「新型コロナ」蔓延であなたの「給与」はどうなる?

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 新型コロナウイルスの世界的蔓延による経済活動の急激な縮小が、連日大きく報道されている。

 実際、大小各種イベントの中止、海外からの訪日旅行客の激減による観光産業や外食産業、航空・鉄道業、小売業などの売り上げ減少に留まらず、多くの産業・業種で深刻な影響が全国的に拡大している。

 蔓延が長引けば、企業業績に大打撃を与え、雇用や給与を揺るがすことになるのは火を見るより明らかだ。

 政府は休業による所得減への補てんなどにも踏み出す姿勢を見せているが、果たしてあなたの給与はどうなるのか。

「ベアゼロ」は7年ぶり

 3月決算の大企業の場合、影響を受けているのが年度後半の2カ月ほどということで、前半が好調だったところは、そこそこの決算内容で踏みとどまる見通しだ。

 トヨタ自動車が2月6日に今期(2020年3月期)の業績見通しを修正し、それまで営業利益が前の期に比べて2.7%減の2兆4000億円としていたものを、1.3%増の2兆5000億円に上方修正した。一転増益後に新型コロナの蔓延が深刻化しており、この見通しのまま期末を迎えられるかは不確定だが、影響が出ても増益は維持される、というのが市場の見方だ。

 ところが、3月11日のトヨタの労働組合への春闘の回答は厳しいものだった。基本給を底上げ改定する「ベースアップ(ベア)」を見送ると回答したのである。賃上げ額は総額で月8600円、一時金は6.5カ月の満額回答だったが、「ベアゼロ」は7年ぶりのこととなる。

 アベノミクスで企業業績が好転したのを受けて、安倍晋三首相は2014年の春闘から、ベアを産業界に呼び掛けてきた。円高修正による業績好転分を給与の形で働く人たちに分配することで、低迷していた消費を底入れさせ、消費産業の業績が好転することで、さらに給与増に結び付ける——。いわゆる「経済の好循環」を、経団連会長など財界首脳に訴えたのである。

 「官製春闘」と揶揄される場面もあったが、結果は2014年から6年連続のベア実現となり、給与や賞与の増加にまがりなりにもつながってきた。大企業を中心とする給与増を、今後、どうやって中小企業にも広げていくかが焦点の時に、景気の腰折れ懸念が出てきたわけだ。

 きっかけの1つは2019年10月の消費増税、そしてもう1つが新型コロナの蔓延による経済活動の停滞だ。

昨年すでに給与は頭打ち

 厚生労働省が発表した毎月勤労統計調査をみても、2014年から名目賃金は増加に転じ、2018年までは5年にわたってプラスが続いた。ところが、昨年半ばからこの賃金上昇にも陰りが見え始めていた。

 2019年の1人当たりの現金給与総額(名目賃金)は、パートを含む全産業平均で月額32万2612円と前の年に比べて0.3%減少し、6年ぶりのマイナスになったのである。

 「働き方改革」の広がりによって残業代など「所定外給与」が0.8%減少、賞与など「特別に支払われた給与」も1.0%減少した。ちなみに、物価の上昇率を差し引いた「実質賃金」は0.9%減となり、2年ぶりのマイナスだった。

 パートを除く「一般労働者」の現金給与総額(名目)は、0.3%増の42万5203円と7年連続のプラスになったが、給与が低いパートの比率が31.53%(前の年は30.88%)に上昇したこともあり、全体ではマイナスになった。

 なぜ、2019年は年間を通して給与が頭打ちになったのだろうか。

 現金給与総額の増減を産業別にみてみると、厚労省の資料にある16の産業のうち、8つで増加、8つでマイナスになった。最も増加したのは、「鉱業、採石業等」の6.3%で、次いで「建設業」が2.7%だった。

 一方でマイナスが大きかったのは、「教育、学習支援業」の2.6%減、「卸売業、小売業」の1.4%減、「情報通信業」の1.3%減、「複合サービス事業」の1.2%減、「飲食サービス業等」の0.9%減などだった。

 だが、人手不足が続いている「建設業」などで給与が増えているものの、もともと低賃金の人が多い業界だったし、今後の給与増が課題であるサービス産業の人たちの給与は、さらにマイナスになっていた。

 もっとも、2019年の給与減少は、時給などの賃金単価が下がっているというよりも、労働時間が減少していることが大きい。「働き方改革」で残業を減らしたり、休日取得を奨励している企業が多いからだろう。

