最大のミステリー「マレーシア航空370便」行方不明事件から6年 根強い中国陰謀説

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コロナがあおる反中感情

 例年、発生日の3月8日の前後には、事件の“真相”についての話題が、人々の口の端にのぼる。イスラムの国だけあって反米感情は強く、先の「米CIA説」がまことしやかに囁かれたりもしてきたが、今年は中国・武漢発の新型コロナウイルスの影響があるのだろう。マレーシアでも117人の感染者が出た(3月10日0時現在)。高まる反・中国感情を受け、「中国陰謀説」が声高に唱えられている印象を受ける。そしてコロナの深刻な被害が伝えられるほど、陰謀説は日に日に増して語られているのだ。

 根拠がまったくないというわけではない。18年、中国の有名女優、ファン・ビンビン(范冰冰)が公の場から姿を消したニュースをご記憶だろうか。このとき、米国に亡命中の中国人資産家・郭文貴氏は「習近平国家主席の盟友・王岐山国家副主席とファン氏は不倫関係にあり、それが理由だ」と“暴露”した。

 この郭氏は、中国の国家公安当局出身。15年に亡命して以降、中国共産党の暗部をつぎつぎに告発している人物である。彼はマレーシア機をめぐる事件についても「江沢民派が実行した大量暗殺事件」が背景にあると明かしているのだ。

 郭氏の説は以下の通りである――江沢民氏の息子・江綿恒氏は、2004年から4年間にわたり、中国国内で違法な腎臓移植の手術を複数回受けている。その臓器は、ウイグル人やチベット人などを殺害し用意された。一連の移植手術に関わった医師団の家族、さらには内情を知る関係者らは、中国当局の捜査から逃れるため、ほとぼりを冷ますべくマレーシアに逃走(これを追って、中国の当局はマレーシアに現地入りしたこともあったそう)。そしてマレーシアに一時逃げていた関係者が、中国に帰国するために北京行きのMH370便に乗っていたというのだ。

 すなわち、同移植事件を決行、熟知する中国の移植関係者を暗殺するため、江沢民派がハイジャックし、意図的に墜落させたというわけだ。郭氏は、その首謀者が共産党中央政法委員会トップの孟建柱書記であるとも指摘している。司法、公安、警察を掌握する権力者で、手術を受けた江綿恒氏とは「兄弟仁義」を交わす親密な間柄だという。

 このほか「腎臓やドナーの手配は、孟書記と上海政法委員会責任者ら軍幹部関係者が行った」とか「江綿恒氏の腎臓移植手術のために少なくとも5人が殺害された」と、証言はかなり具体的だ。

 この説があながちトンデモ話と言い切れないのが、相手が中国という国だからである。

 2000年当初から、中国共産党が党と対立する法輪功の学習者(信者)やウイグル人、チベット人らの臓器を強制的摘出しているという犯罪行為の実態が暴露されている。欧州や米国の議会、オーストラリア、カナダ政府はこれを中止するよう、中国政府を強く非難してきた。

 マレーシアで「中国陰謀説」が根強いのには、こうした事情に加え、中国の南シナ海進出に対する反感もあるようだ。

 振り返れば、MH370便の捜索時における中国の対応は、異様だった。自国の犠牲者数が最大だったとはいえ、捜索に投入したのは、軍艦4隻、沿岸警備船4隻、人工衛星10基、航空機8機という大々的なもの。しかも護衛艦「綿陽」や揚陸艦「井岡山」、攻撃力に優れた2万トン級の揚陸艦「崑侖山」と「金剛山」を稼働と、およそ「救助目的」とはいえない力のいれようだった。まるで捜索活動は「中国の軍事ショー」のようだった。当時、救助目的の中国の船舶派遣では過去最大規模だったらしい。これには、豪政府も「中国政府は実際には捜索活動を行わず、西側の海軍情報を得るため、南シナ海やインド洋南部まで侵入していた」と非難もしている。

 そして現在、中国は南シナ海で、人工島建設・軍事基地化を進める「内海化計画」と、インド洋沿岸諸国での海軍基地確保(通称「真珠の首飾り」戦略)を、同時に進めている。こうした点への反感も、マレーシア国内で“中国の陰謀説”が流布している一因だろう。

 機長の自殺によるものか、単なる事故か、はたまたアジアの大国による国家的陰謀か――。17年8月には、MH370便の残骸を調査・収集していたマレーシアの駐マダガスカル名誉領事が、同国の首都アンタナナリボで暗殺されるという事件も起きている。

 英紙デーリー・メールなどが報じたところによれば、領事と同様に残骸の収集活動をしていた米国の弁護士は「彼は現地で発見された残骸をマレーシアに送る任務を負っていた。新たに発見されたものをマレーシアの調査員に渡そうとした際に、暗殺された」とコメント。領事は何かを“発見”してしまったのだろうか……。

 6年が経った今も、深い闇のベールに包まれているこの事件。遺族らが求める情報公開に、マレーシア当局は現在に至るまで応じていない。

末永恵(すえなが・めぐみ)
マレーシア在住ジャーナリスト。マレーシア外国特派員記者クラブに所属。米国留学(米政府奨学金取得)後、産経新聞社入社。東京本社外信部、経済部記者として経済産業省、外務省、農水省などの記者クラブなどに所属。その後、独立しフリージャーナリストに。取材活動のほか、大阪大学特任准教授、マラヤ大学客員教授も歴任。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年3月10日掲載

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