サウジ・ロシア・アメリカ「メキシカン・スタンドオフ」の行方

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 読者の皆さんは「メキシカン・スタンドオフ」(three way Mexican stand-off)という英語の語句をご存じだろうか?

 恥ずかしながら、商社マンとして英語圏に13年間も勤務していたのに、筆者は知らなかった。

 調べてみたら、おおよそ「三者が互いに拳銃を向け合ったままにらみ合い、自分が引き金を引くと自分も打たれてしまう、だからと言って自分が拳銃を引き下げると打たれてしまうという、3人が3人とも動けない膠着状態、いわば『三すくみ状態』にあること」を意味するようだ。

 ロシアが「OPEC(石油輸出国機構)プラス」を崩壊させ、怒ったサウジアラビア(サウジ)が大増産して安値販売に打って出て「価格戦争」を勃発させ、受け身の米シェール産業が立ちすくんでいる様を『フィナンシャル・タイムズ』(FT)はこう表現している。

 だが「三すくみ状態」が継続したら、次に何が起こるのだろうか?

 筆者は、本欄『初決算「サウジアラムコ」の「設備投資削減」でも「生産能力増」は実現可能か』(2020年3月17日)の中で、「国際戦略研究所」シニア・フェロー、ピエール・ノエルのオピニオン記事を紹介した。

 彼の記事の主要論点ではないが、『FT』のいう「三すくみ状態」からの次の展開について、彼が次のように予測していることもお伝えした。

〈この記事を、ノエル氏は現在の石油価格暴落は長続きしない、との判断から始めている。

 すなわちサウジは、この低価格が米シェールに打撃を与えるのみならず、自国の財政にも大打撃であることをすぐに悟り、ロシアに協力を求めるだろうというのだ。そして米シェール産業が壊滅的打撃を受ければ、ロシアは再びサウジとの協力関係に戻り、モデレートな供給削減をすることにより価格を押し上げていくだろう、と〉

 つまり、現在の「三すくみ状態」は、米シェールが壊滅的打撃を受ける一方、サウジにも耐えがたき痛みをもたらすので、ある段階でサウジがロシアに歩み寄り、米シェールの急激な回復がないとみればロシアもサウジとの協力関係に戻るだろう、というのだ。

 ストーリーとしてはありうる展開だろう。

 だが、問題は時間軸だ。

 いつになったらこれらの事象が起こるのか?

サウジの「義務」

 正直に言うと、筆者には読めない。

 何と言っても「新型コロナウイルス(Covid-19)」のパンデミックがいつまで、どのように拡大し、それが経済活動にどの程度の影響を与え、経済成長率がどこまで下方修正されるのか、それに連れて石油需要の伸びがどこまで落ち込むのか、そしてその後の回復はどうなるのか、などがまったく読めないからだ。

 石油需要については、「IEA」(国際エネルギー機関)が『月報(Monthly Oil Market Report)2020年3月号』において、「ベースケース」でも2020年は金融危機が起きた2009年以来となる前年比マイナス(9万バレル/日=BD)になると予測していることは既報の通りだ(2020年3月13日『SNS「人気戯画」が象徴するロシア「超強気」の根拠』)。

 ちなみに、「ハイケース」で前年比48万BD増、「ローケース」では同73万BD減と見ている。『同月報2020年1月号』では120万BDの需要増と見ていたのだから、大幅下方修正である。

 一方、「非OPEC」の供給増は、210万BDと見ていた。内、120万BDはシェールが主要部分を占める米国で、残りの90万BDがノルウェーやブラジル、ガイアナなど、市況に関係なく増産される「在来型」油田からのものだ。

 したがって、仮にシェールの増産が完全に止まり、前年対比の増加率が「ゼロ」になったとしても、世界全体で見ると、2020年は90万BDの供給増に対し、需要は「マイナス73万BDからプラスの48万BD」、すなわち42万BDから163万BDの供給過剰となる見込みなのだ。

 もしシェールの生産が2019年比、いくらかでもプラスであれば、その分だけ供給過剰量が多くなる計算だ。

 いずれにせよ、このような需給環境でサウジが増産に走ったことは、世界経済の仕組みを壊滅状態に陥れるかもしれない思慮を欠いた行為ではないだろうか。

 リーマンショックを契機とする金融・経済危機に対処するために始まった「G20(20カ国・地域)サミット」の今年の議長国として、サウジは今回の「石油価格戦争」を終戦に持ち込む義務があるのではないだろうか?

