高橋理事の五輪延期発言 NBCテレビの意向を“忖度” 放言ではなく観測気球という声

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秋開催だと米視聴率は減少

 1964年の東京オリンピックは10月10日から24日にかけて行われたが、その後の大会を順番に見てみよう。

 68年のメキシコシティーは10月12日から27日。72年のミュンヘンは8月26日から9月11日。76年のモントリオールは7月17日から8月1日――という具合だ。

 かつては柔軟に決定されていた開催時期が、7~8月に集中していった背景には、アメリカの3代ネットワークNBCの意向があるとされる。

 何しろNBCが払う放映権料は国際オリンピック委員会(IOC)の財政を支えていると言われる。それほど巨額なのだ。

「2019年にIOCは、13年から16年の収益はテレビの放映権料が全体の73%を占め、そのうちNBCが負担した分は5割弱と発表しています。88年のソウルオリンピック頃から放映権料をバックにしたNBCの発言が、マスコミの注目を集めるようになりました。95年には、2000年から2008年までのオリンピックのアメリカ国内における独占放映権を総額35億ドルで獲得しました」(同・記者)

 ちなみに過去30年に開催された夏季オリンピックのうち、9月に開催されたのは2000年のシドニーだけだ。

 ところがこの時、NBCは低視聴率に苦しんだ。これがトラウマとなり、2004年のアテネオリンピックから、7月から8月にかけての開催が相次ぐようになったという経緯がある。

 なぜ夏に開催しなければ、視聴率が低下するのか、アメリカのテレビ業界に詳しいデーブ・スペクター氏に話を聞いた。

「まず大前提として、NBCは保険に入っていますので、たとえ東京オリンピックが中止になったとしても、放映権料は戻ってきます。儲かりませんが、損はしない仕組みなのです。そのため、最終的にNBCは、中止でも延期でも受け入れることは可能でしょう。その上で、多くのアメリカ人にとってオリンピックといえば夏であり、独占放送するNBCを思い浮かべます。高校野球で春の甲子園といえば毎日新聞、夏の甲子園なら朝日新聞を思い出すようなものです。50年前の東京オリンピックの記憶を持つ日本人とは違って、秋開催と聞いて戸惑うアメリカ人は少なくないでしょう」

 アメリカのオリンピック史を紐解けば、1932年のロサンゼルスオリンピックは7月30日から8月14日、84年のロサンゼルスオリンピックは7月28日から8月12日、96年のアトランタオリンピックは7月19日から8月4日に開催されている。

 そして2028年のロサンゼルスオリンピックも7月21日から8月6日の開催予定だ。確かにデーブ氏の指摘する通り、「アメリカで“オリンピック”と言えば夏」なのだ。

「アメリカのテレビ業界にとって、夏は視聴率の低下に苦しむ時期です。外へ遊びに出かけてしまう人が多いので、もともと再放送や低予算の特番でしのぎます。日本の場合、NHKも民放も共同でオリンピックを中継しますから、視聴者の目に飛び込む機会は少なくありません。ところがアメリカはNBCの独占なので、ライバルのABCやCBSはスポーツニュースなどを除いて放送しません。オリンピックを見ない視聴者は少なくないのです。NHKが大晦日に『紅白歌合戦』を放送するのと似ていて、オリンピックに興味のない人は平気で裏番組を見ます。おまけに今のアメリカはNetflixなどネット放送も人気ですから、NBCも安閑とはしていられません」(同・デーブ氏)

 まして秋になれば、アメリカ人はプロスポーツに熱中する。彼らが最も愛するアメリカンフットボール(NFL)は9月に開幕し、2月の第1日曜に開催されるスーパーボールでクライマックスを迎える。

 プロバスケットボール(NBA)は10月の最終週に開幕し、6月上旬の「NBAファイナル」で優勝が決まる。野球のメジャーリーグ(MLB)も10月からポストシーズンに入り、ワールドシリーズが大きな注目を集める。

「NBCとしては現時点でも、今年の夏開催を希望していると思います。CM枠は完売しましたし、取材スタッフの人選も完了しました。私のところにもNBCから番組制作の相談が来ています。しかし、どうしても延期するならば、来年か再来年の夏が現実的でしょう。結局、アメリカ人は、オリンピックが大好きというわけではありません。日本人のように『日の丸を背負う』という感覚に乏しく、メダルを獲得すれば選手に称賛や尊敬の念が集まりますが、意外に『アメリカ万歳』といった国威発揚には結びつかないのです。オリンピック中継は、視聴率が夏枯れし、プロスポーツの大きなイベントもないという、2つの背景によって成立する“隙間コンテンツ”なのです」(同・デーブ氏)

 高橋氏の発言は突拍子がないようにも聞こえるが、「NBCの代理人か?」と勘ぐりたくなるほど、アメリカのテレビ事情を反映したものになっているのは興味深い。

 そしてデーブ氏は、IOCに対する皮肉で締めくくった。

「これだけIOCサイドがNBCの意向に忖度しているのであれば、IOCの本部をスイスのローザンヌに置いているのは非効率でしょう。NBCの本社はニューヨークの観光名所でもあるロックフェラーセンターに建つコムキャスト・ビルディングの中にあります。NBC本社内でIOCは間借りしたらどうでしょうか?」

週刊新潮WEB取材班

2020年3月13日掲載

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