「戦場」と化した欧州「新型コロナ」惨禍

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 中国や韓国で猛威を振るった新型コロナウイルスは、3月中旬以降、欧州を席巻している。

 イタリアでの死者は3月25日時点で 7000人に迫る勢いとなり、ついに3300人弱の中国を超え、最も死者の多い国になった。ここ数日は毎日600人台、700人台の死者が出ており、増加に歯止めがかかっていない。

 感染者数でもイタリはすでに7万人超となっており、8万人超の中国に次いで多い。

 米国でも感染者数が日々増大して5万人超となっているが、スペインで4万人超、ドイツでも3万人超、そしてフランスでも2万人に迫っており、やはり欧州での急速な感染拡大が際立っている。

「第2次世界大戦に匹敵」

 3月初め時点では、欧州にとってまだ新型コロナの拡散は中国、韓国など「遠いアジアの物語」だったが、今やこのウイルスとの主戦場は欧州に移っている。

 3月17日、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、EU加盟国とシェンゲン協定(欧州各国間の検査なし越境を認めた条約)締約国への域外からの入国を30日間不要不急の場合以外禁止することを提案、翌日の委員会で承認された。ついに、EU(欧州連合)は国境を閉じたのである。

 デモクラシーの原理原則を掲げ、人の移動の自由を標榜してきたEUだが、ウイルスの脅威には勝てなかった。フォン・デア・ライエン委員長の表情は険しかった。

 20日には、EU加盟国を厳しく律してきた「安定・成長協定」の適応除外条項を発表した。単年度の財政赤字額の比率がGDP(国際総生産)の3%を上回ってはならないという条項の適応を除外するもので、フォン・デア・ライエン委員長は、

「各国政府は必要な限り財政投入することができる。そのために、3%基準を柔軟に考える」

 と発言した。これは、欧州統合の規制をも揺るがす大地震だ。

 ブリュッセルの欧州委員会本部では訪問客もまばらで、迅速な仕事が奨励され、担当記者の出入りも15名程度(許可書保持者は813名)しか認められていない。

 欧州理事会では、3月初旬までに警備担当者1人の感染が確認されたため、事務局職員の勤務がテレワークに切り替えられており、3月26、27日に予定していた首脳会議も中止し、欧州議会も閉鎖したままだ。

 さらに3月15日には、ドイツとフランスがその国境間の移動制限を導入した。ドイツはフランス、スイス、オーストリアからの入国を越境間の通勤就労者だけに認めたが、フランスも同様の制限措置を独仏国境で適用する。

 加えて、テニスの「全仏オープン」、サッカー「欧州カップ」などの大勢の人が集まるビッグスポーツイベント延期も早々に決まった。

 こうした現状をアンゲラ・メルケル独首相は「第2次世界大戦に匹敵する欧州の戦争」と呼び、エマニュエル・マクロン仏大統領も「戦争」と呼んだ。

新聞の死亡欄が11頁も

 イタリアでの感染拡大については、当初から、とりわけ感染が多い北イタリアに中国人感染者が多くいたためと言われた。加えて、イタリア全体で感染が広がった理由として、南欧ではあいさつの際にキスや頬ずり抱擁をする習慣があることも指摘されている。

 皮膚接触が多く、日常生活習慣の問題でもあるが、同時に、イタリアが日本に次ぐ老人大国であることも指摘される。死者の平均年齢は71歳だ。新型コロナウイルスは抵抗力の弱い高齢者の感染率が高く、既往病も多いことから死者も多い。

 特にひどいのが北部ロンバルディア地方だ。イタリアでも屈指の経済的繁栄地が、今や「見捨てられた地域」になりつつある。

 実際、観光都市ミラノの閑散とした街区の映像が連日世界で流れている。北部の都市ベルガモも観光地として有名な街だが、現地の新聞『L’echo di Bergame』には、死亡記事欄は日ごろ1頁だが、次第に頁数が増え7、8頁になり、多い日は11頁に及ぶこともある。ロンバルディアだけで、1週間で1200人以上、毎日100人単位で死者が出ている。

