「新興若手財閥」の暗躍でプーチン「終身大統領」確立か
2024年で大統領を退陣し、鄧小平型の院政を敷くとみられていたロシアのウラジーミル・プーチン大統領が、一転して5選に道を開く憲法改正に着手した。
これまでの任期がリセットされ、2期12年の延長が可能になることで、プーチン大統領は理論的には2036年まで続投し、首相期間を含めて在位36年と、スターリンの治世を抜いてロシア史でも異例の長期政権になるかもしれない。「院政」から「終身大統領」に転換した事情を探った。
独裁を後押しした「英雄」
ロシアの改憲プロセスは、プーチン大統領が1月15日の年次教書演説でスタートさせたもので、下院は大統領任期の制限や国家評議会の権限強化など権力分散を盛り込んだ改憲法案を審議していた。
しかし、採決を目前にした3月10日、女性初の宇宙飛行士で与党のワレンチナ・テレシコワ下院議員が、
「2024年の大統領選でプーチン氏の名がないと、有権者は戸惑ってしまう」
と述べ、現職大統領と大統領経験者(ドミトリー・メドベージェフ前首相)の通算任期数をゼロにする追加改正案を唐突に提案。
その1時間半後、大統領は議会に登場し、
「国家に多くの問題がある時は、政権交代より安定の方が重要だ」
と述べ、憲法裁判所の承認を前提に、任期撤廃案を支持すると述べた。それまでは、
「大統領の終身制は有害だ」
「憲法規定を順守すべきだ」
と述べていただけに、意外な豹変となった。
その後の展開は素早く、翌3月11日、大統領の任期制限撤廃を盛り込んだ改憲案が上下両院を通過。すべての地方議会が2日間で改憲案を承認し、14日に大統領が署名した。16日には憲法裁判所が改憲部分を妥当と判断し、改憲案は4月22日に国民投票に付される。
国民投票での承認は確実で、1月以降の改憲論議は、当初の「プーチン院政」から「プーチン終身大統領」で決着しようとしている。ロシアのSNSでは、「憲法クーデター」「政治的詐欺」とする批判も上がっている。
反政府運動指導者、アレクセイ・ナワリヌイ氏は、
「勇敢な女性初の宇宙飛行士は、宇宙の暗黒と冷酷をロシア全土に持ち込んだ」
と皮肉った。同じく反政府活動家のドミトリー・グドコフ氏は、
「スターリン時代を知る83歳のテレシコワ氏は、2つの独裁を橋渡しした」
と批判した。テレシコワ氏はその日の朝、政権側から突然提案を要請されたとの報道もあった。
原油価格暴落が直撃
ただ、プーチン大統領は最初から居座りを狙って煙幕を張っていたわけではない。
考えを変えたのはテレシコワ提案の直前のようで、3月6日、イワノボ州での住民との対話で、国家評議会議長に就任して指導者にとどまるのかと問われ、
「二重権力状態になるので、避けるべきだ」
と院政を否定し、
「ロシアには強い大統領が必要だ」
と述べていた。権限の分割が進めば、政権内で対立の火種につながるとの認識だった。背景には、この間の内外情勢変化もあったようだ。
大統領変心の背景について、ドミトリー・ペスコフ大統領報道官は3月12日、
「世界の情勢がより不安定になった。そのような困難な時代には、政権の安定や政策の一貫性が重要な意味を持つ。多くの国も現職大統領の長期化を進めている」
と説明し、「新型コロナウイルス」、世界同時不況、地域紛争の先鋭化、西側による経済制裁の4点を挙げた。
新型コロナウイルスについては、ロシアは早急に中国人の流入を禁止するなど水際対策を強化し、人口の割に感染者数は少ない。
しかし、新型コロナウイルスは原油価格を直撃し、さらにサウジアラビアが仕掛けた「価格戦争」も相まって、3月18日、米原油先物価格はWTIで1バレル=20ドル台まで下げ、18年ぶりの安値を付けた。
