国際社会での影響力拡大を可能とする「反転攻勢の絶好の機会」としてとらえているようだ。

 そのカギとしているのが、中国から世界への支援、つまり国際協調する責任大国としての姿を宣伝することである。

 4月8日に湖北省武漢市の封鎖を解除することを3月24日に発表したが、延期されていた全国人民代表大会(全人代=国会に相当)を早ければ4月中に開催し、「終息宣言」すると考えられる。

新規感染者“ゼロ”の疑惑

 まず、武漢封鎖解除の布石となったのが、武漢での新規感染者ゼロ(3月19日発表)である。中国国内の報道は、新規感染者はすべて海外から帰国した中国人など中国本土以外で感染したケースであると強調する。

 さまざまな情報から考えると、「新規感染者をゼロに抑えよ」との指令が党中央から全国に通達されたと推測できる。

 真偽は不明だが、湖北省に対する中央からの通知が海外の華人ネットで転載されていたこともある。

 通達は3月10日に習近平主席が武漢を視察する前のことであろうが、この視察を前にして、2月末には湖北省以外の全国のほとんどで新規感染者数はゼロとなり、湖北省でも3月に入り急減。2月初旬に3桁4桁だった新規感染者数が、いきなり2月18日にはゼロとなったのはなぜか、と疑いたくなるのは筆者だけだろうか。

 初動対応と情報隠しを問われた前武漢市市長が、感染状況について、

「党中央からの指示がなければ情報を公表できない」

 と吐露したことがあったが、習近平指導部からの指示があれば、下部組織は感染者が出ても公表しないか、報告しないことはむしろ当然であるのが中国の体制である。新規感染者が出ても、末端の当局者は「ゼロ」と報告する状況は容易に推測がつく。

 案の定、すでに中国のSNSでは政府当局による削除が追い付かないのか、新規感染者が病院や自宅で発生しているという医師の告発が転載されている。

 また、米政府系メディアは、患者の話として、

「一斉に退院させたのは政治的な意図がある。退院者の中には完全に治癒していない者がいた」

 と伝えている。

 重症の感染者は近郊の新造した隔離施設に移動しただけではないのかと疑う民主活動家が撮影したとされる、有刺鉄線に囲まれた施設の映像もあり、当局の新規感染者ゼロの発表を疑う中国人は少なくないようだ。

 過去の経済成長率で、地方政府が生産高を水増しし、成長率を嵩上げしていたことは、中国国内でも伝えられ党中央が問題視したことがあったが、新規感染者ゼロはこれと同じ線上にあるのではないか。

 また、新規感染者を出すなというのであれば、下部組織は生産活動の完全な正常化にはなかなか踏み切れない。新規感染者を出せば何らかの処分を受ける羽目となるからで、各地の現場では徹底した予防策を講じているようだ。

「世界貢献」「国際協力」イメージ醸成

 中国では3月に入り、党中央の意向を受け、

「中国が感染を抑え込んだのは、中国共産党、習近平主席の指導力があったからこそ」

 としたうえで、2つの点を重視した報道を連日続けてきた。

 たとえば、中国共産党機関紙『人民日報』系列の『環球時報』は、指導層の本音が垣間見えるとされる国際情報紙だが、最近の報道内容を意訳すると以下のようになる。

〈感染拡大がとまらない欧米は反省すべきだ〉

〈中国の成功。比べて西側は〉

〈中国に(世界に蔓延した)感染の責任を転嫁する米国〉

〈今は逆輸入のリスク〉

〈いずれ世界は中国に感謝するようになる〉

〈中国が予防のための時間を、犠牲を払って稼いであげたのに、欧米は予防措置に失敗、後手に回った〉

〈中国との協力こそ感染を抑え込む唯一の道〉

〈中国に汚名を着せる米国の政治屋〉

〈ドナルド・トランプの発言“中国人ウイルス”は米国内で批判を受けている〉

〈中国が世界に援助〉

〈中国の援助が欧州を潤す〉

〈国際協力をよびかける中国、世界は感動〉

〈(感染が拡大する)米国は時間を浪費した(準備する時間を中国は与えた)〉

 冒頭で触れた前回拙稿でも指摘した、武漢での「感恩教育」推進発言に強い反発が出たことを教訓としているのか、「世界は中国に感謝せよ」(国営新華社)という露骨な表現は見受けられない。

 しかし、全面に出しているのは、

(1)中国の成功と対比して欧米の感染拡大は中国を見習っていないから。

(2)中国は医師団や医療物資を欧州など各国に派遣しており、感謝されている。世界貢献しているのが中国である。国際協力こそ重要。

 という2点である。

 とりわけ(2)の国際貢献を重視しているようで、物資支援、医師団派遣は世界中に拡大させつつある。

 これについて、中国のシンクタンク関係者は、

「パンデミックで中国の国際イメージが傷ついたことは間違いない。国内でも(習近平指導部に対する)批判がある。国内外からの批判を受け続ければ、習指導部の威信、イメージは悪化してしまう」

 と指摘した。

 つまり、世界へ医師団、物資を送ることで、ウイルス感染に国境はなく、世界に貢献する、国際協力する中国、というイメージを宣伝し続けることが反転攻勢の基礎となる、という考えであろう。国内向けにも、習近平主席が世界で発揮する指導力、という姿をイメージづける狙いもある。