 また、入院してもベッドも病室も足りない。野戦病院さながら廊下や屋外に寝かされるケースもある。

 医療設備も十分ではないため、60歳以上の患者には人工呼吸を施せない病院もある。

 医療従事者も不眠不休の治療を強いられ、この地域では医師・看護師から少なくとも71人の感染者が出たという。医師の死者も出ている。

 イタリア全土で学校・芸術イベントなどは中止、バー・レストランの大半は閉店したままで、国全体が外出禁止・封鎖状態にある。

 そうした中でロンバルディア地方の住民は、中央政府からも見捨てられたと感じ始めているとの指摘もある。ロンバルディア地方政府は中国・武漢市で行われたように新たな病院施設を緊急設置しようとしているが、なかなか事態の改善は進まない。

「中国から20万枚ものマスクが支援で送られてきたが、病院仕様ではなく、役に立たない。ハンカチかトイレットペーパー程度のものでしかない」

「ジュゼッペ・コンテ首相も閣僚もほとんど来ない」

 と筆者の知人の関係者は吐き捨てるよう語った。

 遅きに失したものの、政府も感染防止のために集会や人との接触の回避を呼びかけてはいたが、国民の側が感染予防対策に理解を示し始めるのにしばらく時間がかかった。イタリア国民のメンタリティーが、その後の感染拡大に大きな影響を与えていることは間違いない。

外出罰金額が「3倍」に高騰

 不安を増幅させているのは、終息の目途が立っていないからだ。

 いったいつになったら感染が止まるのか。

 感染者数の増大は、中国の例が示すように、一定の段階から検査が進む中で急激に増大するいわば放物線を描いた上昇になるのが特徴だ。検査の範囲が拡大するためである。

 その意味からすると、すでに安定期に入って感染者数の増加が止まったとみられる中国に比べ、欧州はまだ放物線の頂点には達していないとみられている。

 ボリス・ジョンソン英首相は、終息には5月半ばまでかかると明言し、フランスでも政府がまだピークに達していないという見通しを語っている。

 イギリスは3月26日、外出禁止令に踏み切り、フランスも、外出禁止令を当初の15日から5、6週間延長する可能性を示唆している。

 イタリアに続く感染国は当初フランスだったが、今ではスペインだ。

 当初はスペイン政府の対応は消極的だった。

 しかし、3月8日から9日にかけてマドリード州を中心に感染者数が倍増して600人近くとなり、死亡者数も倍増したころから、政府も事態の深刻さを認識し、近隣諸国と同じく休校・移動制限などを取り始めた。

 スペイン本土で初の感染者が確認されたのは2月25日であった。

 当初政府は国民の不安をあおらないために穏便な対応をしていたが、実際には2月前半にもネパールから帰国した69歳の男性が新型肺炎で死亡しており、結果的には、政府が数週もの間感染拡大に何の措置も取らなかったことで対応が遅れた。3月中旬までに全国の学校・文化施設・スポーツ施設などを閉鎖し、14日には、仕事先・食料購入・必要な場合以外の外出禁止令を出した。犬の散歩もままならいという事態で、1回の散歩につき料金25ユーロ(約3000円)の犬の散歩業が誕生した。

 フランスでは、3月上旬までは注意喚起は行われていたが、それでも人々は普段通り外出し、マスク不着用の日常生活を続けていた。

 そして3月15日には、賛否両論ある中で、市町村議会選挙の第1回投票が全国で行われた。イギリスが慎重な姿勢から地方選挙を延期したのとは対照的だった。さすがに15日の投票は最高の棄権率で、第2回投票は先送りとなっている。

 その選挙に先立つ3月12日には、マクロン大統領がテレビ演説で、翌日からの学級閉鎖などの措置を発表、70歳を超える高齢者や慢性病患者などの外出を控えるよう呼びかけた。

 同時に、経済支援措置として、民間企業の3月分の法人税及び社会保険料を申請後控除することも言明した。

 続けて14日には、一般の商店閉店、17日から2週間の期限で外出禁止令が出ている。食料販売店、クリーニング店、宿泊施設、葬儀店、情報・自動車関連、ホームセンターなどの開店は可能だ。