 「総実労働時間」は、パートを含む全産業で、月139.1時間と、前の年に比べて2.2%減っている。パートを除く一般労働者は、164.8時間と1.7%減った。

 片や、パートの労働時間は83.1時間と2.6%も減っている。短時間労働のパートが増えたためなのか、景気減速で全体として労働時間が減っているのかは判断がつかないのが現状だ。

 パートを含む全体では、16の産業区分のうち、「鉱業、採石業等」を除く15の産業で総労働時間が減少している。長時間労働が問題と指摘されていた「飲食サービス業等」で、3.1%と最も大きく減っているのが目を引いた。

 つまり、2019年12月まで、働き方改革に景気の減速感なども加わり、労働時間が減少、給与が頭打ちになり始めていたことが分かる。これはもちろん、今回の新型コロナの影響が出る前の話だ。

どこまで所得補償は広がるか

 では今年に入って以降はどうなのだろうか。

 厚労省が公表しているデータは、3月6日に発表された2020年1月分の速報値までだ。これによると、パートを含む全産業の現金給与総額は、名目で1.5%増(実質で0.7%増)となっている。「所定外給与」が1.8%減っているものの、「特別に支払われた給与」が10.4%増えており、特定業種の賞与など何らかの特殊要因がありそうだ。

 問題は、新型コロナの影響が本格化した2月、3月以降の給与がどうなるか、だろう。

 「保護者の皆さんの休職に伴う所得の減少にも、新しい助成金制度を創設することで、正規・非正規を問わず、しっかりと手当てしてまいります」

 2月29日、記者会見に臨んだ安倍首相は、全国すべての小・中・高校などに春休みまでの臨時休校を要請したが、その際、子どもの学校が休みになることで働けなくなる保護者への所得補償を打ち出した。

 政府が個人の所得を補てんする政策は極めて異例で、実際にどこまでを対象とするかなど難題も多い。

 こうした混乱を避けるためか、とりあえず厚労省は3月2日、保護者が仕事を休んだ場合に、1人当たり日額8330円を上限に賃金相当額を支払うことを決めた。

 フリーランスの場合は、労働基準法の「労働者」ではなく、個人事業主の請負契約などになっているケースが多く、当初は一律の所得補償は考慮されていなかった。メディアなどで「休業フリーランス悲鳴」といった報道が相次いだこともあり、政府は半額の日額4100円を支給することとした。

 ここまで来ると、何でもありの状態で、今後、どこまでも所得補償の話が広がっていく可能性が強い。新型コロナの蔓延が理由になっているため、バラマキ政策だという批判も、今回は上がっていない。

 だが、それでも2019年水準の給与や所得が100%補償されることはないだろう。

 企業で働く人の場合、3月以降は残業代がゼロになる可能性もあり、現金給与総額が大きく減ることは確実な情勢だ。

 今後、企業の業績が悪化すれば、年間の賞与が減額されるなど、さらに給与が落ち込むことになりかねない。

 リーマンショック後の2009年は現金給与総額が3.8%減少、残業代など「所定外給与」は13.5%、賞与など「特別に支払われた給与」は11.8%も減った。

 実は、その前年2008年の現金給与総額平均月額33万1300円は、いまだに突破できていない。

 パートを除いた「一般労働者」に限ってみても、2008年の41万4449円を上回ったのは、10年後の2018年のことだ。

 今回の新型コロナの蔓延が長期にわたれば、リーマンショック時を上回る給与の減少になるかもしれない。そうなれば、低迷している消費がさらに落ち込むのは必至だ。

 米国がゼロ金利政策を取り、大幅な財政出動を決めるなど、世界各国の当局が、経済の底割れを防ぐ対策を打ち出している。

 日本も、日本銀行が前倒しで政策決定会合を開き、ETF(上場投資信託)の買入額を倍増させるなどの量的緩和策を打ち出したが、株価は今ひとつ反応薄だった。

 今後、本格的なマイナス金利政策に踏み込むことなどが必要になるだろう。また、政府も所得税の減税や、給付金の支給、さらには消費税の時限的な税率引き下げなどに動くことになりそうだ。
 

磯山友幸
1962年生れ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、大阪証券部、東京証券部、「日経ビジネス」などで記者。その後、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、東京証券部次長、「日経ビジネス」副編集長、編集委員などを務める。現在はフリーの経済ジャーナリスト。著書に『2022年、「働き方」はこうなる』 (PHPビジネス新書)、『国際会計基準戦争 完結編』、『ブランド王国スイスの秘密』(以上、日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)、『破天荒弁護士クボリ伝』(日経BP社)、編著書に『ビジネス弁護士大全』(日経BP社)、『「理」と「情」の狭間――大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP社)などがある。

Foresight 2020年3月18日掲載

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