 今後、中国の支援は、中国の経済圏構想「一帯一路」を重要ポイントとして位置付ける国に対し、手厚く行われるのではないか、と筆者は考える。パンデミックが去った後での影響力行使を踏まえた援助となるのではないか。

 ちなみに、3月1日発売の中国共産党機関誌『求是』では、習近平主席の寄稿として、

「ビッグデータ、人工知能(AI)、クラウドコンピューティングなどのデジタル技術でウイルスの感染源の特定」

 をするよう求めている。

 2月の段階で、広東省にある華南理工大学の肖波涛教授らが、武漢市の「中国科学院武漢病毒研究所」や「武漢市疾病予防管理センター」からのウイルス漏出を示唆する分析を発表しているが、その後の調査研究でどのような結果が発表されるのか注視される(2020年2月12日『新型肺炎「感染源」いまも打ち消せない「疑惑」と「謎」』参照)。

「米軍陰謀説」の大転換

 中国のイメージ戦略は、対立が続く米中間の情報戦の一環であるが、冒頭の前回拙稿でも触れたとおり、3月12日、中国外務省の趙立堅報道官が「ウイルスは米軍が持ち込んだ」とツイッターに書き込み、トランプ政権を激怒させ、その後も対立が続いている。

 米国と丁々発止と渡り合う強い中国のイメージを常に醸成したい習近平指導部の意思を背景に、報道官は敢えて意図的に米国を激怒させる書き込みをしたと思われる。

 しかしここにきて、どうやら習近平指導部は、国際協調する中国のイメージづくりを優先し、悪化する米国民の対中感情をこれ以上逆なでしないよう方向転換したかに見える。

 在米中国大使館の公式サイトによると、中国の崔天凱駐米大使は3月17日、米メディアに対し、すでに報道官の発言より前に流れていた「米軍陰謀説」について「クレージーな言論」と再確認し、報道官の発言をひっくり返したのだ。

 大使の発言は公式の大使館ホームページに掲載され、「自分が習近平主席を代表している」旨の発言までしている。

 この修正の訳については、3月24日の『環球時報』が回答を示したかに見える。

 同紙は、米中の協力をなぜ米国は壊すのかという社説と、米中の民間交流は最後に残った支柱だとする記事を掲載した。

 つまり、習近平指導部は、米国と対立するばかりではトランプ政権だけでなく米国民全体の対中イメージがさらに悪化してしまい、それは中国の国益にならないと判断し、世界的な対中イメージを変えるためにも、米国との協力の道を探る方が得策と判断したことが背景にあるとみられる。国内感染を抑え込んだ余裕もあろうか。

制圧後の主導的立場を視野

 ただし、互いの報道機関の記者などを追放し合うまで悪化した米中の対立は、米国での感染がさらに拡大すれば、トランプ大統領は11月の再選を意識し、中国批判の発言を強めることが予想され、責任の押し付け合い、責任転嫁が激しくなる可能性も十分にある。

 実際、3月25日に行われたG7(主要7カ国)外相のテレビ会議で、マイク・ポンペオ米国務長官が「武漢ウイルス」と呼ぶことを強硬に主張したため、各国が反発して共同声明をまとめられなかった。

 従来の習近平指導部の対外姿勢は、他国に対する強硬姿勢を続けても、米国にだけは慎重だった。米中貿易戦争にしても、休戦は中国側の譲歩が多分に見受けられる。

 しかし、今回のウイルス蔓延が欧米にその中心が移ったことで、中国が「反転攻勢する絶好の機会」ととらえていることは、今後の局面で習近平指導部が米国に強い反発や報復をする可能性があることも意味する。

 このまま感染拡大で米国の経済が落ち込み、中国が受ける経済打撃よりも米国の傷が深くなる可能性について、すでに中国の専門家は詳細な分析に入っているという。

 そもそも、トランプ大統領がウイルス拡大の余波で再選されない結果となる可能性も中国は見ている。

「ウイルス対策の国際協調で欧州、日本などアジア、アフリカとの連携を強めることが重要だ。こうした地域での対中感情をよくしなければならない。言わば『健康の一帯一路』だ。結果的に、ウイルス制圧後に実際の『一帯一路』に効果も出よう」(中国のシンクタンク研究者)

 との考えだ。

 中国では、本格的な「米中新冷戦」の時代が長引くと見ている向きが多く、習近平指導部は国内での感染拡大が収束したとする今、世界でウイルスが制圧された後の国際社会での中国の主導的位置付けを視野に入れていると思われる。

野口東秀
中国問題を研究する一般社団法人「新外交フォーラム」代表理事。初の外国人留学生の卒業者として中国人民大学国際政治学部卒業。天安門事件で産経新聞臨時支局の助手兼通訳を務めた後、同社に入社。盛岡支局、社会部を経て外信部。その間、ワシントン出向。北京で総局復活後、中国総局特派員(2004~2010年)として北京に勤務。外信部デスクを経て2012年9月退社。2014年7月「新外交フォーラム」設立し、現職。専門は現代中国。安全保障分野での法案作成にも関与し、「国家安全保障土地規制法案」「集団的自衛権見解」「領域警備法案」「国家安全保障基本法案」「集団安全保障見解」「海上保安庁法改正案」を主導して作成。拓殖大学客員教授、国家基本問題研究所客員研究員なども務める。著書に『中国 真の権力エリート 軍、諜報、治安機関』(新潮社)など。

Foresight 2020年3月27日掲載

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