 今日ご紹介する『FT』の記事では、あるサウジ人が、現状を導いた「責任をロシアに押し付けられる」と言っているそうだが、果たしてそうだろうか。

 もし「OPECプラス」による協調減産がロシアの主張どおり行われていたとしたら、こんな状態にはなっていないのは火を見るより明らかではないだろうか(2020年3月12日『サウジvs.ロシア「価格戦争」で懸念される「エネルギー移行」停滞』)。

 前出の拙稿に加え、本欄『価格戦争「サウジvs.ロシア」本当の敵は「米シェール」という「仕組み」と「背景」』(2020年3月11日)の中で、本件に関する筆者の基本的な見方は披露してある。『FT』の当該記事は、卑見を裏書きしてくれているような内容なので少々安堵している。

 ちなみに、『FT』記事原文を読まれる方に、1つだけアドバイスがある。

 記事に添付されている原油輸出量の推移グラフ(下記)からだけで、サウジとロシアの世界の石油市場における「実力」を判断するのは必ずしも正しくない、ということだ。

 当該グラフから読み取れるのは、2002年から2019年にかけて、原油輸出量はロシアよりサウジの方がおおよそ200万BDほど多いということだが、これには「石油製品」の輸出量が反映されていない。

『BP統計集2019年』(BP Statistical Review of World Energy 2019)によると、2018年のサウジとロシアの各数値は次のようになっており、実力はほぼ拮抗していると言っていいだろう(注:石油生産量には、原油以外にコンデンセート=液体炭化水素=、NGL=天然ガス液=などを含む)。

 では、『FT』の中東部門編集長アンドリュー・イングランド、エネルギー部門編集長デービッド・シェパードおよびモスクワ特派員(ワルシャワ出張中の模様)ヘンリー・フォイの3人による「価格戦争」のもたらす影響と将来展望に関する現時点での総力記事を次のとおり紹介しておこう。

 東京時間2020年3月17日午後2時ごろの掲載で、「Saudi oil war : ‘The beauty is you can blame it on the Russians’」というタイトルに、サブタイトルが「Battle between strongmen threatens to upend markets and damage economies」となっている。

「ロシアに責任を押し付けられる」

■世界各国の首脳たちが集まっている部屋に、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が入室してきたとき、サウジのムハンマド・ビン・サルマーン(MBS)皇太子は最悪の状態だった。数週間前にジャマル・ハーショクジー(カショギ)殺害事件が発生し、サウジは何年も経験したことのない外交的危機に直面しており、多くの人がその責任を問うていたサウジの次期国王は、「G20サミット」の場で冷たい処遇を受けていたのだ。

■だが、プーチン大統領はニコニコしてMBS皇太子とハイタッチをし、微笑む皇太子の隣の席に腰を下ろした。2018年11月のブエノスアイレスにおけるこの「G20サミット」は、それまで何十年と二極化された世界の相対するグループに属していたのだが、今では石油価格の安定という共通の利害を見出しており、共に独裁主義的なロシアとサウジのリーダーたちが友好関係にあることを象徴したものとなった。

■しかし、新型コロナウイルスのパンデミックによりすでにぐらついていた世界市場にカオスをもたらした「石油価格戦争」に二大産油国が巻き込まれたため、両国の盟友関係は先週、見るも無残に崩壊した。

■大混乱に巻き込まれているのは、ハーショクジー殺害事件の後に批判を無視してMBS皇太子を支持し、一方で何度もプーチン大統領のリーダーシップを誉め讃えて多くの人を困惑させてきた、ドナルド・トランプ大統領がその人だ。新型コロナウイルスの拡大という暗雲が垂れ込める中、大統領再選の戦いに本格的に取り組んでいるまさにその時に発生したロシアとサウジの石油戦争は、これまで発展してきた米国のシェール産業に脅威を与え、負債の重荷にあえいでいる米大手石油会社に害をもたらし、崩壊しつつある株式市場へ圧力を増している。

■「我々はいま『メキシカン・スタンドオフ』状態にある。3人の大物たちが同じ部屋の中で『お前があそこのあいつをやるというなら、それは俺をやるということだから、俺はおまえをやっつける』と言い合っているのだ」」と、「英国王立防衛安全保障研究所(Royal United Service Institute for Defence and Security Studies)」アソシエイト・フェローのマイケル・ステフェンズは指摘する。「これは誰もが引き下がろうとせず、だが、誰もが痛みを感じている奇妙な三角討論だ」と。

■コロナウイルスのパンデミックが拡大する中、価格下落を抑えるためにサウジが懇請した大幅減産をロシアが拒絶したことで価格戦争が勃発し、3年間にわたる両国の協調減産は終焉を迎えた。「OPEC」の事実上のリーダーであるサウジは、直ちに260万BDを市場に追加供給すると脅し、大幅に値下げを行うという、この何十年間でも最大級の攻撃的行動にでることで対抗した。指標となる原油価格は先週、30%以上下落した。

■ロシアが目指す相手は、MBS皇太子とプーチン大統領が2016年に協調減産に合意してから、ロシアとサウジのマーケットシェアーを奪う形で450万BDの増産を実現した米シェール産業である。

■世界最大の原油輸出国であるサウジは、増産量が下落する価格による財政上の影響を和らげ、マーケットシェアーを回復し、ロシアを交渉テーブルに引き戻し、エネルギー産業を再生するということに賭けている。