同じく原油安につながった2008年のリーマン・ショックはロシア経済に打撃を与え、2009年の成長率はマイナス8%だった。ロシアは輸出の7割が石油・ガスという資源依存経済であり、原油価格暴落で株安、通貨安が顕著だ。
資源依存経済は、産業多角化を怠ったプーチン大統領の経済失政の結果だが、このところの原油価格急落は、ロシアの国際的地位低下や社会混乱につながりかねない。そうした危機感が大統領に翻意を促した可能性がある。
地域紛争では、シリア内戦の激化でロシアとトルコが戦火を交える展開になっており、レジェップ・エルドアン大統領を取り込もうとしたロシアの思惑は破綻した。
中東で関係改善が進んでいたサウジアラビアも、「OPEC(石油輸出国機構)プラス」における協調減産が決裂した後、前述の通り供給過剰にすることで「価格戦争」を仕掛けており、生産コストの高いロシアが不利に追い込まれた。
報道官が言及した「西側の制裁」とは、2014年のウクライナ東部上空でのマレーシア機撃墜事件をめぐる、オランダ法廷の初公判を念頭に置いている可能性がある。
3月に開廷した法廷証言では、ロシア軍関与説が浮上しており、欧米の新たな制裁発動を警戒しているようだ。こうした内外情勢ひっ迫の危機感や使命感から、プーチン大統領は長期続投を決意した可能性がある。
ただ、大統領は19日、24年以降の自らの立場について、「国民がどう望むかだ。あと4年あり、まだ答えを持ち合わせていない」と述べ、続投を決めたわけではないとしている。
利権は子弟に移管
憲法改正手続きを経て、ロシアはプーチン大統領の「終身制」国家に移行する可能性が強いが、英紙『フィナンシャル・タイムズ』(3月13日)は、憲法修正の影の仕掛け人は、若手民族派新興財閥(「オリガルヒ」)のコンスタンチン・マロフェーエフ氏だと報じた。
ウクライナ領クリミア併合にも関与した同氏は従来から、
「ロシアが直面するのは2018年問題ではなく2024年問題だ」
とし、政権交代の危機を回避するため、プーチン大統領を「新ツァー(皇帝)」に擁立すべきだと述べ、「君主制移行」を公言していた。
同紙によれば、2月末、モスクワ郊外のマロフェーエフ氏の別荘に民族派オリガルヒのグループが結集し、プーチン政権の恒久化に向けた憲法改正で気勢を上げた。ロシア経済紙『ベドモスチ』も同様の報道を行っている。
このグループの影響力は不透明ながら、政権内保守派やロシア正教会などが結集しているという。プーチン大統領が院政をあきらめたのは3月初旬とみられ、時期的な辻褄が合う。
マロフェーエフ氏は各メディアで、改憲案が「神への回帰」「領土割譲拒否」「結婚は男女間の行為」「国家の一体性尊重」「戦勝神話の誇示」など保守的な理念を掲げていることを称賛し、改憲投票での支持を国民に訴えている。
大統領終身制に向けた新展開の背後で、プーチン政権幹部や大統領を取り巻くオリガルヒの第2世代が、名門一族として利権を継承しつつあることも見逃せない。
プーチン大統領の長女マリアさんはオランダ人実業家と結婚し、医療会社を経営。次女のエカテリーナさんはモスクワ大学理事などを務め、大富豪の息子と結婚した後離婚し、莫大な財産を分与された。
ニコライ・パトルシェフ安保会議書記の長男、ドミトリー・パトルシェフ氏は農相、セルゲイ・ボリソヴィチ・イワノフ前大統領府長官の次男セルゲイ・セルゲイヴィチ・イワノフ氏はダイヤモンド採掘会社の社長だ。政権幹部や政権に近いオリガルヒの子弟同士の結婚も多く、新貴族間の縁組が進んでいる。
「110人の個人がロシア全資産の35%をコントロールし、世界でも前例のない富の偏重が進んでいる」
と著書『プーチンの泥棒政治』(”Putin's Kleptocracy”)で書いたのは、米国の女性政治学者・故カレン・ダウィシャ氏だった。プーチン政権が王朝化し、長期化する中で、「終身大統領制」は利権の固定化につながりかねない。