今井悠貴を親戚のおばちゃん気分で見守る「ハイポジ」 “顔芸”から“濡れ場”まで

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 子役に始まり、キャリアは長く、演技力も抜群。特に泣き顔が絶品かつ多彩で、もらい泣き必至。心に傷をもつ子供から人を傷つける少年まで、あらゆるパターンの子役を演じ、健気も幼気(いたい)けも殺気も狂気もお手の物。顔立ちが昔ながらというか、古典的なので、戦前戦中の時代背景もリアリティをもって背負える。濃い顔ではあるが、佇まいは地味。どんな場所でも舞台でも溶け込んで馴染む。なんなら気配を消すこともできる。うまい役者って、みんなそう。

 彼がまだ21歳と知って驚く自分もいれば、もう21歳かと親戚のおばちゃん気分で目を細める自分もいる。その人の名は今井悠貴。初主演ドラマと聞いて、ご祝儀包みたい気分になっているのが「ハイポジ」である。

 妻にも娘にも邪険に扱われ、家に居場所がない。娘の年齢=セックスレス期間という冷え切った夫婦関係。会社からリストラされ、妻からは離婚を求められ、捨鉢になる46歳の男が主人公。

 やけくそで格安風俗店へ行ったものの、風呂場で転倒。後頭部を強打、流血の大惨事……から物語が始まる。中身は46歳のまま、30年前の高校生時代へ戻ってしまうのだ。1986年が舞台。

 46歳の主役は、しょぼくれ感ハンパない柳憂怜が演じ、16歳の体を今井が演じる。腰も痛くない、足も臭くない、若返った体に小躍り。うだつの上がらない1度目の青春とは異なり、初恋の人(黒崎レイナ)と急接近したり、のちに妻となる同級生(鈴木絢音)からも積極的にアプローチされて、なんだかモテモテ。しかもイケイケのお姉さんや46歳人妻ともやりまくる機会も。

 ただ、モテて有頂天になるだけではない。ことあるごとに己の人生を振り返り、至らなさを反省する。特に、妻(いしのようこ)に対しては忸怩(じくじ)たる思いで満タンだ。

 カラッと笑える中に、中年ならば誰しもがしんみりするエピソードもあって、バランスがいい。「何の変哲もないタイムスリップモノ」と捨て置けない魅力がある。

 今井の顔芸は、若さを取り戻した中年の喜びを見事に表現。もはや今井も中年に見えてくる。それもこれも柳の比類なき「くたびれ感」とのコラボがよいから。

 画面の中で今井と柳がテンポよく入れ替わるのだが、時には2ショットで仲睦まじくなど、一心同体の表現が結構面白い。飽きさせない工夫もある。そこも魅力。

 黒崎と鈴木は「80年代のカワイコちゃん(死語)ってこんな感じだった!!」を絶妙に再現。同級生にこのふたりみたいな子、いたもの。

 なんといっても懐かしさが最強。毎回かかる歌謡曲に懐かしさの嵐が吹き荒れる。C-C-BにTOM★CATだよ? 86年に14歳だった私は口ずさみっぱなし。ちなみにタイトルのハイポジはカセットテープの種類。ノーマル、ハイポジ、メタルってのもあったよね。

 どんな結末になるか楽しみ。夫婦再生か家族解散か、別の未来になるのか。使命感と悲愴感の大規模タイムトリップを描く日曜劇場と比べたら、かなり小粒。矮小な自分事の小規模タイムトリップ。でも中年の私にはこっちのほうがしっくり。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2020年3月19日号掲載

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