高校生で人生がほぼ決まってしまうフランスの超学歴社会…日本人ははるかに幸せ
日本の大学受験生は、そろそろ大学入試も終わる時期でしょうか。フランスの学生にとっては、大学の合格発表を待つ日本人より遥かに大変な時期を迎えています。なぜなら進路の決定という、いわば“人生の岐路”に立たされているからです。
実をいうと、こちらは日本人の想像を超える厳然たる学歴社会です。まず、大学に進学するために必要なのがバカロレア(通称バック:BAC)と呼ばれる「高校修了証」。卒業前年の6月に7日間にわたって行われる全国統一試験に合格すると、このディプロムを取得し大学へ進学できます。バカロレアには普通バカロレア、技術(工業)バカロレア、職業バカロレアの3種類あり、大学に進学するために必要な普通バカロレアは科学系、人文系、経済・社会系の3分野に分かれています。たとえば人文系の文学部に進学した場合、3年後の大学卒業時に得られるのは「バック+3 文学学士」の修了証(ディプロム)です(修士の場合は5年なのでバック+5)。2018年のバカロレア合格率は88.1%でした。
バックに合格した学生は翌年1月に希望大学を3つまで高校に提出し、6月までに入る大学の通知を受け取ります。日本のような入学試験はなく、バカロレアを取得していれば誰でも大学へ入れることになっています。ただ、最近は就職が困難なこともあって大学進学率が上がり、1900年には1%だったバカロレア保持率も1970年には20%、1990年には43.5%、2017年には80%近くまで上がっています(*1)。そのため人気の大学は定員オーバーになり、居住地や先着順、抽選等で割り振られるようになっています。2018年には、学生の成績で合否を決めるという法改正案に対して、教育にお金をかけられる裕福な家庭に有利になるため不平等だとして学生から反発のデモが起こり、国内の大学が占拠されるというフランスらしいエピソードもあります。
また大学に入るのは簡単ですが進級基準は厳しく、医学部の学生は2年生に進級できるのは2割程度ですし、2016年の大学1年生全体の進級率は半分未満の41.6%(*2)と日本に比べてかなり低いのが現実です。
フランスの歴代大統領や首相を輩出し、カルロス・ゴーン氏など経営者や企業幹部に出身者が多い大学校「グランゼコール」はさらに難易度が高く、入学するためにはバカロレアで高得点を取得し、2年間の準備クラスを修了する必要があります。このクラスに入れる学生は年間約4万人で、大学に進学する学生の2%程度です。また修了後はグランゼコールごとの選抜試験に合格する必要があり、エリート中のエリートを養成する難関高等教育機関です。
無事に大学を卒業できても就職は簡単ではありません。フランスの学生たちには日本の学生たちにはない3つのハードルが存在するのです。
・若年層の突出した失業率の高さ
・専攻内容による志望職種の制限
・新卒採用という優遇枠がないこと
フランス全体の失業率は2018年では9.1%ですが、25歳以下の若い世代に限ってみると20.8%と全体の倍以上、50歳以上の失業率6.5%と比べると3倍以上と失業率が非常に高いのです。(*3)日本の完全失業率は2019年で2.4%ですが、25歳から34歳までが3%台、それ以外の世代が1~2%台と、フランスほどの差はありません。(*4)
このような高い失業率に加え、大学や大学院、専門学校等のディプロムを取得していても、何を専攻したのか細かく問われ、専攻内容が募集職に生かせなければ応募することも難しいという事情があります。法学部、経済学部、文学部などどの学部の出身でも希望すればどんな会社の入社試験も受けられる日本より厳しいといえるでしょう。
たとえばフランスの大手就活サイトmonster.frに、ある企業は次のような募集を出しています。
募集職:マーケティングアシスタント
応募条件:バック+2~5、マーケティングもしくはデジタルコミュニケーションを専攻していること
アシスタントといえどもバカロレア取得後2年以上の学歴が求められ、かつ学部ではなく「マーケティング」と専攻内容まで細かく絞られているのも特徴です。多くの企業が募集職に沿う細かいディプロムを求めているのです。
ですから就職のことを考えると学生はどの学部で何を専攻するのか慎重に決めなければなりません。
映像関係の職に就きたくてその分野のディプロムを取得したものの、業界自体に採用が少ないため何年も就職できず、他の業界には応募できないのでボワチュリエ(レストランやホテルなどで客からキーを預かり駐車を代行する係)を40代まで続けている人もいます。
科学系のディプロムは比較的どこの業界にも就職しやすいので、最近の成績優秀な学生は自分が学びたいかどうかに関わらず情報科学などを専攻する傾向があるようです。
またフランスでは企業が正社員として雇用するのは即戦力となる人材。新卒採用という枠や概念はなく、日本の大学生のようにリクルートスーツを着て一斉に就職活動をすることもなければ新卒向けの採用セミナーなどもありません。日本は経験のない新卒の学生を採用して入社後に戦力として育てるという意識が高いですが、フランスではそのような意識もありません。キャリアを積んだ転職希望者達と同じ条件で就職の関門に挑むことになるので、当然ですがキャリアのない学生には不利になるのです。
それでは学生はどのように就職先を見つけるのかというと、在学中に企業でのインターンシップを通して経験を積み、うまくいけば卒業後その企業に就職、できない場合は別の企業で非正規雇用(18か月を上限とした期限付き雇用)などを経て働きぶりを認められてから、晴れて正社員(無期限雇用)になるのです。通常フランスの大学の履修課程では半年程度のインターンが必須になっていて、コネやリンクトインという、GAFAなど多くの企業が採用に活用しているビジネス系のSNSなどを通じて自分でインターンシップ先企業を見つけます。私が勤めている会社にもMBA取得過程の大学院生インターンが多く来ては去って行きました。企業にとっては合理的な採用制度ですが、学生など若者にとって安定した職に就くには、このように道のりは長く、険しいのです。
これらを乗り越えて就職すると、今度は昇進の壁にぶつかることになります。採用時に職種だけでなく待遇も細かく決められているのが契約社会フランスなのです。一般職として採用されたら、管理職に昇進することはほぼありません。学歴に応じて管理職に応募できるのか、非管理職なのか分かれているのです。管理職への応募条件は各企業によりますが、日本の大学院卒にあたるバック+5以上の学歴とそれなりの経験を求められることが多く、日本のように未経験者が飛び込んで活躍したり、平社員から出世していく「叩き上げ」の文化はありません。日本でいう公務員試験一種、二種のように同じ職場に就職してもスタート時点から、ポジションやその後に開かれているキャリア、昇進スピードが違うのです。
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