米国大統領選を10倍楽しむための基礎知識 候補者たちの名前からルーツを読み解く(八幡和郎)

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ユニークな祖先を持つ候補者たち

 今度のアメリカ大統領選挙の候補者たちは、なかなかユニークな先祖を持っている。それはアメリカ社会の多様化の結果としても面白い観察材料だ。

 スーパーテューズデーで勝利して、民主党の最有力候補になったジョー・バイデンについていえば、イギリスのサセックス(イングランド南東部で英仏海峡に面したカウンティ。ヘンリー王子はサセックス公爵)からボルティモアへの移民という正統派で、フランスやアイルランドのDNAも引き継いでいる。カトリック教徒だ。

 バイデンの対抗馬である、バーニー・サンダースの父は、当時のオーストリア・ハンガリー帝国、現在はポーランド領になっているガリチア地方からのユダヤ人移民で、母親もロシア・ポーランド系のユダヤ人だ。ガリチア地方は、ポーランド・リトアニア大公国の一部として栄え、ユダヤ人が多く、彼らはイスラエルでもアメリカでも隠然たる力を持っている。

 ポーランド分割でハプスブルク領となったが、第二次世界大戦後、その大部分はウクライナ領になった。サンダーズ家の故郷は西部でポーランドに残された地域だ。ただし、サンダーズはパレスティナ寄りだからややこしい。宗教については、「無神論者ではなく、自分の方法で神を信じている」と語っている。

 アイオワ党員集会で勝利しながら撤退したピーター・ポール・モンゴメリー・ブティジェッジ(Peter Paul Montgomery Buttigieg)の名字は、その発音にアメリカ人も苦労しているそうだが、先祖はマルタ人である。

 マルタ島はカルタゴに始まり、ローマ帝国、イスラム帝国、シチリア王国を経て、聖地から撤退してきた聖ヨハネ(マルタ)騎士団が長くその本拠を置き、ナポレオンに占領されたあとイギリスの植民地を経て独立した。

 そんなことから、マルタ語はアラビア語から派生した言語で、文字はアルファベットを使っている。つまり、言語から見る限りはブティジッジはアラブ系ということになる。

 それに対してダークホースといわれ副大統領候補として有望とも言われるエイミー・クロブッシャー(Amy Klobuchar)上院議員はどこかと思ったら、クロアチア・スロベニアあたりらしい。メラニア・トランプ夫人はスロベニア出身だから同じ民族だ。

 エリザベス・ウォーレンは旧姓ヘリング(Herring)で明らかに英国系の家系だが、チェロキー・インディアンの先祖がいると言い出した時は政治問題化した。DNA鑑定の結果、6~10代前に1人いたかも、という程度のことらしい。

 そして、後出しジャンケンながらも存在感を示したマイケル・ブルームバーグは、ロシア系ユダヤ移民の孫でユダヤ教徒だ。

 すでに撤退した中では、アンドリュー・ヤンは台湾系、フリアン・カストロはメキシコ系、カーマラ・ハリスの父はジャマイカ出身だが、母親はチェンナイ出身のインド人でカーマラという名もサンスクリット語で「蓮の女性」を意味する。

 インド系と言えば、トランプ政権下で国連大使をつとめ、トランプ後継の有力候補でもある、ニッキー・ヘイリー(旧姓ランダワ)の両親は、インドのパンジャブ州から来たシーク教徒で、メソジスト派信者の夫と結婚して改宗している。

 以上のとおり、大統領候補もアングロサクソン優勢が崩れ、非常に多様化しているが、それでも、本人もアメリカ社会も、彼らのルーツを意識しないということはありえないのである。

八幡和郎(やわた・かずお)
評論家。1951年滋賀県生まれ。東大法学部卒。通産省に入り、大臣官房情報管理課長、国土庁長官官房参事官などを歴任。徳島文理大学教授。著書に『誤解だらけの皇位継承の真実』『令和日本史記』『歴史の定説100の嘘と誤解:現場からの視点で』など。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年3月13日掲載

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