 しかし、国民のかなりの数の人たちは小春日和にも誘われて外出し、せっかくの政府の勧告もあまり守られなかった。

 より厳しい対策が必要と考えた政府は、仕事や病院、必需品の買い物以外の外出を自粛するよう、テレワーク不可能な職場、食料品の購入、医療治療、子どもや介護必要者、自宅付近での個人の運動と犬の散歩等以外の外出の場合には、「外出許可書」の携帯を義務付けた。これはインターネットで作成できる簡単なものだが、不携帯の場合は38ユーロ(約4600円)の罰金を科した。実際、警察官が路上で歩行者を尋問し、許可書の提示を求める映像がメディアでは頻繁に流された。ジョギングする人が許可書を携帯している様子も紹介されていた。

 それでもなかなか人々が携行しないため、罰金額は135ユーロ(約1万6000円)にまで額が上がった。

 結果、観光客のメッカ、シャンゼリゼ通りや南仏ニースの海岸は人影も少ないさみしい街区の様相を呈している。さすがに市町村選挙のあたりから、イタリアでの死者数拡大もあり、国民も次第に事態の深刻さを認識し始めたようだ。交通機関の稼働率は、7、8割に減少している。

病院などの国有化計画も

 イタリアやフランスと比べると、北欧では被害は相対的に小さい。今回の欧州でのウイルス拡大には国民性が大きく反映しているという指摘もある。

 オーストリア・ウィーンでも学級閉鎖、レストラン閉店、スーパー・銀行・薬局などの一部の開店だけ許可したが、店側が入り口で行う入店の人数制限など人々は規制を守り、自己規制が効いているため、外出許可書も必要ない。

 デンマークでも、3月16日に外出禁止令が出される直前の12日のメテ・フレデリクセン首相の演説で、公・民間企業は自主的にテレワークに切り替え、人々は冷静かつ理性的に対応していると語っていた。

 ドイツ・ベルリンでは感染者数は多いものの、死者は少ない。外出禁止令は出ているが、店も比較的開いており、人々は政府の決定を緩やかに守っているというのが実情だ。

 こうした欧州での感染拡大は、無論経済にも深刻な被害を及ぼしている。

 国連の機関である「国際労働機関」(ILO)は、世界で25万人の失業者が出ると予測する。同時に、各国の経済成長率は、今の段階で1%から数%まで後退すると予測される。

 イタリア政府は3月16日、「アリタリア・イタリア航空」はじめ航空産業に対する6億ユーロ(約725億円)に上る救済計画を発表した。国有化政策も視野に入れたものだ。

 スペインでも、病院と保健関連施設の国有化が提案されている。

 そしてフランスでも、企業に対する銀行融資枠を3000億ユーロ(約36兆円)規模に想定、感染拡大が終息する前に解雇することを禁止する措置を検討している。同時に、自営業者向けの生活保障手当(月額1500ユーロ=約18万円)の支給も予定している。

 欧州での「戦争」は、まだまだ終わりが見通せない暗闇の中にある。

渡邊啓貴
帝京大学法学部教授。東京外国語大学名誉教授。1954年生れ。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程・パリ第一大学大学院博士課程修了、パリ高等研究大学院・リヨン高等師範大学校・ボルドー政治学院客員教授、シグール研究センター(ジョージ・ワシントン大学)客員教授、外交専門誌『外交』・仏語誌『Cahiers du Japon』編集委員長、在仏日本大使館広報文化担当公使(2008-10)を経て現在に至る。著書に『ミッテラン時代のフランス』(芦書房)、『フランス現代史』(中公新書)、『ポスト帝国』(駿河台出版社)、『米欧同盟の協調と対立』『ヨーロッパ国際関係史』(ともに有斐閣)『シャルル・ドゴ-ル』(慶應義塾大学出版会)『フランス文化外交戦略に学ぶ』(大修館書店)『現代フランス 「栄光の時代」の終焉 欧州への活路』(岩波書店)など。最新刊に『アメリカとヨーロッパ-揺れる同盟の80年』(中公新書)がある。

Foresight 2020年3月26日掲載

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