■「ハーショクジー殺害事件を世界中から批判され、非難されたので、我々は『世界の石油市場の責任ある当事者であるのに、その信用を勝ち得ていない』し、究極的には誰もが自分のためにのみ動いている、と感じている。どうして見返りなしで我々が犠牲にならなければならないのだ」と、王宮に近い1人のサウジ人は言う。「今回の行動の利点は、ロシアに責任を押し付けることができる、ということだ。正当な答え方は『ウラジーミルの所に行って話をしろ。彼が始めたのだから』というものだ」と。

■その人はさらに「業界に構造的変化をもたらす一方、物事を今のまま進めさせること」はサウジの利害に合致すると語った。

■「脆弱なシェール業者を排除し、世界中の『テスラ』のような電気自動車メーカーや、代替エネルギー関係者に、石油を巡る全体の絵図を変更しうる多くのことがあるのだ、というメッセージを送るのだ」とこの人は言った。

「感情問題は長引くだろう」

■だが、これは衝動的なリーダーだというMBS皇太子のイメージを強めることになりそうだ。同時にまた、これは石油に依存しているサウジにとって、大きな賭けだ。新型コロナウイルスの影響もあって、今回のこの行動は、経済を多様化するという皇太子自身の計画をひっくり返し、6年間で2度目の経済崩壊のリスクを孕んでいる。

■ロシアもまた何がしかの痛みに耐えなくてはならないが、ロシアは外貨準備を積み上げており、為替の変動相場制があり、石油への依存度は低い。ロシア政府から出ているシグナルは、長期戦に入るということだ。プーチン大統領のスポークスマンは、ロシアのリーダーはMBS皇太子、または彼の父君であるサルマーン国王と話し合う「計画はない」と明言している。

■「サウジに対して真剣に価格戦争を仕掛けてきた国はすべて敗れている、とサウジは考えている。だが、今はシェールオイルおよび新型コロナウイルスの出現により、前例のない状況に直面している」と米「外交問題評議会(Council on Foreign Relations)」のフェローであるエイミー・マイヤーズ・ジャフィは指摘する。「安い石油が新しい需要を喚起するとは限らない」と。

■ダメージは波及して、バクダッドからテキサスにまでひたひた押し寄せるだろう。

■10年前なら、米国は明らかに安い石油価格から恩恵を得られただろうが、急速に世界最大の産油国になったので、同じようにはいかなくなっている。テキサス、北ダコタ、あるいはペンシルベニアなどシェールブームの恩恵を受けている産油州は、価格を引き下げるだけでなく押しつぶさんとする価格戦争の犠牲者になるだろう。

■ロシア政府は、米国政府がロシアに制裁を科しているのは、部分的には米シェールの販路を確保したい欲求に動機があると長いあいだ見ている。「世界石油市場における米国のシェア拡大は、しばしば経済的な手法より、主要なプレイヤーたちを追い出し、不要な生産物をおしつけるという政治的手法によって実現している」とロシア最大の国営石油会社「ロスネフチ」の最高経営責任者(CEO)イゴール・セーチンは昨年10月に語っている。

■サウジには、1986年にサウジが原油を市場に溢れさせ、当時のソ連経済を弱体化させたという確信に勇気づけられている人がいる一方、皇太子はやり過ぎている、と考えている人もいる。「ロシアをいら立たせ、今は唯一の友人(トランプ)を追い求めている。これは完全な暴挙だ」と、湾岸に本拠を置く1人のアナリストは指摘する。「私が知っているサウジ人のあいだには真の失望感が広がっている」と。

■オイルトレーダーたちは、両国のリーダーたちがメンツを保ちつつ、一歩引きさがれるのか、できるとしたらどのように、という判断ができる材料を待っている。「たとえ価格戦争が解決したとしても、壊れた両国の感情問題は長引くだろう」とマイヤーズ・ジャフィ女史は言う。「すぐに和解するとは思えない」と。

岩瀬昇
1948年、埼玉県生まれ。エネルギーアナリスト。浦和高校、東京大学法学部卒業。71年三井物産入社、2002年三井石油開発に出向、10年常務執行役員、12年顧問。三井物産入社以来、香港、台北、2度のロンドン、ニューヨーク、テヘラン、バンコクの延べ21年間にわたる海外勤務を含め、一貫してエネルギー関連業務に従事。14年6月に三井石油開発退職後は、新興国・エネルギー関連の勉強会「金曜懇話会」代表世話人として、後進の育成、講演・執筆活動を続けている。著書に『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか?  エネルギー情報学入門』(文春新書) 、『日本軍はなぜ満洲大油田を発見できなかったのか』 (同)、『原油暴落の謎を解く』(同)、最新刊に『超エネルギー地政学 アメリカ・ロシア・中東編』(エネルギーフォーラム)がある。

Foresight 2020年3月19日掲載

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